7.生物の群れの相互作用を応用した環境変化へ即応する分散協調システム
近年,電力や交通,物流などの社会インフラシステムは,IoT(Internet of Things)の進展に伴い,大規模化,複雑化が進んでいる。現状,例えば多数の発電所や変電所からなる大規模な電力インフラでは,発電量などのデータを中央制御センターに集約して計算を行い,各所に送電や配電指示を戻す,中央制御型システムで運用されている。しかし,今後スマートグリッド(次世代電力送電網)の普及や電力自由化の施行に伴い運用が複雑化すると,中央制御型システムによる全体最適化には非常に大きな計算負荷がかかり,リアルタイムな対応が困難になる可能性がある。
この課題を解決するために,生物の群れの振る舞いに着目した。魚,鳥などの生物の群れの中の各個体は,互いに隣り合う個体との相互作用(衝突回避,整列,凝集)によって,自身の進む方向や速度を決めている。この行動を繰り返すことによって,整然と隊列を組んだり,一斉に方向を転換したり,統率の取れた集団行動を生み出している。つまり,生物の群れには,社会インフラシステムでの中央制御センターに相当する群れの全体状況を把握するリーダーが存在せずとも,隣り合う個体間の相互作用によって,この群れが,あたかも1つの生物として振る舞っているかのように見えるのである。
そこで,このようなリーダーを必要としない生物の群れの相互作用を応用し,多数のサブシステムにて構成される分散協調システムを開発した。この分散協調システム全体が生物の群れに相当し,個々のサブシステムは,1羽の鳥や1匹の魚としての個体に対応する。この分散協調システムは,データを1か所に集約してシステム全体の最適化のための計算を行う中央制御方式とは異なり,最適化に必要なデータの交換をサブシステム同士で局所的に行って最適化の処理を個々のサブシステムに分散させ,これらのデータ交換と最適化処理を繰り返し実行することによって全体最適を実現する(図8-1参照)。このため,データ収集での通信負荷と最適化計算の負荷を大幅に軽減でき,制御対象の増加や,想定外の環境変動にもリアルタイムに対応することが可能となる。
このシステムでは,以下の行動を繰り返し行うアルゴリズムを個々のサブシステムへ導入している。
- 連携する他のサブシステムとデータを交換する。
- データに基づき,各サブシステムに対し相互に行動を要求する。
- 各サブシステムからの要求のうち,最も要求の多い行動を行う。
今回,このシステムの効果を検証するため,生産管理システムを導入した多数の工場からなる工場群を模擬したシミュレータを構築した。この生産管理システムでは,連携する工場同士が生産効率についてのデータを交換したうえで,生産性の高い工場に対し増産,低い工場に対し減産を行うように要求し合い,生産計画を決定する。シミュレータ上の工場数を16〜1,024個まで変化させ,工場群全体の利益を評価したところ,中央制御方式による利益と同等の利益を達成できることを確認した。さらに,16個の工場を模擬したプロトタイプ環境を構築し,工場群への供給電力量を変化させ,工場群全体の利益の変化を測定したところ,中央制御方式の場合と同等の利益を50倍速く達成できることを確認した(図8-2参照)。このように,分散協調システムは,サブシステムの追加や削除への対応が柔軟で,環境変動に対して短時間で適用できるため,生産管理システムのみならずサプライチェーンや物流システムなどへの活用も期待できる。
今後,AIの活用やオープンイノベーションなどを通じてこの技術をさらに発展させ,人や環境に合わせて自律的に動作する社会システムを構築することで,超スマート社会(Society 5.0)の実現に貢献していく。
7-1.分散協調システムによる生産量の最適化のフロー
7-2.分散協調システムのプロトタイプ