クラリオン(株)は,運転の自動化とコネクテッド化によりHMIに生じている課題を解決し,情報をシームレスに活用できる新たな車載情報システムを提供していく。その鍵となる,シートを用いたHMI(InfoSeat),負荷推定,クラウド利用音声認識,ジェスチャ操作などについて述べる。
近年,自動車のコネクテッド化と運転自動化が進んでいる。高速・大容量通信技術の進歩により,自動車内からさまざまなクラウド上のサービスが常時利用可能となった。そのため,車内での時間の使い方が大きく変化しつつある。また,単純な制御にとどまらず,認知・判断を含む高度な自動化が進んでおり,自動車と運転手の関係に大きな変化が起こりつつある。
本稿では,こうした変化に対するクラリオン株式会社の取り組みについて述べる。まず,コネクテッド化と運転自動化によってもたらされるシームレスな空間移動の未来像を示す。次に,そうした未来像を実現するうえでのHMI(Human Machine Interface)の課題を解説する。さらに,それらの課題への取り組みとして,シートを用いたHMI(InfoSeat),ワークロード推定,クラウド利用音声認識,ジェスチャ操作といった技術開発について述べる。
ドライブの際,事前に情報を収集することが一般的になっている。パソコンやスマートフォンを用いて,クラウド機能を通じて目的地の情報や運転経路などの詳しい情報を得ることができる。こうして得た情報を運転時に活用できる,シームレス環境の未来像について述べる。
まず,運転手が目的地の情報,運転計画などをあらかじめクラウド上に保存しておく。運転開始時には,自動車が運転手を識別し,保存してある情報をクラウドから自動でダウンロードする。さらに渋滞,周辺イベント,天候などのリアルタイム情報を加味し,運転経路を最適化してナビゲーションする。自動運転が可能な区間では,自動運転に切り替わる。降車後は,クラウド上の経路設定に従ってスマートフォンの案内アプリが自動的に起動し,目的地までの徒歩ルートを誘導する。こうしてエンドトゥエンドのナビゲーションが実現する(図1参照)。
図1|クラウド情報を活用したシームレスな移動体験予定をタブレット端末などで入力後,自動車に乗ると,その日のドライブ計画が画面に表示され,目的地案内が開始される。目的地周辺の駐車場に自動車をとめた後は,スマートフォンの案内アプリが目的地までの徒歩ルートを誘導する。
クラリオンは,シームレス化に対応する統合HMIとクラウド接続機能(Smart Access)を提供していく(図2参照)。統合HMIは,車室内の情報機器を統合し,安全,快適,便利な情報提示と操作を実現するHMIである。Smart Accessはネットワークを介してクラウドサービスへのアクセスを実現する。利用者それぞれの趣味趣向に適応したインタラクション実現と,クラウドの膨大なコンテンツ活用のための画像や音声のパターン認識,自然対話,行動推定などの最新の人工知能(AI:Artificial Intelligence)技術を活用していく。クラリオンはこれまでに培ってきた車載情報システムのノウハウを生かし,クラウドから車載機器まで一貫したソリューションを提供する。
図2|新たな車載情報システム新たな車載情報システムとして,さまざまなディスプレイ,座席を用いたHMI(InfoSeat),ジェスチャ操作,音声HMI,クラウド連携機能を搭載する予定である。
統合HMIの実現には,以下の3つの課題がある。
図3|情報の流れの変化従来は運転手が外界から情報を得て状況を把握していたのに対し,車載情報システムのHMIを介して得る情報が多くなった。また,自動化に伴い必要な操作が減る一方,自動車が運転手をモニタリングする必要性が増している。
従来は,運転手が視覚,聴覚,触覚で周囲を直接把握していた。一方,車載センサーやネットワークの情報は,ディスプレイや音声などのHMIを介して伝えられる。自動運転機能が追加されると,同図(B)のように,こうしたHMIを介した情報が増加する。すでにさまざまなディスプレイや音声が用いられており,これ以上の増加は運転手の混乱や注意散漫を招くおそれがある。
