地球環境との共生をめざす次世代エネルギーソリューション
電力系統を取り巻く国内の最新の動向では,電力広域的運営推進機関の設立,小売全面自由化,さらには太陽光,風力などの再生可能エネルギーの大量導入,および高経年化が進んだ送変電機器の保守・更新への対応が重要となる。
これらに関連した送配電分野の技術対象として,日立は,わが国における広域連系に関するHVDCプロジェクトや自励式変換器に関する取り組み,先進的な広域系統の系統安定化のためのPMUデータを活用したソリューションの開発,送配電設備の延命化などを実現する系統給電・配電自動化システムへの取り組み,および運用技術(OT)と情報技術(IT)を活用した変電所のオールデジタル化の取り組みを進めている。
わが国では東日本大震災を経て,電力システム改革が進展している。これは安定供給の確保,電気料金の最大限の抑制および需要家選択肢や事業者の事業機会の拡大という3つを目的として,第一段階の2015年度に広域系統運用の拡大のために電力広域的推進機関が設立され,第二段階の2016年度に電力小売全面自由化が実施された。さらに,第三段階には2020年度をめどに送配電部門の中立性の一層の確保のために発送電分離(法的分離)が実施される予定になっている。また,世界的な課題である地球温暖化対策のために,FIT(Feed-in Tariff)制度(固定価格買取制度)により太陽光発電や風力発電の大量導入が加速している。これらの発電出力は天気に左右されるため,その大きな出力の変動は系統の安定運用に影響を及ぼす。
電気料金の抑制のためには,送配電部門の託送費用をより一層低減するための運用や保守などの業務効率の向上,全国大で効率の高い発電機を運転できるようにする連系線を通した電力流通を拡大することが重要となる。また,電気は社会活動,生活に不可欠となっており,経済性とともに広域系統での安定供給を維持することが重要となっている。
以下では,これらの重要な課題に対応するために,日立がこれまで培ってきた運用技術OT(Operational Technology)や情報技術ITを組み合わせたソリューションとして取り組んでいる広域連系,電力系統の安定化,系統給電・配電自動化,および変電所オールデジタル化について紹介する。
2011年3月11日の東日本大震災により,東北および東京の電力供給エリアにおいて多くの大規模電源が喪失した。また,他エリアとの連系線容量の制約や東西間の周波数変換設備容量の制約から系統間の電力融通量には限界があり,関東の多くの地域において計画停電が余儀なくされる事態となった。
これを受け,従来のように電力供給エリアごとに電力の需給を完結することを主とするのではなく,エリアを越えた供給体制をとり,広域的な系統運用を行うニーズが高まった。この実現のためには,異周波数間の連系を含む,エリア間の連系容量の増強が必須となる。
ただし,2つのエリアの電力系統を交流で連系する場合,迂(う)回電流の発生や,短絡電流の増加による周辺機器への影響の問題,一方の系統事故が他方の系統に波及する問題などが生じる。これらを回避する連系方法として有力なのが高電圧直流送電(HVDC:High Voltage Direct Current)である。また,HVDCでは,長距離送電における送電ロスの低減や,異なる周波数の系統間を直接連系することも可能である。
現在,国の審議会などによって,東京電力ホールディングス株式会社エリアと中部電力株式会社エリアの連系容量を,現在の120万kWから300万kWまで増強することが計画されている。これにより,50 Hzエリア・60 Hzエリアそれぞれの大規模電源を最大限活用することができ,大規模災害などが生じた際にも,被災直後の供給力不足リスクに対応することが可能となる。東京中部間の連系では,新信濃−飛騨間において90万kWのHVDCプロジェクトが進行している。日立はこのうち60 Hz飛騨側を受注した。さらに,佐久間周波数変換所に30万kW,東清水変電所に60万kWの増強計画も進んでいる1)。
HVDCには他励式と自励式の2つの方式がある。これまでの国内のプロジェクトは,すべて他励式が採用されてきた。しかし,2000年ごろから世界で自励式HVDCの研究が進んでおり,海外ではすでに多数の実績がある。
自励式HVDCは,連系する系統や運転上の制約が少なく,また有効電力と無効電力を別々に制御することが可能なため,系統安定化のメリットがある。変換器自体は他励式よりも高価であるが,他励式に比べ,フィルタや調相設備の小規模化,安価で軽量なケーブルの使用,系統対策費用の削減が可能であることから,総コストは他励式と同等かそれ以下に抑えることができる。また,設置面積の削減にも有効である(表1参照)2)。
表1|他励式HVDCと自励式HVDCの比較自励式HVDCは運用面,経済面,系統安定化のメリットなどで優位性がある。
