サービス&プラットフォームIT
1. イノベーションを加速する日立のLumada
2019年5月に発表した2021中期経営計画では,IT,エネルギー,インダストリー,モビリティ,ライフの各セグメントで「人々のQoL(Quality of Life)の向上」と「顧客企業の価値向上」をめざしている。Lumadaはこれらをグローバルで達成するためのエンジンであり,日々進化・成長を続けている。
(1)Lumadaの進化・成長
Lumadaは,使えば使うほど新たな知を蓄積し,社会課題の変化やテクノロジーの進化に合わせて柔軟に対応できる三つの要素から構成されている。
- 構成要素1:顧客・パートナーとの協創を実現する方法論とサービス
複雑化するビジネス環境において,顧客の本質的な課題をタイムリーに掘り起こし,パートナーを含め事業機会を探索できる独自の顧客協創方法論 「NEXPERIENCE」 - 構成要素2:業種・業務ノウハウの蓄積
顧客のデータを活用し,課題解決に資するソリューション(Lumadaソリューション)を提供したユースケースの蓄積と,それらの再利用 - 構成要素3:IoT(Internet of Things)プラットフォーム
アナリティクスやAI(Artificial Intelligence)などの最新ITや,安全・安心を提供するセキュリティ,さらに設備やシステムの制御・運用技術(OT:Operational Technology)を集約するプラットフォーム
これらの要素は,イノベーションを加速する源泉であるデータの活用促進に効果を発揮する。
(2)データの活用促進
Lumadaの名称は「illuminate(照らす) + data(データ)」に由来する。工場などの現場やオフィス,生活環境へのデジタルの浸透,ネットワークにつながるIT・OT機器の拡大に伴い,データは加速度的に増加している。顧客と共に,これらのデータにさまざまな方向から光を当てることにより,現状からより良い方向に改善したり,課題を先取りして対策したりすることができる。
しかしながら,一般的にデータの利活用には心理的な壁,組織的な壁,そして技術的な壁があると言われている。
この壁に対し,構成要素1は,観察・共感・問題定義と解決策の体感といったデザイン思考に基づく探索的なアプローチを提供することにより,心理的な壁を低くすることができる。これには,方法論のみならず顧客を理解し共に推進できる人財も重要となる。日立は,研究所をはじめスキルを有するデジタル人財育成を積極的に推進している。
また構成要素2は,顧客実績を見て知ることができるようにWebサイトで提供している※)。これにより,あらかじめ関係組織間で得られる効果を共有したり,従来ビジネスにない気づきを得たりすることができるため,組織的な壁を低くすることができる。
最後に構成要素3は,技術的な壁を低くすることができる。例えば,設備データの取得や蓄積・管理,ユースケースを再利用したLumadaソリューションの開発や,それらをグローバルに流通させる仕組み(Lumada Solution Hub),データを蓄積・管理するデータベースやストレージ装置,IT・OTインフラの運用管理・稼働監視,セキュリティ関連プロダクト・サービスなどを幅広く提供している。日立は,三つの構成要素をLumadaソリューションを構成するプロダクト・サービスとして体系化し,顧客のデータを活用したLumadaソリューションを提供してイノベーションを加速していく。
以下,本章ではLumadaソリューションを構成するプロダクト・サービスの一部について,その特徴や活用事例を紹介する。
2.[Lumadaプラットフォームサービス]
Lumada Solution Hub
デジタル技術を活用した新サービスの創出や業務改革を実現するデジタルトランスフォーメーションを継続的に行うためには,環境構築からアプリケーションの開発,本番移行,運用・保守に至るまでさまざまな専門技術やノウハウが必要であり,膨大なコストと時間を要するという課題がある。
Lumada Solution Hubは以下の価値を提供することでこの課題を解決し,顧客のデジタルトランスフォーメーションを支援する。
- カタログとして整理された実績あるLumadaソリューションをすぐに利用できること
- マルチクラウドに対応したマネージドサービスの活用で運用負荷が軽減できること
- 整備されたグローバルでの拡販拠点や構築・運用体制により,デリバリーを容易化できること
