特集「コネクテッドプロダクトによるデジタルサービス」(2)製品の稼働データ利活用によるリカーリングの促進と行動変容の取り組み予兆診断と生成AIを活用したTalkative Products
ハイライト
近年,労働人口の減少や環境問題に対して,産業機器からIoTで取得したデータ利活用による省人化,効率化,省エネルギー化が注目を集めている。これに対し,日立産機システムはビッグデータをAI・生成AIで処理することで,予兆診断サービスを開発し,コンサルティング活動に向けた機能実証実験を行っている。
本稿では,空気圧縮機の吐出温度系異常に関する予兆診断AI技術と生成AI技術を活用したTalkative Productsと,同製品を購入した顧客への新しい価値の提供,新しいサービスの創造について述べる。また,製品から得られる稼働データの活用によって,リカーリング事業の促進と顧客を含めたプロダクト関係者の行動変容を促し,製品の安定稼働,効率化を実現する取り組みについても紹介する。
1. はじめに
昨今,労働人口の減少や環境問題への取り組みが喫緊の課題となっており,特に産業機器の分野ではIoT(Internet of Things)技術を活用して取得したデータの利活用を通じた省人化,効率化,省エネルギー化が求められている。
これに対応する技術として,ビッグデータの活用による予兆診断やAI(Artificial Intelligence)・生成AIによる予兆診断サービスを開発し,コンサルティング活動に向けた機能実証実験を進めている。これらの技術は,産業機器の運用効率を向上させるだけでなく,環境負荷の低減にも寄与することが期待されている。
本稿では,株式会社日立産機システムが提供する設備監視サービス「FitLive」によるデータ利活用の例として,予兆診断機能と将来機能として計画中のTalkative Productsの概要について述べる。
2. 産業機器の設備保全・保守における課題
図1|設備監視サービス「FitLive」とコンタクトサービスの概要産業機器向けの設備監視サービス「FitLive」のデータを基に,さまざまな価値を提供するコンタクトサービスの概要を示す。「FitLive」に送られた稼働データを分析することで,不具合が発生する前の予兆診断や最適なタイミングでの保守サポート,設備改善,省エネルギー化など,産業機器の最適運用に貢献する。
産業機器を安定して稼働させるためには,定期的な保守点検を行う専門技術者や設備管理者が必要だが,少子高齢化などの影響を受けて労働人口は年々減少しており,リモートでの保守管理や作業の効率化が急務となっている。また,地球温暖化防止の観点から,より消費電力を抑えて効率的に設備機器を運用し,環境負荷を低減したいというニーズが高まっている。こうした中,日立産機システムは2017年からIoT機能を標準搭載したコネクテッドプロダクトの出荷を開始した。設備監視サービス「FitLive」は製造業をはじめとした多くの顧客企業で導入されており,製品の接続率※)も高い。さらに2021年には,異常・故障など機器の稼働データを基に,顧客に対して保守や省エネルギー施策の提案,設備改善の連絡を提供するコンタクトサービスを開始した(図1参照)。
- ※)
- 接続台数÷出荷台数で算出。顧客は任意で通信機能を遮断することが可能であるが,7~8割の顧客が「FitLive」へのデータ送信を承諾している。
しかし,こうした提案件数は,「FitLive」への接続台数に比例して増加するため,人手による対応や判断には限界がある。そこで,設備の状態が悪化した後に連絡するのではなく,予兆診断機能を通じて状態悪化の兆しを捉え,生成AIを利用して診断結果を通知するTalkative Productsの開発に取り組んでいる。これにより,製品のダウンタイム削減と工数削減を図るとともに,製品を通じた顧客とのインタラクションにより,顧客を含めたプロダクト関係者の行動変容を促し,製品の安定稼働と効率化をめざしている。
3. AIを用いた予兆診断サービスの開発
図2|予兆診断機能を用いた事後保全提案と予防保全提案のイメージ機械学習による空気圧縮機向けの予兆診断機能のイメージを示す。稼働データを機械学習することにより,機械の状態に基づいて故障発生前に予兆を捉える。精度向上を目的として,日立産機システムの保守員の判断ノウハウを活用した判断ロジックを追加することで,実用化した。
