顧客協創研究開発
1. 協創の森からのイノベーション創生と発信
2019年4月に中央研究所内に開設された「協創の森」は,2019年度に各国政府関係者や企業幹部119件の来訪,フォーラム・アイデアソンなどを通じて,2件のアイデアを事業化に導いた。さらに,新研究棟「協創棟」は,第32回日経ニューオフィス賞クリエイティブ・オフィス賞を受賞した。
昨今の新しい働き方が求められる中,コミュニケーションツールを活用したワークショップやオンラインイベント開催による顧客へのエンゲージメント・課題把握・ビジョン創生,タイのLumada Center Southeast Asiaなどのグローバル拠点とLumada Solution Hubを用いたソリューションとデモの共有など,デジタル技術を活用して,活動をさらに拡大させている。
今後も,感染対策などに十分配慮した対面の協創活動とリモートの協創活動を組み合わせた新しい協創の形を模索しつつ,オープンな協創を通じて社会課題を解決するイノベーションを創生し,人間中心でQoL(Quality of Life)の高い持続可能な社会の実現に貢献していく。
2. スタートアップ連携によるオープンイノベーション
世界のスタートアップに投資し,イノベーションのエコシステムに貢献するコーポレートベンチャリング機能として,「Hitachi Ventures GmbH」を2019年度に設立し,活動を開始した。社会や顧客に新しい価値をもたらす技術やビジネスモデルを探索・支援するとともに,将来の社会・産業変革につながるようなイノベーションの実現をめざし,スタートアップへの投資だけでなく,協創による新サービス,新事業の創生をめざしている。
これまでに,ドイツ,米国,日本にコーポレートベンチャリング機能の拠点を配し,他社CVC(Corporate Venture Capital),VC(Venture Capital),コンサルティングパートナーと連携しており,世界のスタートアップとのオープンイノベーションを加速し,社会価値,環境価値,経済価値の向上に貢献する。
3. WEF C4IRとの協業を通じたテクノロジーガバナンスへの取り組み
第四次産業革命やSociety 5.0ではデジタル技術を積極的に活用することで,個々人に寄り添う豊かな社会の実現をめざしている。その反面,技術導入・活用にはプライバシーをはじめとする各種懸念が障害となる。これに対し,世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)第四次産業革命センター(C4IR*:Centre for the Fourth Industrial Revolution)とともに,デジタル技術を積極的かつ安全・安心に利用できるようにするテクノロジーガバナンスの実現に取り組んでいる。
その取り組みの一つとして,サプライチェーンでのブロックチェーン(BC:Blockchain)活用プロジェクトに参画し,相互運用性や自己主権型のID(Identification)管理など,これまで考慮されてこなかった技術活用の視点を洗い出し,テクノロジーガバナンスのフレームワークとしてまとめ上げた。7編の白書やBCソリューションを開発する際のガイドとなるツールキットを開発し,WEFで公開している。
現在,スマートシティやデータガバナンスなどのプロジェクトにも参画しており,テクノロジーガバナンスの仕組みづくりに貢献していく。
4. 需要変動に応じて経営KPIの最大化を実現する製造・販売計画立案ソリューション
化学品などの製造業では需要変動が激しく,多品種生産の企業も多い。そのため,製造から販売の部門間横断で調整を行い,状況に応じた製造・販売施策を複数パターン検討して,日単位で実行可能な生産・販売計画に反映していくことが重要である。一方,売価や販売・生産量,設備稼働率,生産能力,関税など,世界中の製造・販売拠点の膨大なパラメータを販売先や製品ごとに考慮し,経営KPI(Key Performance Indicator)が最大となる製販施策や計画を立案することが必要だが,人手では難しく膨大な時間を要する。
そこで日立は,顧客協創から得られた部門間横断の計画立案や施策検討の現場ニーズを,日立の協創手法NEXPERIENCE※1)を通じてパターンモデル化し,株式会社日立ソリューションズのSCM(Supply Chain Management)最適化シミュレーション※2)に組み込むことで,需要変動に応じて迅速に経営KPIの最大化を実現できる製販施策・計画立案ソリューションを開発した。実証実験では,従来の約60倍の施策パターン数を即日作成でき,意思決定までに要する時間を約95%短縮できた。今後は,本サービスを展開し,産業分野におけるSC(Supply Chain)全体でのモノづくりプロセス革新に貢献していく。
(サービス提供開始:2020年7月)
- ※1)