Lumada Solution Hubによるソリューションの提供モデルは,ソリューションオーナーがパッケージを開発・登録し,ソリューションインテグレータがそれを活用・構築・カスタマイズしてクラウドサービスとして顧客に提供するものである。オーナー・インテグレータとして,日立グループのみならず社外パートナーも呼び込み,エコシステムを構築し発展をめざす。これにより,顧客の事業や社会における新たな価値創出に貢献する。
3.[Lumadaプラットフォームサービス]
「Hitachi Advanced Data Binder」 最新バージョン05-00
近年,デジタル化の進展で,各種センサーからのIoTデータやオープンデータ,ユーザー購買データなど大規模データの活用が進み,大規模データの分析による新たなデジタルビジネスやサービスの創出が顧客の課題となっている。
日立は,顧客のビジネス価値創出を支援し,デジタルイノベーションを加速する超高速データベースエンジン「Hitachi Advanced Data Binder(HADB)※)」を2012年度から市場へ提供し,2019年7月1日からは「HADB」の最新バージョン05-00(以下,「HADB V5」と記す。)の提供を開始した。
この「HADB V5」では,大量データの分析処理に適したデータ表の更新機能を強化し,さらなるデータ処理の最適化などを行い,今後ますます大規模化していくデータをより一層高速に分析可能とした。
今後,クラウド環境上でのさらなる機能強化など,大規模データの利活用のさまざまな要望に対応する進化を続け,顧客のビジネス価値創出に貢献していく。
- ※)
- 内閣府の最先端研究開発支援プログラム「超巨大データベース時代に向けた最高速データベースエンジンの開発と当該エンジンを核とする戦略的社会サービスの実証・評価」(中心研究者:喜連川 東大教授/国立情報学研究所所長)の成果を利用。
4.[Lumada共通アプリケーション]
セキュアで安定性の高いIoTの運用を実現するJP1 for IoT
デジタルトランスフォーメーションの実現に,IoTは欠かせない。IoTから集まる大量のデータを分析・活用することで,工場・現場の生産性や品質の向上を図ったり,社会インフラの安定稼働を支えたり,今までにない革新的なサービスを提供したりするなど,多くの新たな価値が生まれている。
IoTが日々の業務や生活と密接に関わるにつれて,そのサービスを支えるシステムの稼働安定性やセキュリティは重要さを増していく。ネットワーク上の膨大なIoTデバイスを把握し,サイバー攻撃やウイルス感染などによる大規模障害,情報漏えいなどのリスクに的確に対応することが求められている。
JP1 for IoTは,IoTデバイスのライフサイクルを通して稼働管理,セキュリティ管理を行うサービス「JP1 for IoT-デバイス管理」,管理されていない不正なPCやUSB(Universal Serial Bus)の利用を防ぐアプライアンス製品「JP1 for IoT-NX Netmonitor」,「JP1 for IoT-NX Usbmonitor」を第一弾として,2019年3月に提供を開始した。
今後,IoTのセキュアで効率的な運用を支援するさまざまなサービスを提供していくことで,デジタルイノベーションを加速するLumadaを支えていく。
5.[Lumada関連プロダクト]
統合システム運用管理「JP1 Version 12」
デジタル変革の取り組みが加速する中,企業ではビジネス全体におけるデータの有効活用と迅速な経営判断がますます重要になっている。一方,企業のIT部門では,社内の各部門が利用するマルチクラウドや基幹システムなど多様なIT環境全体の運用最適化を迫られている。
2019年1月末から販売開始した統合システム運用管理「JP1 Version 12」では,インテリジェント統合管理基盤「JP1/Integrated Management 2(JP1/IM2)」を新たに提供し,オンプレミスやマルチクラウド環境,他社製管理ツールやOSS(Open Source Software)などで管理されたIT環境を一元管理可能とした。発生する事象,システム構成情報,アプリケーション稼働情報などの運用データを収集して関連付け,経営者や運用管理担当者など,目的や立場に応じて必要な情報を分かりやすく可視化できるため,迅速な意思決定が可能である。
JP1/IM2が収集した運用データは「IT運用最適化サービスAI for IT Operations」と組み合わせて,AIによるIT運用業務の自律化に活用できる。また「JP1 for IoT」では,地理的に分散した多様なIoTデバイスの情報を収集,一元管理し,俯瞰(ふかん)的に可視化するための基盤としてJP1/IM2が活用されている。
