安定的な水資源活用に貢献する水環境ソリューション
日本の水道事業は,人口減少に伴う給水人口や料金収入の減少,施設の更新需要の増大,東日本大震災を踏まえた水道インフラに対する強靭さの抜本的な見直しなど,今後,さまざまな課題への対応が求められる。そのための施策の一つが官民連携による事業運営である。これまで自治体が中心となって行われてきた事業運営に,民間企業の技術力やノウハウを生かす手法を取り入れることで,より質の高いサービスの提供,コストの削減など,水道事業の運営基盤強化が期待される。
日立グループは,水環境分野における製品納入,アフターサービス,技術開発で長年培った実績を基に,PFI事業,DBO事業,包括維持管理などの官民連携ソリューションを提供し,持続可能な水道事業の実現に寄与していく。
日本の総人口は2008年にピーク(約1億2,808万人)を迎えた後,減少に転じている1)。これは,水道事業においては給水人口や料金収入の減少,さらには職員の高齢化や人員不足に伴う技術継承の問題にもつながる大きな課題であり,すでに直面している事業体も少なくない。
また,水道施設の老朽化に伴う大規模な更新需要は2020年代から2030年代にかけてピークを迎えると想定されており,さらなる予算の確保と計画的な施設更新が求められる。加えて,東日本大震災を契機とした施設の耐震化や危機管理の抜本的な見直しも迫られているなど,水道事業を取り巻く環境は厳しさを増している2)。
一方で,2013年に厚生労働省より新水道ビジョンが公表され,50年,100年先の水道の理想像である,「安全」,「強靭(じん)」,「持続」の実現に向けた方策が示された。技術継承や経営の改善が必要な環境下においても,健全かつ安定的な水道事業運営を実現していく手段の一つに,官民連携すなわちPPP(Public Private Partnership)がある。これまで官(自治体)が中心であった水道事業運営に,民間企業の技術力やノウハウを生かす手法を取り入れることで,より質の高いサービスやコストの削減を実現し,水道事業の運営基盤強化に貢献するもので,2018年に改正された水道法においても「官民連携の推進」がうたわれている。
ここでは,日立グループの最近の官民連携事業の実施事例と,IoT(Internet of Things)を活用しAI(Artificial Intelligence)やアナリティクス,AR(Augmented Reality:拡張現実)などの先進のデジタル技術を組み込むことで,運転管理,保全業務の可視化,省力化,効率化やノウハウの継承を支援する技術「O&M(Operation & Maintenance:運用・保全)支援デジタルソリューション」を紹介し,今後の展開について述べる。
官民連携の事業モデルには,運転管理業務など限定された範囲を民間などに委託する部分委託,運転管理業務のみならず広い範囲で維持管理業務を行う包括委託,施設の設計・建設および建設後の長期的な施設維持管理を民間などに委ねるDBO(Design Build Operate),資金調達まで行うPFI(Private Finance Initiative),コンセッションなどのさまざまな形態がある(図1参照)。
現在,日立グループでは,水環境分野における製品やシステムの提供,アフターサービス,技術開発で長年培った実績を基に,持続可能な水道の実現をめざして,部分委託からDBO,PFIまで幅広く事業を手がけている。
函館市の水道設備は,日本で2番目の近代水道として1889年に整備された。それ以降,赤川低区浄水場,赤川高区浄水場および旭岡浄水場が建設され,2004年には近隣4町村との合併により9の簡易水道事業が加わり,現在は約26万人(2018年3月時点)に給水されている。
今回,函館市として,将来の水道事業環境の変化に対応し,長期的な水の安全・安定供給および施設運用の効率化実現のため,創意工夫とイノベーション力を持つ民間事業者をパートナーとして選定し,育成していく方針となった。これが本DBO事業実施に至る背景となる。
