Overview
水は人々の生活や経済活動に不可欠な存在である。しかし今日,国外では水資源の不足や水質汚染など,また国内においては上下水道施設の老朽化や財政の逼迫,激甚化する災害への対策など,水を取り巻くさまざまな課題が顕在化している。
日立グループは,「社会価値」,「環境価値」,「経済価値」の三つの価値をグローバルに高めることで,社会課題の解決と人々のQoL向上の両立をめざす「社会イノベーション事業」を加速している。その一翼を担う水環境分野では,課題解決に貢献する「水環境ソリューション」事業を進めている。
ここではその事業を支える製品・システムやサービス,急速に進展しているデジタル技術の活用事例など,最新の取り組みを紹介する。
エネルギーや交通,情報,教育や医療などのさまざまな社会インフラの中で,「水」は生命の維持に不可欠であるという点で最も重要な基盤の一つである。しかしグローバルには水資源の偏在やそれに伴う渇水,あるいは都市への人口集中に伴う水不足や水質汚染など,国や地域ごとに異なるさまざまな課題がある。また日本国内でも上下水道の施設,管路の経年化や,それらを維持管理する自治体や事業体の財政逼(ひっ)迫,さらには近年激甚化している災害への対応などの課題がある。
国際連合ではSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)1)の17の目標の一つに「目標6:すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」を掲げ,それ以外にも水に関わるさまざまな目標を設定し,2030 年までの達成を目標に活動を進めている。
そのような中,日立グループは新たな「2021中期経営計画」において,顧客の「社会価値」,「環境価値」,「経済価値」を同時に高めることで,社会課題の解決と人々のQoL(Quality of Life)向上の両立をめざす,「社会イノベーション事業」を加速する方針を示した。インフラの運用・制御技術であるOT (Operational Technology)やプロダクト・システムだけでなく,Lumada※)を活用したITを組み合わせて課題の解決に貢献していく。
社会イノベーション事業の一翼を担う水環境事業(水およびその周辺環境の事業)においても,約1世紀にわたるOTとプロダクト・システムの実績を基盤に,課題解決に貢献する「水環境ソリューション」事業を進めている2)。特に近年急速に進展しているITやデジタル技術も積極的に活用し,上下水道事業体や関係機関など,顧客との「協創」による新たな取り組みも加速している。
本稿では水環境ソリューションと,それを支える製品・システムやサービスを紹介するとともに,さまざまな協創により課題解決に貢献する,最新の事例を紹介する。
人々が飲み水や日常生活に利用できる淡水は,地球上の水のわずか0.01%と考えられている。しかも地球上に偏在しているため,低緯度地域を中心に経済的,物理的な渇水地域が存在する。
また洪水や干ばつなどが世界各地で起きており,気候変動がその一因と考えられている。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書では,将来予測として氷河の縮小や海面上昇,降水量の地域差拡大などを挙げており,地球規模での水資源循環への影響が懸念されている3)。
日本でも近年,局所的な豪雨や浸水などが頻発し,想定を超えた雨量への対応が必要となっている。また長期的には気候変動による水量,水質の変化を考慮する必要がある。
さまざまな社会インフラの中でも,水環境は気候や自然条件により大きく変化し,解決すべき課題も多様である。自然の水循環に人々の生活や経済活動での水利用も加えたうえで,持続的な水循環,健全な水環境を維持する努力が求められる。
OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)では,世界の水需要は工業用水,発電,生活用水を中心に,2000年から2050年の間に55%増加すると予測されている4)。特にアフリカの北部と南部,南アジア,中央アジアを中心に,深刻な水不足に見舞われる河川流域人口が増加すると予想される。
また経済産業省では水環境事業のグローバル市場規模が,2025年に2007年の1.4倍の,86.5兆円まで拡大すると予想している。海水淡水化や工業,水の再利用などの成長市場での,日本企業が得意とする膜処理や効率化技術などによる貢献が期待されている5)。
