Overview
「不確実性の時代」と呼ばれる現代において,日本政府は,社会課題解決と経済成長を両立するコンセプトとしてSociety 5.0を提唱し,それを世界に発信するとともに,成長戦略に関する活発な議論を開始した。
基礎研究センタは,人々の本来の目的である「コトと幸福」を追求する人間中心社会の実現に向け,大学や企業をはじめとするさまざまなステークホルダーと連携した研究活動に取り組んでいる。オープンイノベーションを積極的に推進することで,将来の社会課題の解決に貢献していく。
トレンドに沿って先を見通せた時代は,「製品・サービス」を改善し,「モノ」と「富」を積み上げてきた。しかし,そのことが個人,企業,社会の悩みを解決するために何をすべきかを見失う「不確実性の時代」を招いている。わが国は,社会課題解決と経済成長を両立させるコンセプトであるSociety 5.0を提唱し,ダボス会議(世界経済フォーラム)や,G7科学技術大臣会合などを通じ,その取り組みについて世界に発信してきた。また,成長戦略の新たな司令塔としてのパワーアップを目的に創設された「未来投資会議」において,Society 5.0の具現化による成長戦略に関する議論が開始されている。
基礎研究センタでは,Society 5.0と連携し,単なる科学・技術ではなく現実の「社会・生活」に結びつき,手段でしかないモノや富から,個人と人類が存在する目的である「コトと幸福」を実現する,「人間中心社会」の実現に挑戦している。そのためには,企業の枠を越えたトータルイノベーションのエコシステムを形成するオープンイノベーションが不可欠である。オープンイノベーションを積極的に活用し,社会課題を解決する社会イノベーションの迅速なインキュベーションを進めている。
「不確実性の時代」で複雑化した社会において,一企業でできることには限界がある。基礎研究センタでは,大学の英知と社会につながるネットワークや,さまざまなステークホルダーと連携し,ビジョン創生から社会実装までを迅速に推進している。特に,大学との密接な連携をハブとし,これを求心力として,政府・自治体,さらには企業・インキュベーターなどの多様な人材・組織を巻き込んだイノベーションエコシステムを構築している。
ネットワーク拠点として,2016年6月に東京大学,京都大学,北海道大学に共同研究拠点を開設した。日立東大ラボでは,国や社会に関する知の蓄積を基に,Society 5.0の実現をめざして,未来都市,エネルギーなどの分野でビジョン創生とシナリオ策定を進めている。日立京大ラボでは,基礎と学理を重視した長期的な視野を持ち,ヒトと文化の理解に基づく未来の社会課題探求をめざしている。日立北大ラボは,課題先進地域でのソリューション先行実証を通じ,北海道の抱える課題に正面から取り組んでいる。また,2017年2月には,マレーシアのペトロナス工科大学と光トポグラフィを中心とした脳科学応用に関する国際共同研究の推進拠点を開設し1),ネットワークを国外にも拡大している(図1参照)。
今後は,社外へのオープン化を進める鳩山サイトをネットワークのハブとして,国内外拠点を束ねるとともに,さまざまなステークホルダーと共同で社会実装を進める予定である。
将来の社会課題の解決に挑戦する研究を情報科学,生命科学,物性科学,フロンティアの4分野でオープンイノベーションを活用して進めている。分野別のトピックスを概説する(図2参照)。
情報科学分野では,イジングモデルを用いた新型半導体コンピュータの実用化に向け,要素間の複雑なつながりを規則的な構造に自動変換する前処理アルゴリズムや,演算回路と乱数発生器を複数の要素で共有して,計算処理の規模を10倍に拡大する技術の開発に成功した2),3)。
生命科学分野では,尿中代謝物の網羅的解析により,健常者,乳がん患者および大腸がん患者の尿検体を識別する技術の開発を進めている。誰もが簡単にがん検査を受診できるようにすることで,医療費を含めた社会保障費の抑制に貢献できると考えている4)。
物性科学分野では,2017年2月に文部科学省主催の国際ワークショップElectron Holography Workshop 2017を鳩山サイトで開催し,ホログラフィー顕微鏡の可能性を議論するとともに,世界最高の分解能43ピコメートルを達成した原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡5)の活用に向けた国際的な連携を強化している。
フロンティア分野では,呼気アルコールセンサーの開発を,本田技研工業株式会社と共同で進めている。スマートキー対応のポータブル呼気アルコール検知器を開発し,社会実装を加速することで,飲酒運転による被害者ゼロ社会の実現をめざしている6)。
基礎研究センタでは,さまざまな機会を生かした人材ネットワーク形成を進めている。例えば,大学,企業の有識者の方々に集まっていただき,手がける新技術に関する社会受容性を議論するステークホルダーダイアログを開催している。
また,学生が持つ柔軟な発想と価値観を取り込み,アイデアを創生するために,学生とのコラボレーションを進めている。ロボットを使ったAI(Artificial Intelligence)のプロトタイピングでは,大学技術系サークルと連携し,プログラミングに取り組んでいる。さらに,京大ラボでは,未来の人工知能の在り方に関してブレインストーミングと活発な議論を行っている。
基礎研究センタでは,今後も国内外のネットワーク構築と活用を通じて,未来の社会イノベーションの迅速なインキュベーションを進めていく。
本稿で紹介した研究の一部は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医療分野研究成果展開事業,産学連携医療イノベーション創出プログラムの支援,文部科学省先端研究基盤共同推進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム)によって実施されていたものである。