- デザイン思考で新サービスを創生するための日立の協創アプローチ。手法,ITツール,空間,人,それらを含む活動。
- ※2)
- 株式会社日立ソリューションズが開発した数理最適化手法を活用し,最適な生産拠点や生産量,販売量,トータルコストなどをシミュレーションする技術。グローバルSCMシミュレーションサービスとして展開中。
5. 日立が提供する鉱山設備向けSaaSベース予知保全サービス
鉱業においてクラッシャーは最も重要な機材の一つであり,偏心ブッシュのバーンアウトが発生すれば,計画外のダウンタイムにより数百万ドルの損失をもたらしかねない。日立は,偏心ブッシュのバーンアウトが起きる前に,その原因であるコーンクラッシャーの故障を検出できる予知保全ソリューションを開発した。このソリューションでは,機械学習を利用し,故障パターンを故障の発生数分前に検出できる。パフォーマンスインジケータをモニタリングし,機械学習を利用して負荷および季節性の影響を取り除くことによって正規化を行い,履歴データを基に,各パフォーマンスインジケータの正常なモデルを学習する。リアルタイムで示されるインジケータを対応する正常モデルと比較し,パフォーマンスが正常な動作から逸脱していれば,アラートを発生させる。
本ソリューションは,世界各地で数百台のクラッシャーを稼働させている鉱業コングロマリットとの協創によって開発された。日立は,世界各地にある数百台の機器をモニタリングし,エンドユーザーにアラートをタイムリーに送信して重大事故を回避する,SaaS(Software as a Service)フレームワークを用いた予知保全ソリューションを提供している。多数のクラッシャーをモニタリングする際に,アラートの信頼性を最大限まで高めるために,個々のクラッシャーの履歴データを用い,それぞれに合わせて調整したAI(Artificial Intelligence)モデルを生成する。また,クラッシャーの直近の変化(部品の劣化や環境変化など)を捉え,モデルを自動的かつ定期的に更新する機能も備えている。
機械学習によるモデリングとソリューションアーキテクチャのアプローチは,他の機器や垂直市場にも容易に展開できる。これにより,故障の早期検出の恩恵が得られるため,機器にとって有益なソリューションとなっている。
(日立アメリカ社)
6. リアルタイム対応のインテリジェント業務管理ソリューション
新型コロナウイルス感染症の蔓延により急速に拡大するオンライン受注業務は,その一方で急激に変化しつつある。このソリューションは,そのようなオンライン受注業務の業務管理を向上させ,顧客価値を高めるために提案されたもので,店舗数が1万店を超える規模の顧客にも対応できる。
このソリューションでは,日立の二種類の共通技術が利用されている。一つは大規模リアルタイムストリーミング技術で,経営効率を向上させるための受注処理やオンラインでの経営KPIの計算に用いられる。もう一つはオンライン機械学習技術で,過剰生産を防ぐことでコストを削減し,近未来の受注件数の予測や生産計画の最適化に用いられる。
本ソリューションはすでに顧客先に導入され,1日当たり3,000万件の処理をサポートし,従来の受注予測方法に比べて予測精度が約10%向上するなど,スケーラビリティや品質の面で優れたパフォーマンスを発揮している。また,総合的な業務レポートの生成時間が週単位から分単位にまで短縮され,食品製造の廃棄物量の削減にも貢献している。
(日立(中国)研究開発有限公司)
7. 豪州での社会イノベーション創出に向けた「西シドニー協創センタ計画」
豪州の西シドニー地域は,急速な成長に伴ってさまざまな事業機会が見込まれている。ニュー・サウス・ウェールズ州 (NSW州) および豪州連邦政府は,今後20年間で150万人を超えると見込まれる都市圏「Western Sydney Parkland City (西シドニーパークランド都市)」での雇用,社会インフラ,交通網などの整備を推進している。
2019年10月,日立とNSW州はオープンな協創拠点である「協創センタ」を設立し,スタートアップや中小企業の成長を支援し,地域の経済発展と雇用創出に貢献していくことで合意した。この協創拠点にスタートアップや大学,研究機関などが集い,アクセラレータプログラムの推進によって革新的なデジタルソリューションを迅速かつ持続的に創出していくことで,同地域の人々のQoL向上をめざす。協創センタは2023年に設立予定である。
設立に先立ち,2020年から協創活動を開始した。2月にシドニー市内でハッカソンを開催し,5月には西シドニーの主要都市の一つのリバプール市および南西シドニー医療地域統括局(SWSLHD:South Western Sydney Local Health District)とイノベーション推進の覚書締結を発表した。このような活動を通じて,さまざまなステークホルダーとエコシステムを構築し,オーストラリアでの社会イノベーションの創出を加速していく。