JP1はこれからもIT運用の自律化,最適化に貢献するとともに,Lumadaを支えるサービス&プラットフォームの一員としてIoTの運用を効率化し,顧客のデジタル変革を支援していく。
6.[Lumada関連プロダクト]
Hitachi Virtual Storage Platform 5000シリーズ
近年,ビジネス環境が大きく変化する中,企業には既存ビジネスを効率化しつつデジタルトランスフォーメーションを加速し,ビジネスを成長させ続けることが求められている。
この背景の下,従来のITとデジタルビジネスの共存を実現する新たなITインフラ基盤「Hitachi Virtual Storage Platform 5000(VSP 5000)シリーズ」を2019年10月に発売した。
VSP 5000シリーズは,新スケールアウト型フラッシュストレージとして独自開発したインターコネクトによる新アーキテクチャを採用し,リニアなスケールアウトによる柔軟性・俊敏性の向上,障害発生時の自動的な冗長性の回復,従来比最大2.3倍の性能向上を実現する。
また,従来のSAS[Serial Attached SCSI(Small Computer System Interface)]ドライブと高速なNVMe*(Non-volatile Memory Express)ドライブの混載を実現することで,用途に応じたドライブ構成が可能となり,デジタルビジネスへのシフトに対応する。さらに,コンテナ環境との連携で,デジタルビジネスを支えるアプリケーション開発環境を実現する。これらにより,顧客の事業拡大に俊敏に対応していく。
[6]新スケールアウト型フラッシュストレージ「Hitachi Virtual Storage Platform 5000シリーズ」
7.[Lumada関連プロダクト]
ビジネス変革へ柔軟に対応する「日立HCIソリューション」
ビジネス環境の急激な変化に対応するため,IT基盤の柔軟な拡張と,容易な運用を両立するHCI(ハイパーコンバージドインフラストラクチャ)を導入する企業が増加している。HCIで集約された仮想環境は物理サーバの追加が容易になる反面,いつリソースを追加すべきか判断するための監視対象が増える傾向にあり,的確な判断と確実な運用管理が必要となってくる。
日立は,HCIの導入運用効果を最大化するため,導入から運用までをワンストップで支援する「日立HCIソリューション」を開発した。標準搭載した統合システム運用管理「JP1」が,システム全体のリソース監視や運用管理を自動化することで,管理業務の効率化を実現する。頻繁に発生する仮想マシンの追加,ファームウェアやドライバの更新といった作業はテンプレート化し,コンテンツとして標準提供することでオペレーションを容易に自動化でき,人為的ミスのない安定稼働を実現した。
今後も「日立HCIリューション」を継続的に強化し,顧客のシステムの導入・運用コストの最適化,安定稼働を支援していく。
8.[Lumada共通アプリケーション]
マルチセンサーによる設備状態監視技術
産業活動や生活に欠かせないインフラ設備では,老朽化の進行やベテラン保守員の高齢化および大量退職などにより,設備の安定稼働が困難になりつつある。これに対し,これまで取得・蓄積できなかった設備に直結する価値の高い現場データを収集・分析し,設備の点検・保守に革新をもたらす「現場デジタライズ」に高い期待が寄せられている。
日立では,アナログメーターの指示値を読み取るレトロフィット無線センサーの開発をはじめとして,熟練作業員の五感に注目した認識系のAIを搭載する高度なセンサーの拡充を進めている。加えて,現場設備に分散して設置されるさまざまなセンサーのデータを組み合わせた,データ解析・診断処理の高度化を進めている。これらについて,特長となる技術は以下のとおりである。
- 複数台の設備が発する稼働音データを多チャネルマイクアレイで一括して収集し,エッジでのデータ解析により異音の発生源となった設備の特定と異常度算出を行うセンサー端末
- 赤外線(IR:Infrared)センサーとマイクなど,異種のセンサーを備える複合センサー端末により計測した異種データの解析結果を組み合わせ,設備劣化診断処理の精度向上を図るセンサーフュージョン技術
- 電流(CT:Current Transformer)センサーで取得したモータ駆動電流波形から設備の負荷状態をリアルタイムに判定し,判定結果に基づいてセンサーデータのフィルタリング制御を行うことで過学習を抑える,独自の故障予兆診断AIアルゴリズム