これらのメリットから,佐久間周波数変換所30万kW,東清水変電所60万kW増強計画では,自励式を採用することが決定している。
こうした自励式HVDCのニーズの急速な高まりに対応するため,日立は国内向けHVDC事業において,ABB社との合弁会社である日立ABB HVDCテクノロジーズ株式会社(以下,「HAB」と記す。)を設立し,2015年11月より営業を開始した3)。ABB社は約60年前にHVDC技術を開発し,常に時代の最先端技術をもって世界のHVDC事業をリードしてきた。自励式HVDCにおいても,世界での完工済みの15サイトのうち14サイトを手がけるという圧倒的な実績を誇る4)。
現在進行中の新信濃−飛騨間のHVDCプロジェクトは,HABと日立が手を組んで進めている。HABの設立により,日本の電力系統における日立の豊富な経験とHVDCにおける世界最高水準の技術を持つABB社の強みを生かし,日本の電力の広域的な安定供給確保に貢献できるものと考える。
本章では,電力系統安定化ソリューションの一環として取り組んでいる,位相計測装置PMU(Phasor Measurement Unit)を用いた電力系統運用者支援システムについて紹介する5)。
日本国内では,電力システム改革による広域系統運用の拡大や,再生可能エネルギーの導入量増大に伴い,より一層の電力系統の安定化が求められている。今後,大規模の集中型電源から分散型電源へと移行することで,従来の電力系統とは異なる潮流パターンが発生する可能性があり,安定状態を保つことが困難になってくると予想されるためである。
電力系統の安定化対策の一環として,海外では電力系統の状態監視をより詳細に行うべく,従来用いられてきたSCADA(Supervisory Control And Data Acquisition)のデータ(2〜4秒ごとに1系統断面)に加えて,PMUのデータ(1秒ごとに10〜120系統断面)6)の活用が注目されている。PMUはGPS(Global Positioning System)による広域同期計測を可能とする計測装置であり,高速周期で電圧,電流,位相の各データを計測することで,より正確な系統状態監視を可能とする。北米では約2,000台のPMUが系統の各所に導入されており,実運用を視野に入れたデータの活用方法について活発な議論がなされている7)。
今後,広域系統監視システムが普及していくことを想定し,日立では,PMUデータを活用する電力系統運用者向け意思決定支援システムDSS4LA(Decision Support System for Look-Ahead)の開発を進めている。本章では,その取り組みの一端について紹介する。
図2|DSS4LAの機能構成DSS4LA(Decision Support System for Look-Ahead)ではPMUデータからイベントを検知し,過去の類似事例を検索して電力系統運用者へ提示し,適切な操作を支援する。 図3|DSS4LAの対策支援GUIの一例系統図を参照しながら,イベントタイプや過去の類似事例などを参照することができる。
電力系統における不安定事象の一例として,広域動揺について説明する。
広域動揺とは,落雷などに起因して,電力系統内の発電機が相互に影響して電圧や周波数などが変動し,最悪の場合には系統崩壊に至る可能性のある事象である。このような状況において系統運用者が誤った操作を行うと,大規模な停電を発生させる原因となる。例えば,2003年の北米大停電は広域動揺に対処するための適切な操作ができなかったことが一因と言われており8),社会的な被害コストはおよそ60億ドルに達すると評価されている9)。そこで,広域動揺発生時の運用者の操作を支援すべく,PMUデータを大量に保存可能なIT基盤を用いて,過去の運用者の知見を活用することをDSS4LAの開発のねらいとしている。
DSS4LAの機能構成を図2に示す。電力系統から収集したPMUデータを用いて,電力系統の安定運用に影響を与える可能性のあるイベントを検知する。次に,波形回帰分析や動揺解析といった手法により,検知されたイベントに関連するPMUデータの特徴量を特徴量ベクトルへと変換する。この特徴量ベクトルによって類似事例集合(α,β,…)を形成し,イベント分類テーブルを作成する。作成されたイベント分類テーブルは,イベントに関連する過去のPMUデータや操作ログと共に高速データベースHitachi Advanced Data Binder※)に格納される。このような過去の系統運用に関する知見が含まれたデータが大量に蓄積されていくことにより,新たなイベントを検知した場合に,高速データベースから過去の類似事例を高速に検索し,運用者に提示することを可能としている。DSS4LAの対策支援GUI(Graphical User Interface)の一例を図3に示す。
本技術により,運用者は個人の知識・経験・技量だけでなく,高速データベース内に蓄積された過去の運用者知見を有効に活用することが可能となる。その結果,広域動揺など複雑かつ重大な事象に対し,運用者の適切な操作を支援して大規模停電を回避し,社会的損失の低減に貢献していく。
