鉄道の安全性・信頼性に寄与する最新開発事例
近年,世界中の鉄道システムでは従来の信号システムに比べ,より高効率の運行を可能にし,かつ導入設備を少なくしメンテナンスを極少化できる無線式列車制御システム(CBTC)の導入が促されている。
日立は,シンガポール共和国のSentosa Development Corporationから受注し,セントーサモノレールの信号システムのCBTCシステムへの更新ならびに車両1両の増備,通話無線システムの導入を行った。本稿では,CBTCシステム導入に至った経緯とシステムの概要について報告する。
CBTC(Communication Based Train Control)とは,列車の運行と制御を列車と地上装置の間の通信を使って行う信号システムのことである。近年,モノレールや近郊列車,地下鉄をはじめとする多くの都市交通向けに導入されている。
2014年10月,日立はシンガポール共和国のセントーサ開発公社(Sentosa Development Corporation:以下,「SDC」と記す。)より,CBTCシステムおよび車両1編成を受注した。
本稿では,Sentosa Expressの概要および日立のCBTCの特長について述べる。
Sentosa Expressとは,シンガポール本土と本土の南部に位置するセントーサ島との間を運行するモノレール(路線長2.1 km,4駅)で,SDCが運行を実施している。
日立が2007年に車両,信号システム,変電設備,運行システム,分岐器などの主要設備およびシステムをフルターンキーで納入していたが,2010年のカジノやユニバーサル・スタジオ・シンガポール※)などの開業以来,乗客の増加による駅および車内の混雑が問題となり,シンガポール政府からの強い改善要求を受け,信号システム更新による輸送量増強により解決を図ることになった。
日立は,既設信号システムをCBTCシステムに置き換え,増車1編成(CBTC対応)および乗客とOCC(Operation Control Center)が連絡を取るための通話無線システムを納入した。
既設信号システムは従来から多くの鉄道で採用されている固定閉塞方式であった。固定閉塞では,駅間に1列車しか在線できず,先行列車が次駅を出発すると次列車が次駅へ走行可能となる。この閉塞の距離がネックとなり,車間距離を詰めることができず,運転ヘッドの短縮にも限界があった。
一方,CBTCシステムは,国際規格IEEE1474で,「主たる列車位置検知が軌道回路によらないこと」,「地上装置・車上装置の双方で,安全性を保証すること」,「地上−車上間で連続的に通信を行っていること」と定義されている。
今回納入したCBTCシステムは,無線システムを用いて列車位置検知や運転制御を行う移動閉塞方式となっている。
車上システムは地上システムに列車位置情報を伝送し,地上システムは受信した列車位置情報を基に,各列車に列車制御情報を伝送する。各列車は中央システムから受け取った列車制御情報を基に列車停止限界まで走行する(図1参照)。
日立のCBTCシステムは,国際規格IEEE1474に準拠し,国際安全性規格に完全適合した最高安全レベルSIL(Safety Integrity Level)4のRAMS(Reliability,Availability,Maintainability,Safety)認証を欧州認証機関から取得している。本認証を欧州の認証機関から取得したのは日立が日本企業としては初めて1)である。
図1|CBTCの概念図CBTC(Communication Based Train Control)システムで列車を制御する際の情報の流れを示す。
CBTCシステムのシステムアーキテクチャを図2に示す。
車上ATC(Automatic Train Control)装置は,トランスポンダー受信部,速度発電機から受信した情報により自列車位置を計算し,MS(Mobile Station)から地上に向けて送信する。CTBC論理部は,路線上に設置されているアンテナ,BS(Base Station),機器室のBSC(Base Station Controller),CTBC-LAN(Local Area Network)を通して列車位置情報を受信し,列車制御情報を作成し,逆の経路で車上ATC装置に送信する。この列車制御情報を基に列車が走行する。
図2|システムアーキテクチャCBTCシステムのシステムアーキテクチャを示す。
CBTCシステムではまず,各列車が走行距離積算とトランスポンダー情報による位置補正を行う。自列車走行距離および速度,運転方向を認識し,自列車の位置をリアルタイムに地上システムへCBTC無線で伝送する。この列車位置情報は,地上に設置されたトランスポンダーからの距離で表される。
地上システムは,受信した列車位置情報を基に,各列車に列車停止限界を含む列車制御情報を伝送する。各列車は地上システムから受け取った列車制御情報を基に,リアルタイムかつフレキシブルに速度制御パターンを作成し,速度制御パターンに沿って走行する(図1参照)。
これにより列車の運行間隔をそのときの状況に合った最小値に設定することが可能となり,運行ダイヤの短縮化および同時運行可能車両数増加による輸送力増強も可能となる。
CBTC無線では,無線LAN(WLAN:Wireless Local Area Network)と同じ周波数帯(2.4 GHz帯)を使用する。無線LANにおいては,通常,電波干渉を起こさないためにオーバーラップしない3チャネルを利用する。
日立のCBTC無線は安定した無線通信の実現のために次の4つの技術を採用している(図3参照)。
図3|WLANとCBTC無線のチャネル概要WLAN(Wireless Local Area Network)とCBTC無線のチャネルの概要を示す。
セントーサ島では今後も新しいアトラクションや施設の建設が計画されている。これらへのアクセス確保の目的で延伸なども一部計画されているようであり,ますます本モノレールの利用者が増えると予想されている。
一方,今回のCBTCシステム導入により,信号システムが固定閉塞から移動閉塞となったため,最大同時運行編成数は増加できたが,そもそも輸送量にいちばん大きく影響を及ぼすのは端末駅の線形である。
現在の線形では両端末駅とも単線となっているために,後続列車は先着列車が出発し,分岐が転換するまで駅に進入できない。信号システムのみの変更ではこれ以上輸送量を増やすことはできず,線形を複線化しないと,非常に難しい。
今後,SDCが延伸などを行う際にさらなる輸送力増強案を提案できるよう努めていく。
Sentosa Expressは日立で初めてCBTCの地上システム,車上システム,無線システムを一括で納入した路線である。
今後,日立は本プロジェクトで得た経験を生かし,海外向けにCBTCを展開していく考えである。