8. 持続可能な都市開発を実現する超低エネルギービルスマートハブ
高温多湿な熱帯気候の東南アジアでは,ビルによる電力消費量が消費電力全体の50%以上を占めている。利用者の快適性を維持しながらビルのエネルギー消費量を削減することが,多くのビル所有者の課題である。
脱炭素社会に貢献するため,日立アジア社は,BCA(Building and Construction Authority, Singapore:シンガポール建築建設庁)からSLEB(Super Low Energy Buildings:超低エネルギービル)スマートハブと呼ばれるプラットフォーム開発の委託を受けた。これは,地域の環境配慮型建築に関するシンガポール初のデジタルナレッジセンターであり,グリーンビル技術の収集・分析を行う国営データベースである。
データリポジトリに留まらず,ビルが持つ現在のデータセットと利用者の要求をベースに最先端のビッグデータ分析と人工知能技術を駆使して,スマートアドバイザーが適切な環境配慮技術の提案や,それに関連するコストやエネルギー節減量の予測を行う。これを利用して,ビル所有者は環境配慮技術の評価や調達を行い,エネルギー効率を高めるためのビルのデジタル変革を実現できる。
2019年9月の稼働開始以来,すでに90社以上で活用されている。このプラットフォームにより,環境配慮技術の採用が容易になり,2030年までにビルの80%を環境配慮型にするという国の目標達成に寄与することが見込まれる。
(日立アジア社)
9. AIおよび機械学習による顧客の製造プロセス全体にわたる業務効率の改善
現在,業務トランスフォーメーションのためのスマートなデジタルソリューションを求める製造業者が急増している。日立は,ソリューションの構築時間を短縮し,品質を確保するため,保守,品質管理,安全などの生産工程におけるさまざまな分野において,再利用性と拡張性に優れたソリューションコア(抽象化AI分析パイプライン)を構築してきた。
先頃行われた鉱業大手企業とのPoV(Proof of Value)で,この産業用AIソリューションコアによるアプローチの有効性が実証された。この企業では,膨大な数の設備を用いた大規模な逐次処理が行われているが,主要な設備の中には予備がないものもある。設備故障あるいはプロセス異常により障害が発生すれば,その時点で生産ラインの一部,場合によっては全体が停止することになる。生産が停止すれば,大規模プラントではトラブルシューティングや生産の再開に時間がかかる。そのため,AIを活用してプロセス故障を発生前に予測することが重要となる。
日立は,設備故障の予測ソリューションコアをプロセス異常に転用して,顧客固有のニーズに合わせたソリューションを納入し,予防措置によって遅延の可能性を低下させることに成功した。実施したカスタマイズの例は次のとおりである。
- 遅延の記録とドメイン知識を総合的に予備解析し,ソリューションコアの適用が可能でビジネス的にも意義のある予測対象を特定した。
- 連関する複合イベントを統合し,予測を容易化した。
- ドメイン知識に基づく適切なセンサーの選択と特徴量エンジニアリング,さらに,故障データの不足に対処するため,データバランシング技術を利用した。
このソリューションによって,顧客の収益はデプロイ後の最初の1か月で5%増加すると推定されている。
(日立アメリカ社)
10. iF Design Award受賞
東京社会イノベーション協創センタでは,高い市場競争力の獲得と今後の社会潮流に合致した新たな価値提供をめざして,デザイン品質の大幅な向上に取り組んでいる。この活動では,従来のデザイン開発に留まらず,メディアを通じた情報発信にも力を入れている。
2020年度は,中国市場向け空気清浄機やアジア市場向け冷蔵庫,国内向け3ドア冷蔵庫,業務用空調機器の4製品が,世界的に権威のあるドイツのデザイン賞 iF Design Award を受賞した。中でも,日本を代表する著名デザイナー深澤直人氏との協業により誕生した空気清浄機EP-PF120C Seriesでは,日立の家電製品としては初となるGold Awardを獲得した。今後も高品質なデザインを通じて,人々の生活を彩り豊かにすることをめざしていく。
11. 社会課題解決に向けたNEXPERIENCE
日立は,事業機会発見から課題分析,アイデア創出,価値評価のプロセスを支援する手法としてNEXPERIENCEを開発し,顧客協創による新サービス・新事業創生に取り組んできた。
ニューノーマル下では,社会の価値観の変化を捉えた新事業創生への期待が高まっている。そのためには,社会課題を解決する価値起点の事業構想から新たな社会潮流の創出およびその社会実装を推進する必要がある。これらを実現するため,以下の三つの観点でNEXPERIENCEを進化させる。