日本国内では2017年度末に水道普及率は98.0%,汚水処理(下水道,農業集落排水施設,浄化槽など)の人口普及率は90.9%に達し6,7),上下水道施設の市場は新設から更新へと移行している。しかし自治体予算の逼迫や熟練職員の減少,生活様式の変化や人口減少に伴う水需要の減少など,多くの課題がある。健全な上下水道資産を次世代に引き継ぐためには,さまざまな施策が必要となってきた。
この現状に対し,厚生労働省は2013年に「新水道ビジョン」,国土交通省は2014年に「新下水道ビジョン」で上下水道の長期的な理想像や,課題解決の方向性,関係者の役割分担などを示した。また2018年には水道事業の基盤強化を目的とした改正水道法が成立し,2019年10月に施行される。都道府県が市町村や水道事業者と共に広域連携を推進することや,適切な資産管理,官民連携の推進などが盛り込まれている8)。
日立グループは水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水処理,水再生・造水など,水環境のさまざまな分野で課題解決に取り組んでいる。単独の製品やサービスのみならず,それらを連携させた「水環境ソリューション」の提案活動により,総合的な課題解決や全体の最適化に貢献していく考えである。図1にはソリューション提案を支える主な技術や製品・システム,サービスを分野別に示した。
OTやプロダクト・システムとともに,ITやデジタル技術の活用も積極的に進めている。例えば「計画・経営・支援システム」や「維持管理支援システム」では,デジタルソリューションLumadaをはじめとするIoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence:人工知能)などの活用を進めている。具体的には水需要の予測や水質シミュレーション,設備や管路の管理支援,熟練職員の技術継承支援などの取り組みを加速している。
また水と情報の両方の流れをまとめてとらえ,都市や流域などでの水循環の全体最適化をめざす,「インテリジェントウォーターシステム」構想を2010年に提案している(図2参照)。センサーや通信技術の急速な進歩により,水関連施設のみならず,それらをつなぐ管路や,各世帯の水道メーターの情報をオンラインで収集することも可能となってきた。また水道事業のIoT化の効果検証事業も行われており9),水と情報の両方の流れを広く管理し,活用する取り組みはますます加速しつつある。
政府は第5期科学技術基本計画において,ICT(Information and Communication Technology)を最大限に活用して人間中心の豊かな社会である「超スマート社会」をめざす,Society 5.0を掲げている10)。そこではデジタル化された大量のデータを選別・加工し,得られた情報を有用な知識として活用する社会の実現が期待される11)。さらにSDGsを達成する社会システムの実現をめざす「Society 5.0 for SDGs」の取り組みが,政府や経済産業省,一般社団法人日本経済団体連合会などの官民で進められている12)。水環境分野において日立グループは,「水環境ソリューション」を通じて健全な水環境,QoLの向上や社会課題の解決に貢献し,Society 5.0さらにはSDGsの達成をめざす考えである(図3参照)。
図1|水環境ソリューションを支える主な技術・製品・システム・サービス水環境の課題を解決する方法は一様ではないため,水源保全・治水・利水,水道・工業用水,下水道・産業排水,水再生・造水などの課題に対し,さまざまな技術やシステム,サービスを連携させることで,解決に貢献していく。
ここでは水環境分野のイノベーション創生に向けた,顧客やパートナーとの協創による取り組み事例を紹介する。
2019年4月,日立製作所は新たなイノベーション創生のための研究開発拠点「協創の森」を開設した。顧客やパートナーに一層寄り添い,オープンな議論の中から社会課題の解決やQoLの向上につながるイノベーションを創生していく考えである13)。
水環境分野では新技術の創生や社会実装などを目的とする,産官学の共同研究や実証事業に積極的に参画することで,これまでにさまざまな協創を進めてきた。以下に最近の主な事例を紹介する。
これら以外にもさまざまな活動を進めており,今後も水環境分野の課題解決のため,積極的に顧客やパートナー,関係機関との協創を進めていく考えである。
1999年のPFI(Private Finance Initiative)法制定や,2001年の水道法一部改正により水道事業の第三者への委託が可能となり,日立グループでは上下水道施設の官民連携による維持管理業務に取り組んでいる。そこでは部分委託から包括委託,DBO(Design Build Operate),PFIなどのさまざまな事業形態により,水道事業体のベストパートナーとしてソリューションを提供していく考えである。