- 状態監視対象となる設備や観測したい事象に合わせて各種センサー端末の種類や組み合わせ,配置が最適化されたセンシングシステムの構築技術
今後は,これらの特長を備える製品やシステムの開発を加速し,Lumadaに基づくエコシステムとの間でオープンなデータ連携を可能にしていく。
9.[Lumada共通アプリケーション]
セキュアな工場を実現する工場向けIoTセキュリティソリューション
昨今,工場現場において生産性や品質の向上,熟練者のノウハウ継承などを目的としたIoTの導入が進んでいるが,生産設備やOT(制御系)システムが情報系ネットワークにつながることで新たなセキュリティ脅威が増大している。それに伴い,工場現場ではセキュリティソフトの導入やパッチの適用が機器の特性やネットワーク設計の影響で難しいことや,IT専任の担当者がいないことなどが課題として発生している。
日立は,社内外で得られた知見やノウハウを基に,「現状把握」,「多層防御・検知」,「運用・対処」の三つのステップでセキュアな工場を実現する幅広い「工場向けIoTセキュリティソリューション」を提供し,工場ごとにその実態に合ったソリューションの導入や運用を支援する。
このソリューションは,サイバーセキュリティのみならず,フィジカルセキュリティまで網羅した幅広い工場向けIoTセキュリティソリューション群の中から,顧客のニーズに合った製品・サービスを組み合わせてワンストップで提供し,過不足のない対策を支援することを特徴としている。
10.[Lumada関連プロダクト]
PBIを用いた指静脈認証ソリューション
日立は,生体認証とPKI(Public Key Infrastructure:公開鍵基盤)の技術を組み合わせた「PBI(Public Biometrics Infrastructure:公開型生体認証基盤)※1)」と呼ぶ独自開発技術を用いて,主にBtoBtoC(Business to Business to Consumer)領域へのビジネス展開を推進している。
PBIは,例えば生体情報そのものをサーバ側で取り扱いたくない,一般消費者を対象とした会員管理や決済などの生体認証システムに適している。
2018年に日立は,一般消費者を対象とした手ぶらキャッシュレス決済の社外実証実験※2)を約2か月半実施した。事前にお金をチャージするプリペイドカード方式の電子マネーカードに,消費者の指静脈データをひも付けることにより,カードやQRコード*などを使わずに生体認証のみで決済を行う一連の流れを検証した。
消費税増税に伴い,小売店などではキャッシュレス決済の手段としてカード決済,QRコード決済の導入が躍進する一方で,カード媒体やスマートフォンを用いた決済では,紛失・忘れ,第三者の不正利用などの課題がある。その潮流の中で,より安全な認証手段としてPBIを用いた生体認証への期待が今後ますます高まっていくと考えられる。
- ※1)
- PBI技術:静脈パターンなどの生体情報を,復元不可能な形に「一方向変換」して鍵となる「秘密鍵」を抽出するとともに,鍵穴となる「公開鍵」を生成のうえ,公開鍵を「公開鍵証明書」として登録する日立独自の技術。
- ※2)
- 中国・四国地方でスーパーマーケットを展開する株式会社エブリイ「鮮 Do!エブリイ蔵王店」にてエブリイの本部社員・蔵王店社員を対象に実施。
11.[Lumada顧客協創サービス]
デジタルトランスフォーメーションを推進するデジタル人財育成
データやデジタル技術を活用してビジネスのやり方や価値を変革するデジタルトランスフォーメーションの実現には,デザイン思考に基づきイノベーティブな価値を創生するデザインシンカーや,データを利活用して本質的な課題を解決するデータサイエンティストなどの高度なスキルを持つデジタル人財が重要な役割を担う。このような高度人財の育成には,座学の体系的な教育に加え,顧客とのプロジェクトで経験豊富な専門家と一緒に実践経験を積むOJT(On the Job Training)が大切である。
日立は,デジタルビジネス推進部門を中心に,OJTを含む研修体系を整備し,社内の幅広い部署から実習生を受け入れて人財育成を進めている。一方で,日立グループのさまざまなドメインの「知」を掛け合わせ,デジタルトランスフォーメーションによる新たな価値創出を加速するために,デジタル人財としての基本スキルを修得した人財を幅広く育成するとともに,プロフェッショナルコミュニティを立ち上げ,さまざまなドメインの事例や先端技術の共有,スキルの相互研鑽(さん)を推進している。