- 時間・空間を超えてパートナーと協創するためのデジタル協創環境
- 過去事例や知見などのデータを利用し,「構想→共感→実装」を繰り返しながら社会に価値を提供するための協創手法
- 協創を通じて社会・顧客・協創パートナー・日立が持続的に成長するための協創エコシステム形成
これらに加え,デザイン思考を実践できる人財「デザインシンカー」により,社会イノベーション事業の実現に取り組む。
12. Smart Hospital Transformationに向けた英国でのDigital Control Centreの協創
英国のNHS(National Health Service:国民保険サービス)と病院は,コストの増大と人口の高齢化に直面しているにもかかわらず,予算が順調に増加しない難題に直面している。これが救急病棟の過密化を招いており,需要のピーク変動への柔軟な対応も困難になりつつある。さらに,病院内の患者の流れは手書きボードや紙の文書で管理されることが多く,空きベッドの把握や,いつどのようなサービスが必要とされているかといった全体的な計画が十分に立てられないという問題を抱えている。
日立は,英国のサルフォードロイヤル病院(Salford Royal NHS Foundation Trust)と提携して,10年計画のSmart Hospital Transformationのプログラムに着手しており,その手始めとしてDCC(Digital Control Centre)の立ち上げに取り組んでいる。DCCの完成により,現在の病床の空き状況はデジタルデータとして管理され,外来患者の需要予測とマッチングさせることが可能になる。高度な分析とIoT(Internet of Things)データを用いて,患者の入院見込み,入院日数,リソースおよび設備の状況などを予測することで,キャパシティプランニングの改善やスマートスケジューリングを実現するための実用的な知見を得ることができる。
このデジタルソリューションの開発に,日立のヒューマンセントリックな協創アプローチNEXPERIENCEを通じて取り組んでおり,需要のピーク変動へ対応可能でかつ患者に最適な治療を提供するための新しいモデルの確立をめざしている。
(日立ヨーロッパ社)
13. AI駆動型デジタル決済サービス
インドでデジタル決済が急速に広がっている背景にはさまざまな要因がある。政府が現金決済を減らす方針を推し進めていることに加え,24時間365日すぐに資金が得られる利便性や,スマートフォンの普及の拡大もある。店舗でのデジタルプラットフォームの採用が進んだことで,デジタル決済のトランザクションは指数関数的に増加している。
2019年に,日立はSBI(State Bank of India:インドステイト銀行)と共にデジタル決済に関する合弁会社を設立し,商業用決済サービスのライフサイクル全体を最適化するAI駆動型の高付加価値ソリューションを開発している。このソリューションが提供するデータに基づく提案や知見により,ビジネス機会損失や取引リスクが減少し,優良顧客の強力なネットワーク形成が促進される。
本ソリューション向けに,インドのR&D(Research and Development)センターでは,いくつもの多様なソースから得られる大規模なデータを分析するためのAIプラットフォームと,希少事象検出や早期のパターンフィルタリングなどの分析機能を開発中である。
顧客との協創活動を推進するため,プロトタイプを使用した分析サービスの概念的ソリューションのショーケースもすでに開発済みである。今後はこのプラットフォームを活用し,SBIとの連携を図りながら,先進的なデジタルサービスの創造と,デジタル決済の導入を加速していく。
(日立インド社)
14. ニューノーマル時代のモビリティサービス実現に向けた取り組み
ニューノーマルにおいて,生活者の移動維持と交通事業者の経営持続を両立するソリューションを交通事業者との協創や,交通事業者,大学,スタートアップなどとのワークショップを実施しながら開発している。ここでは,この取り組みの一つとして特に以下の2点を可能とするとともに,これらが相互に連携し,効果を高めるソリューションの開発について紹介する。
- 生活者に対して,出発地から出発タイミング,乗り物,経由地,立寄地,目的地などをセットとして行き方と過ごし方をレコメンドするとともに,その行動にインセンティブを与えることで,安全・安心・安定かつ快適な移動に誘導する。
- 交通事業者に対して,人の移動をコントロールするとともに,複数交通事業者のKPIシミュレーションと運行調停により,変動する需要に応じた運行とピークシフトによる設備維持コストの削減を可能とする。
本ソリューションによって,交通事業者は交通事業を維持するとともに,商業施設や街およびMaaS(Mobility as a Service)サービサーなどとの連携による新たな収益が期待できる。