クラリオンは,視覚,聴覚,触覚を利用する統合HMIにより,この課題の解決を図っている。
クラリオンは,運転手の認知負荷を推定するワークロード(WL:Workload)推定,運転手の状態をセンサーでモニタするドライバーモニタリングの開発に取り組んでいる。
クラリオンは,音声認識,ジェスチャ操作を改良し,この課題の解決を図っている。
前述の課題を解決するため,クラリオンは,車内の情報機器群を統合するHMI(統合HMI)を開発している。状況の把握は,人間の五感と自然な認知能力が発揮されることにより円滑になるといわれている1)。そこで,統合HMIでは画面表示,音声,振動が統一されたHMIとして機能するようにしている。
この統合HMIの概念を検証するための試作を行った(図4参照)。ディスプレイ群にさまざまな情報を表示しているほか,InfoSeatにより音声や振動でも情報を提示できる。ジェスチャセンサー,ドライバーモニタリング用センサー(カメラ,電磁波)も搭載し,インタラクティブな操作を可能とした。これにより,さまざまな警告や自動運転のHMIのユースケースを検証した。この試作は,展示会などで公開して多くの人に統合HMIを体験してもらった。またこうして得た知見をHMIの仕様にフィードバックしている。
以下では,統合HMIを実現するための技術開発の取り組みを解説する。
図4|統合HMI概念検証用試作ディスプレイ群,InfoSeat,ジェスチャセンサー,ドライバーモニタリング用センサーを搭載し,自動運転や警告のユースケースを検証した。
画面表示,音声による情報の提示に関してはさまざまな取り組みがなされてきている2)。以下では,InfoSeatについて解説する。
図5に,InfoSeatの構成を模式的に示す。ヘッドレストにスピーカーとマイクを搭載し,座面に振動デバイスを埋め込んでいる。コントローラは,車両や車載情報システムと通信し音声や振動を発生させる。また,マイクで録音した音は,音声認識,電話などに用いる。
図5|InfoSeat運転席に埋め込んだ振動デバイス,ヘッドレストに搭載したスピーカーとマイクロフォン,制御をつかさどるコントローラから成るシステムの概要を示す。コントローラは車両や車載情報システムから情報を受け取り,InfoSeatを制御する。
ヘッドレストから発された音は,音楽などが鳴っていても,容易に運転手が聞き取ることができる。一方,同乗者にはほとんど聞こえず,音楽鑑賞の邪魔をしない。また,振動は運転手がよそ見をしていても確実に注意喚起することができる。こうしたInfoSeatのための音響処理や振動には,クラリオンがオーディオ製品で培った音響技術を生かしている。
すでに振動モータで情報を通知するシートが市場に現れているが,振動モータは強弱しか制御できず,振動に変化をつけることが難しい。これに対し,InfoSeatは特殊な振動デバイスを用いており,振動数と強度を独立に制御可能で,多様な振動を発生できる。
NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)では,分かりやすく振動を伝えるために,振動位置を移動することを推奨している2)。しかし,そのためには,従来方式では多数の偏心モータをシートに埋め込む必要があった。これに対し,クラリオンは,振動デバイス2つだけでも振動位置を変化させる技術を開発した。
また,自動運転から手動運転への切り替え時の状況認識の支援に振動による情報提示が有効であるとの研究が報告されている3)。
自動車が把握すべき運転手の状況は,運転手の肉体的・精神的状況で決まるもの4)と,環境で決まるものがある。以下では,後者に関わる運転手の認知負荷(WL)を推測する技術について解説する5)。
従来から,運転状況に応じて表示や操作を抑制する方式が開発されている。このために,車両信号からWLを推定する試みが行われ,高い推定精度が報告されている。こうした技術を拡張し,多様な運転状況を表現できるモデルにより,個人差を反映しさまざまな状況でWL推定を行う技術を開発した(図6参照)。