2017年,日立産機システムは自社の空気圧縮機にIoT機能を標準搭載した。それらの稼働データを分析した結果,機器の異常・故障の約75%が,温度に起因していることが分かった。すなわち,異常・故障に至る前に温度上昇の傾向を捉えることで,さらなる製品の安定稼働につながると考え,各種センサーで収集した時系列情報を総合的に分析・対策することで不具合を未然に防止する,機械学習を用いた予兆診断サービスを開発した。
予兆診断の手法には,温度を予測する機械学習アルゴリズムとルールベース型の判断ロジックの組み合わせを用い,IoT接続台数の多さを生かしてデータを積み増すことで,機械学習の高精度化を図った。さらに日立産機システムの保守員がこれまで保守管理作業の中で蓄積してきたノウハウを体系化し,判断材料として活用した。このノウハウを体系化するルールの作成においては,まず保守員の知見をデータサイエンティストがヒアリングしてルール化し,データに適用したのち,結果を保守員が確認した。この一連の作業を繰り返すことで判断ロジックを構築した。多くのデータを学習させた機械学習モデルと保守員のドメインナレッジを基に作成した判断ロジックを組み合わせることで,高精度な予兆診断機能を実現した(図2参照)。
現在,本機能の対象となる製品は給油式スクリュー空気圧縮機NEXT IIIシリーズ(公称出力22/37 kW,インバータタイプ)のみであるが,今後は対象製品を拡大する予定である。本サービスの拡充を通じて,よりきめ細かくスピーディな予防保全提案を行い,空気圧縮機の稼働停止を最小限に抑えるとともに,エネルギー消費を抑え,環境負荷を低減可能な運用の提案につなげていく。
4. 生成AIを用いたTalkative Productsの開発
本章では,Talkative Productsの詳細について説明する。Talkative Productsは,関連文書や稼働データ,予兆診断結果など,製品に関するさまざまな情報を生成AIに背景知識として入力し,テキストを生成させることで,人と対話する機能を提供するサービスである。具体的には,まず,RAG(Retrieval-augmented Generation:検索拡張生成)を用いて,製品の取扱説明書の内容を学習させる。RAGとは外部情報の検索を組み合わせることで,生成AIの回答精度を向上させる一般的な技術である。次に,IoTで収集したセンサー値などの稼働データと予兆診断AIの出力結果をルールに基づいてテキストに変換し,生成AIに入力するプロンプト文(指示)に追加する。さらに製品への関心を高めるため,親しみのある回答を行うよう指示する補足情報をプロンプト文に追加した。これにより,製品に関するさまざまな情報を用いて生成AIと会話が可能なTalkative Productsを実現した(図3参照)。
製造業で生成AIを利用する際の課題は,複雑な知識を高い精度で活用する技術の開発である。例えば取扱説明書には多くの手順や分岐を含む操作手順のテキストが記載されている。これをそのまま生成AIに入力しただけでは,質問への回答精度は低い。そこでテキストデータを表,SQL(Structured Query Language),フローなどの形で構造化し,生成AIに入力する。構造化したデータは生成AIが理解しやすいため,回答精度を向上させることができる。実際に回答精度が向上することを確認したうえで,本データ構造化技術をTalkative Productsに適用した(図4参照)。なお本技術は,日立産機システムと日立製作所 研究開発グループ コネクティブドライブシステム研究部が共同で開発したものである。
Talkative Productsには,リカーリング事業を促進し,顧客を含めたプロダクト関係者の行動変容を促す効果があると考えられる。製品を擬人化し,製品が自ら積極的にプロダクト関係者にインタラクションを図ることで,製品への関心と愛着を高め,安定稼働と効率化の実現をめざしている。
5. おわりに
本稿では,設備監視サービス「FitLive」の稼働データを基に開発したAIによる予兆診断機能,ならびに生成AIを活用したTalkative Productsの特徴について述べた。
予兆診断システムには,設備の故障を未然に防ぎ,ダウンタイムの削減や工数削減といった運用効率を向上させる効果がある。また,生成AIを活用したTalkative Productsは,ユーザーが製品をより効率的に運用できるよう支援するとともに,製品の価値を高めることが期待される。今後,これらの技術をコネクテッドプロダクトの付加価値として展開することで,リカーリング事業の拡大を図るとともに,顧客の業務効率を向上し,環境問題の課題解決および産業機器の分野におけるフロントラインワーカーの課題解決に貢献していく。