電力流通システムに対しては,BCP(Business Continuity Plan)対応を含めた広域系統運用による安定供給や,さらなる業務効率化への対応から既存システム統合,業務変更などに柔軟に対応できるシステム構築の検討を実施している。
また,既存の電力流通設備は,高度経済成長期からバブル期に建設した設備が多く,設備延命化を図りながら設備を更新するという課題に直面している。
このような背景を受け,系統給電システムや配電自動化システムに必要となる機能の一部について紹介する。
系統給電システムは電力上位系統の安定運用において極めて重要なシステムである。
大規模震災時などにおいて,制御所の拠点が被災した場合にも継続的に安定な電力を供給する必要がある。このため,異なる2か所に監視・制御サーバを設置し,業務を継続実施する広域バックアップ構成のシステムの検討や導入が進んでいる(図4参照)。
また,系統給電システムでは業務効率化の観点からシステムの統合が進んでおり,運用者が監視・制御する設備の対象範囲がこれまで以上に拡大されるため,運用者に対する業務支援機能が必要になる。変電所の2次側電圧の自動制御を実施する機能や,選択した系統に対して想定事故で効率的な対応を事前に把握するための想定事故計算機能が必要になると考える。
配電自動化システムは,配電業務効率化や停電の早期復旧を目的に,柱上に設置される遠隔制御自動開閉器の監視・制御を実施している。しかし,今後は配電線に多種多様な分散型電源が連系された状況で電圧管理を行いながら系統運用を実施する必要がある。
安全・安定供給に対する社会的要求も高く,供給信頼度の維持や配電業務の効率化への対応,さらには事故区間検出の高度化,BCP対応した営業所の統合・相互バックアップなど,システムに求められる機能要求は多いと想定される。
ここでは,次期配電自動化システムで収集される系統計測情報などを活用した,配電業務全体の効率化につながる配電自動化の将来の概略機能について紹介する(図5参照)。
配電自動化システムで計測している柱上センサー開閉器の計測情報を集約した配電系統負荷データベースを作成する。また,MDMS(Meter Data Management System)の計測情報も活用し,負荷情報の精度向上を図る。分散型電源の設備情報も管理することで,分散型電源も考慮した配電系統の負荷情報や電圧状況を把握する。
これらの情報を配電設備設計に配信することで負荷の実態に適合した設備を建設することが可能であり,老朽化に伴う設備更新に対しても過去の負荷状況から現在負荷,将来負荷を把握・推定し,設備のスリム化が可能になると考えられる。
また,系統の設置箇所と設備,負荷を管理することにより,稼働状況に応じた設備保全を実施することが可能である。
以上,系統給電・配電システムとして今後必要となる機能の一部について述べた。
2020年の発送電分離(法的分離)を控え,一般電気事業者である送配電部門は,より一層の託送料金の低減が求められている。一方,送配電部門の抱える課題の一つとして,高度経済成長期に拡充し,高経年化した送配電設備の維持・保守が挙げられる。
今後,電力会社の送配電部門は電力需要の鈍化も踏まえて,設備新設から保全や更新に軸足を移し,設備のスリム化,延命化および保全の高度化による一層の業務効率化を図っていく必要があり,経営に資する戦略的な設備計画・運用の実現を目的として,情報技術ITを活用した送配電網のオールデジタル化を推進していくものと考えられる。このようなニーズに応えるべく,日立は運用技術OTと情報技術ITの双方の強みを持つ会社として,変電所構内に設置された各主要機器の保全情報と系統監視情報をITによって有機的に管理する総合的なソリューションを提供していく(図6参照)。
図6|デジタルプラットフォームの概念サイバー空間のデジタルプラットフォームを構築し,データの掛け合わせで新たな価値を創出する。
これらソリューション構築においては,今後の組織変更に伴う運用拠点の変更や統廃合,管轄範囲の広域化に柔軟に対応するために,電力系統を構成する送配電設備をシームレスに情報接続していく必要がある。この方策として,システム間の相互接続性に優れる国際標準規格の導入を考慮したアーキテクチャが必要となる(図7参照)。
変電所のオールデジタル化に向け,以下の3点を代表とした,国際標準に準拠した各システム間のモデル化,通信方式の実証などを計画中である。
日立は,送配電分野における監視制御に対し,今まで培ってきた運用技術OT×情報技術IT の強みを生かして,送配電事業分野に対するデジタライゼーションの推進により,IoT(Internet of Things)の時代に適合する新たな価値を提供していく。また,プロダクトだけではなくシステム化し,サービスの形でソリューションを提供していく。