例えばPFI事業については東京都水道局の朝霞浄水場と三園浄水場で,2005年から20年間の予定で常用発電施設による電力供給事業などを進めており,また北海道夕張市においては2012年から20年間の予定で,浄水場の設計・建設と運転管理業務などで貢献している。
官民連携による維持管理業務では,製品・システムの提供やアフターサービス,技術開発で培った実績をもとに,さまざまな創意工夫やイノベーションを提案し,事業体の課題解決に継続して貢献していく考えである。
日立製作所は2018年10月より,上下水道事業体などに対する「O&M支援デジタルソリューション」サービスを日本国内に提供している。これは上下水道の事業運営に関わるさまざまなデータを,IoTを活用してクラウド上に収集し,デジタル技術を活用して運用や保全管理の可視化・省力化・効率化やノウハウ継承に貢献するものである14)。
まず設備保全支援,プラント監視,設備台帳の機能を提供しており,順次新たな機能を追加していく。本サービスをはじめとする先進技術・サービスは,特別目的会社 株式会社箱館アクアソリューションや函館市と協議・連携しながら,函館市の浄水場プラント設備の運転・管理保全業務に対して提案を行っていく予定である15)。
また中長期の水道事業運営改善を支援する取り組みとして,大阪市水道局と日立製作所が中長期の水需要予測に関する調査研究を,2019年3月から1年間の予定で進めている。水の需要量とその変動要因の因果関係の解析に最新のデータ解析技術を採用し,人口動態や社会動向などを複数のシナリオにまとめ,シナリオごとに中長期予測を実施する予定である16)。
近年,日本国内では局所的な豪雨が頻発しており,浸水対策のため下水道管路内の水位計測の必要性が高まっている。また熟練職員が減少する中で,経年化した上下水道管路の維持管理が課題となっている。
下水道の管路内には,大都市を中心に光ファイバー通信網が敷設されており,その総延長は日本全国で2,210 kmを超える(2018年3月末時点)。日立製作所では,この既存の通信網にさまざまなセンサーを接続して遠隔監視ができるようにするユニット(マルチセンシングボックス)を,東京都の関係団体と共に開発した17)。通信波長の光エネルギーだけでセンサーが駆動するように省電力化したことで,外部電源が不要となり,1か所に任意の複数のセンサーを取り付けて,さまざまな計測を同時に行うことが可能となる。これにより,管路内の水位のみならず,水質や硫化水素ガス濃度の計測が可能である。さらには静止画撮影による遠隔監視もできるよう開発・実証を進めており,浸水対策や下水道管路の管理などの課題解決が期待される(図4参照)。
また水道の管路については,経年化に伴う漏水調査の効率化が課題となっており,高感度・低消費電力の振動センサーにより,日々の漏水検知業務を効率化するデジタルプラットフォームを開発した18)。2020年度から水道事業者向けのサービスを提供する予定である。
日立製作所では2010年からモルディブ共和国のMWSC(Male’ Water and Sewerage Company Pvt. Ltd:マレ上下水道株式会社)の経営に参画し,その水事業の発展に貢献してきた。MWSCでは日立アクアテック社(Hitachi Aqua-Tech Engineering Pte. Ltd)が納入した,RO膜を活用した海水淡水化ROシステムが稼働しており,海水から塩分を除去して生成した淡水が,水道水として人口約14万人(2017年時点)のマレ島全域に供給されている。そこでは徹底した水質管理が行われるとともに,淡水はボトル水としても販売され,人々の生活に貢献している。また,隣接する人工島であるフルマーレ島においても,同社のROシステムは既に稼働している。このたびフルマーレ島の第二期造成開発に伴い,2020年6月までに新たな海水淡水化ROシステムや配水管などの設備・機器一式の導入が,同社により予定されている19)。
日立グループでは引き続き,MWSCとともにモルディブの水環境に関わる課題解決に貢献していく。
本稿では水環境に関わる動向と,水環境ソリューションの概要および最近の協創事例を紹介した。それぞれの事例の詳細については,本号に掲載の他の論文や参考文献を参照されたい。
日立グループは長年にわたり培ってきた技術・製品・システム・サービスなどに,最新のデジタル技術を加え,顧客のさまざまな課題解決を支援していく。国内外の健全な水環境,さらにはSociety 5.0の実現やSDGsの達成に向けて,引き続き貢献していく考えである。