本事業は,函館市の基幹浄水場である赤川高区浄水場のろ過池と,総合監視制御システムを中心とした機械・電気計装設備の更新整備に加え,更新後の当該設備と既存の簡易水道設備などに関する20年間の運転・保全管理業務,および公園や水源林の管理までを一括受託するものである(図2参照)。
事業期間は2019年4月1日から2041年3月31日までの22年間となり,日立グループおよび地元企業の計3社で構成される特別目的会社,株式会社箱館アクアソリューションが函館市企業局と契約を締結し,2019年4月1日より事業を開始している。
今後,日立が水総合サービスプロバイダーとして長年培ってきたOT(Operational Technology:制御・運用技術),ITおよびプロダクトの実績・ノウハウと,各構成企業が有する設備の設計・製作・工事などの豊富な経験に裏付けられた高い技術力を結集し,本事業を推進していく。これにより,函館市が抱える将来の課題を解決する総合的なサービスを提供し,函館市の水道事業の維持,発展に貢献していく所存である。また,函館市と協議・連携しながら,デジタルソリューション創生に向けた先進技術・サービスの提案を行っていくことで,官民連携をより一層深化させたいと考える。
茨城県企業局では水道の普及および工業用水の給水区域拡張を目的として,現在までに11浄水場(水道用水3場,工業用水1場,水道用水・工業用水共同7場)を整備し,水道用水供給事業および工業用水道事業を管理運営している。そのうち那珂川浄水場は1966年に給水を開始した12万2,680 m3/日の施設能力を有する工業用水道専用浄水場である。
近年,職員の採用抑制施策によって運転管理人員の確保が課題となり,企業局によって設立された企業公社と一体となった管理体制が築かれた。その後の再評価を機に,条件に適合する浄水場に民間導入を図り,段階的に包括的な委託へ移行する方針となった。事業者選定公募により日立製作所とc株式会社は,日立・c特定共同企業体[以下,JV(Joint Venture)と記す。]として2016年度より2018年度まで3年間の運転管理業務と保全業務を受託した。
本委託では,民間事業者として培った先進的技術の活用を推進し,運転管理と保全の一体化を通じて一層の効率的な浄水場の維持管理をめざすとともに,運転管理技術の育成・向上を図った。具体的には,運転管理への影響を最小化するように整備工程を合わせるとともに,点検・補修業務を同期し,設備停止回数および時間の短縮を実現した。また,JV関連企業の拠点網を取り入れた緊急時支援体制や,自社のネットワーク基盤やデータセンターによるクラウド化など,グループ企業のリソース活用も図っている。特にクラウド化の取り組みでは,運転データと保全データを一元的に蓄積・管理し,その分析結果を業務に生かしていくデジタルソリューションの適用を提案事項として積極的に進めた。
この結果,企業局と企業公社によって築かれた運転管理技術を的確に継承し,機器故障時の迅速な対応,発注業務および工事監督など企業局職員の事務負担軽減など一定の効果を挙げてきた。2019年度からJVとして引き続き5年間の委託事業者として選定され,第2期の委託をスタートしている。新たに運転管理業務における省エネルギーの取り組みを加え,デジタルソリューションを通じて点検内容の最適化やコスト縮減へ寄与していく(表1参照)。また,運転管理技術を継承したことで,第1期の3年間は企業公社との連携により実施していた運転管理を単独で委託される体制に移行している(図3参照)。
日立グループは水道事業における運用・保全業務の可視化・省力化・効率化やノウハウの継承を支援することを目的に,クラウドサービス「O&M支援デジタルソリューション」の提供を開始した(図4参照)。本章では,データを一元管理するクラウドシステムをベースとして,AIやIoTなどのデジタル技術によって浄水施設や送配水施設のO&Mを支援する技術を紹介する。
保全業務を支援する目的で「設備保全支援機能」と「設備状態診断機能」を構築した。
