4.超スマート社会への協創を導く将来ビジョン
国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)に加え,日本政府はSociety 5.0という新しい社会のコンセプトを掲げている。これは内閣府の第5期科学技術基本計画にて示された考え方であり,情報通信技術を活用することで,経済の効率化だけをめざすのではなく,人が暮らす豊かな社会を築こうとするものである。しかし,近年はデジタル技術の進展により人々の社会とのつながりや考え方が多様化し,社会システムのあるべき姿を容易に明確化できなくなってきている。日立は,IoT時代のイノベーションパートナーとして,Society 5.0の実現に貢献することをめざしており,将来の社会システムに関する具体的なアイデアを提示することで,社会システムのあるべき姿の議論をリードしていきたいと考えている。
ビジョンデザイン※)は,生活者の関心事を起点とした問題を提起し,これを解決する技術とサービスを例示することにより,求められる人と技術のインタラクションのあり方を探索する活動である。近年,多くのスマートな技術が開発されている一方で,人々の日々の生活の中にはこれらの技術では解決されない問題や,これらの技術によって新たに引き起こされる問題が存在している。ビジョンデザインでは,このような生活者視点の課題を示すことで,単にスマートであることを超えたヒューマニティのある社会システムについて考えることをめざしている(図4-1参照)。
家庭に置かれるコミュニケーションロボットを題材とした「Ageing with me」というビジョンを例に,ビジョンデザインで示す生活者視点の問題提起とその解決方法の仮説の例を示す。このビジョンは,データ分析が社会に広く浸透し,病気になる確率が数値で個人に示されてしまうという将来社会像を舞台としている。これは日立が望む社会像ではないが,将来社会において生活者が直面する問題を「起こりうる未来」として強調することで,新しい社会システムを考えるための論点を明確化するためのものである。この中で,認知症になる確率を知った高齢者の「消せない不安」という問題と,それに対する,ごくわずかな認知症傾向の表出に気づくロボットという仮説を設定している。この仮説では,問題に対応するために望まれる人と技術のインタラクションのあり方として,以下の3点を示している(図4-2参照)。
1点目は,1人暮らしの高齢者の発話を促すことである。ここで登場するロボットは,買い物などのユーザーからの指示を待つものではなく,豊かな表情を持つことで高齢者が話しかけたくなる存在となることができる。2点目は,行動のわずかな変化に気づくことである。長い時間を共に過ごす中で,慣れなどによって人では見過ごしてしまうわずかな行動の変化に,ロボットだからこそ冷静に気づくことができる。3点目は,少しずつ役割を変えることである。このロボットは認知症予防専用器として家庭に導入されるものではない。初めは買い物や服薬のサポートをしていたロボットが,徐々に認知症の進行を和らげるように役割を変化させる。これらによって,技術が生活者に寄り添い,技術ならではの問題の解決を進めるさまを示している。
このように,将来社会の中で生まれる生活者のどのような問題をどのように解決するのかについて,現時点では実現のハードルが高い技術を登場させたビジョンを示すことで,社会システムのあるべき姿と研究開発のテーマを探索する(図4-3参照)。
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- "ビジョンデザイン
4-1.ビジョンデザインの構成とウェブサイトで公開中のコンテンツ
4-2.認知症への不安を題材としたビジョン「Ageing with me」で示す技術とインタラクションのあり方
4-3.「消せない不安」が広がった社会で技術がどのように人に寄り添うことができるかを示したビジョン