評価実験で,参照データであるNASA-TLXによる連続的な主観評価値に対し,誤差20%以内でWL推定が行えることを確認した。
図6|ワークロード推定処理の構成カーナビ,車載ネットワーク(CAN),高度運転支援システム(ADAS)などから情報を得て,必要なタスクを選択し,ワークロード値を算出する。
安全運転を機器操作と両立するには,音声認識やジェスチャなどのHMIが有効である。以下では,クラウド利用音声認識,Quad View,ジェスチャ操作について解説する。
従来の車載機器組み込みの音声認識では,機器性能の制約により,認識精度と,認識対象の文,単語に制限があった。これに対し,近年は,こうした制限のないクラウド型音声認識が利用可能となった。しかし,多くのクラウド型音声認識サーバは,雑音の多い車内では十分な認識精度が得られない。そこで,クラリオンは,走行雑音に対応する発話区間検出技術と雑音抑圧技術を開発した6)(図7参照)。性能評価実験では,これらの技術で誤認識の58%を削減することができた。この機能は,2013年にIntelligent VOICEとしてカーナビゲーションに搭載を開始した。その後も進化を続けながら2017年最新のナビゲーションNXV977Dにも搭載している。今後,運転自動化の進展とともに,車中からのクラウドサービス利用が進み,こうした技術の重要性が高まっていくと考えられる。
図7|クラウド型音声認識サービス接続システムの構成(1)発話区間検出は車載機で実行する。通信網を介して圧縮した音声データをサーバに送信し,中継サーバで雑音を抑圧して音声認識サービスに送信する。(2)本機能搭載機(2017年モデル NXV977D)の外観を示す。
タッチパネルは手の動きによる入力手段として広く用いられている。クラリオンは,画面大型化と多機能化をめざし,新たなタッチ操作画面Quad Viewを開発した(図8参照)。これは,画面を4分割して各部にアプリを表示するものである。中央のひし形のアイコンを指で動かすと,各部の画面分割位置が連続的に変化し,画面サイズに応じた表示に自動的に切り替わる。多数のディスプレイを用いることなく,大画面上で複数のアプリを使用可能となり,コネクテッド化,運転自動化に伴う情報増大への対応に適したHMIである。この機能は2017年のカーナビゲーションで製品化された。
図8|Quad View(2017年モデルNXV977D)4分割した画面ごとに独立してアプリを表示する。中央のひし形のアイコンを操作し,画面分割位置を自在に変更できる。1つのディスプレイを使って4画面の情報が必要なときに容易に確認することができる。
一方,タッチ操作ではタッチ箇所を目視する必要があり,運転時に前方注意ができないという問題があった。そこで,クラリオンでは,カメラ7)や近赤外線式近接センサー8)で手の動きを認識し,タッチの必要がないジェスチャHMIの開発に取り組んできた。さらに,図9のように,HUD(Head Up Display)を組み合わせることで,視覚的なフィードバックを提供するとともに,従来は困難であったジェスチャでのメニュー操作を実現した8)。この方式で,視線逸脱を平均2.36秒から0.16秒に大幅に削減でき,操舵(だ)ぶれの改善も確認できた。
図9|新しいジェスチャ操作手をかざすとHUDにメニューを表示する。メニューに示された方向に従って手を動かすことで,アイテムを選択できる。
コネクテッド化,運転自動化の進展に伴い,大量の情報の提示,運転手の状態の把握,新しい表示と操作手段といったHMIの課題が生じる。これに対し,クラリオンはInfoSeat,ワークロード推定,音声認識,ジェスチャ操作などの技術を開発し,その有効性を検証した。その成果はカーナビゲーションなどの製品に生かされている。
情報通信技術の進歩は速く,次々と新しいアプリケーションやサービスが現れている。また,運転支援の高度化,運転の自動化も一層進展していく。これに伴い,車内で扱われる情報はさらに増加し,新たなHMIの課題が生まれると考えられる。今後もこうした新たな課題をいち早く把握し,HMIを一層改善し,顧客に提供していく。