「設備保全支援機能」はARを活用し,眼鏡型ウェアラブル端末や点検端末(タブレット端末)を通じてマニュアルや過去の故障・修理履歴の参照,作業のナビゲーションや熟練者による遠隔指示を行うことができる(図5参照)。事故などの非常時には,タブレット端末などを使った遠隔作業支援が効果を発揮する。現場作業者が備える端末のカメラからは作業者が見た現場の映像や音声が送られ,事務所などでパソコンに向かう管理者や熟練技術者との双方向通信やホワイトボードによる指示をリアルタイムで受けることができる。本機能により,保全・点検作業に不慣れな作業員でも,作業時の安全確保や業務品質の向上が期待できる。
「設備状態診断機能」は,過去の運転実績データや点検データを使って設備機器の状態診断を行うことで,CBM(Condition Based Maintenance:状態基準保全)※)を可能とする。ART(Adaptive Resonance Theory:適応共鳴理論)手法を用いて正常時の蓄積データを学習し,データ解析システムの評価結果として「警報レベル」を出力する。単に各データの閾(しきい)値で判断するのではなく,複数のデータを組み合わせることで正常状態からのわずかなズレを検知することができ,不具合などの状態変化を早い段階で捉えることができる(図6参照)。
さらに,IoTを活用し,センサーからデータを収集して設備の稼働状況を可視化する「プラント監視機能」や,設備の稼働年数や故障・修理履歴,点検端末から入力された点検結果などの情報をデジタル化し一元管理する「台帳機能」をラインアップした。これらの機能を連携させることで,運用・保全業務の改善・効率化や効率的なアセット管理の実現を図る。
図6|設備状態診断の手法ARTによる診断を実施する。ポンプなどの設備機器の状態変化を早期に把握することでCBM(Condition Based Maintenance)の実現をめざす。
AIやアナリティクスを活用して運転管理業務を効率化する機能を開発中である。
「プラント運転支援機能」は,配水ポンプなどの運転の適正化とともに,円滑な技術継承を目的としている。本機能は,まず熟練運転員の判断に頼っていたこれまでの運転操作を「見える化」するため,機械学習を使って過去の運用実績データから運用制約を抽出する。得られた制約条件を用いて運転計画を策定し,最適運転のガイダンスを運転員に提示する(図7参照)。複数系統の取水・配水ポンプを緊密に連携した運転が必要なシステムに最初に適用し,ガイダンスの有効性を確認した3)。さらに,対象とする設備機器・プロセスを浄水場内に拡張し,現在,ろ過池の運用を含む運転管理業務で効果を検証中である(図8参照)。
「水質予測機能」は,目標水質を達成するための適切な薬品注入や水質悪化時の対応を支援する。浄水場や給水栓のプロセス・水質データと気象情報などのオープンデータを用いて,各種反応モデル式やAIの手法によって原水や給水栓の水質を予測する。残塩管理については,塩素注入率や水温などの監視データと反応モデルから,給水栓での残留塩素と消毒副生成物濃度を予測する。結果に基づいて注入率や所定の地点での各種目標値を設定できる。また,水処理や取水の管理を支援するため,AIを使った原水水質を予測する機能を構築した。具体的には,降雨時の濁度や渇水時の塩水遡(そ)上を予測し,凝集剤注入率の設定,河川水質調査や取水制限の判断などの支援を行う(図9参照)。
引き続き,O&M支援デジタルソリューションを導入したサイトにおいて各メニューの導入効果を評価するとともに,得られた知見を基に新たな支援機能の考案・製品化を推進する。
図9|AIを活用した水質予測監視・点検データ,河川情報などを用いて水質を予測することで,短時間で高精度な運用の判断を支援する。
ここでは,日立グループの水道分野における官民連携ソリューションへの取り組み事例とそれを支援する技術について述べた。今後も日立グループは,水環境ソリューションの提供を通じて,水道事業者のベストパートナーとして,持続可能な水道事業の実現とサービス向上に貢献していく所存である。