地球環境との共生をめざす次世代エネルギーソリューション
温室効果ガスの排出が少ない多様なエネルギー確保が求められる中で,安定して大量の電力を供給できる原子力発電は有効な選択肢の一つである。また,世界的なエネルギー需要が高まる中で,エネルギーセキュリティを高めていくためにも,再利用できる燃料(ウランやプルトニウム)を使用し,長期間にわたるエネルギー供給を可能とする原子力発電の利用が有効と言える。
しかし,現状は国内の多くの原子力発電所が停止しており,早期の再稼働が望まれる。このため,再稼働に向けた取り組みを強化し,新規制基準に適合した世界最高水準の安全性を実現する原子力発電システムの提供に努めている。また,この原子力発電システムを海外向けプラントへも適用し,エコロジー性,サステナビリティに優れたエネルギーの提供をグローバルに進めていく。
国民生活や産業の基盤となる電気エネルギーは,水力,火力,原子力と発展を遂げ,近年では太陽光や風力など再生可能エネルギーが導入され,エネルギー源の多様化が進みつつある。
エネルギー源として,エコロジー性,サステナビリティに優れ,温室効果ガスの排出が少ないエネルギーの確保が求められている中で,安定して大量の電力を供給できる原子力発電は有効な選択肢の一つと考えられる。
これらの状況を踏まえ,日立は,国内における原子力発電所の再稼働に向け,新規制基準に則り,安全裕度をさらに向上させた安全性向上技術の開発を推進している。この結果,わが国における安全目標の議論1)およびIAEA(International Atomic Energy Agency:国際原子力機関)の安全目標2)における炉心損傷頻度や格納容器機能喪失頻度などの目標値を十分にクリアできる対策を整備してきた。また,世界的なエネルギー需要の高まりに対しては,高い安全性能と豊富な実績を有するABWR(Advanced Boiling Water Reactor:改良型沸騰水型原子炉)を提供していくことを方針としている。
このような日立の取り組みにおいて,本稿では,原子力発電システムの特徴と国内における原子力発電所の再稼働に向けた取り組み状況を述べる。
原子力発電は,2014年4月に閣議決定された「エネルギー基本計画」において,「燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく,数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源として,優れた安定供給性と効率性を有しており,運転コストが低廉で変動も少なく,運転時には温室効果ガスの排出もないことから,安全性の確保を大前提に,エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源である。」と位置づけられている。
海外に目を向けると,中国をはじめ,経済発展が著しいアジア地区を中心に,原子力発電を大量に導入することを計画している。福島第一原子力発電所の事故を経験した日本は,その教訓を反映した安全な技術を提供することにより,国際社会に貢献する方針である。
アジア地区を中心に伸張する原子力発電は,長期的にはウラン資源の需給に影響する。数十年と言われるウラン資源の埋蔵量を鑑みると,天然ウランの約99.3%を占める燃えないウラン238の有効利用を推進する必要性が高まる見込みである。現在は,約0.7%を占める燃えるウラン235の含有量を3?5%まで濃縮し,軽水炉で発電する方式を主流としている。一方,使用済み燃料には,資源として有用なプルトニウム239が含まれており,それを再処理して抽出し,ウランと混合させてMOX(Mixed Oxide)燃料として軽水炉で再び燃やして発電するプロジェクトが推進されている。すでに少数の燃料体を装荷して燃焼させた実績があるが,今後は電源開発株式会社の大間原子力発電所でフルMOXとして活用する計画が進行中であり,新規制基準の審査準備を進めているところである。また,高速炉サイクルを完成させて,さらにウラン資源の活用度を向上させることによって,今後数千年にわたるエネルギー供給が可能となる。高速炉では,使用済み燃料に半減期が数万年以上の物質が含まれるが,そのような物質も炉内で核分裂させて消滅させることができ,資源の長期安定性と環境負荷の低減の両立を一層進めることが可能である。
現在,国内では安全性を高めた原子力発電の審査が鋭意進められており,徐々に再稼働が実現されつつある。一方,安全性向上に伴う設備投資は,原子力発電の経済性に影響するため,より効果的な対策が必要となる。福島第一原子力発電所では,設計を超える自然現象にさらされ,過酷事故につながった。設計を超えた事象には,設計強化のみならず,バックアップ設備による代替手段や,原子炉設備外からの支援を積極的に受け入れることができる柔軟な発想が重要となる。日立は,国内新規制や英国で取り組んだプロジェクトの経験を踏まえ,運用面の対策を含めて,合理的な対策を提案・実施している。以下に主要な取り組みを述べる。
2011年3月に発生した東日本大震災および東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所事故は,日本国内に甚大な被害をもたらした。日立はこの事故を真摯に受け止め,被災地域および福島第一原子力発電所の復旧・復興に全面的に協力するとともに,原子力の信頼回復に取り組んでいる3),4)。
以下に,福島第一原子力発電所事故から得られた教訓に基づく安全対策の基本方針を示す。なお,この基本方針は,国内プラントのみならず海外向けプラントにも織り込む予定である。具体的には,英国に原子力発電所を建設すべく,安全性を高めたABWRの設計,ならびに英国規制当局との調整を進めている。
福島第一原子力発電所の事故の経験,教訓から,大規模な地震や津波により,サイト内の広範囲に被害が及ぶことを考慮した安全対策の基本方針として,以下の3項目が重要である。
第1の方針は,外的事象の設計基準荷重から重要な安全設備を防護することである。例えば,防潮堤,建屋への水密扉設置,全交流(AC:Alternating Current)電源喪失に対応する設備の位置的分散などがある。
第2の方針は,これら安全設備の防護が破られた場合の可搬型設備による柔軟な対応(設計条件を超えた外的事象への対策)を準備することである。さらに,放射性物質の漏洩(えい)に対する原子炉格納容器(以下,「格納容器」と記す。)の耐性向上も重要である。
第3の方針は,大規模な外的事象においては,サイト全体の被害が大きいことを想定して,実効性を考慮した簡潔な戦略を準備し,オンサイトとオフサイトが一致した対応を実現する対策を準備することである。
この考え方は,深層防護によるプラントの安全確保にも適合したものである。深層防護の原子力施設の安全確保の適用については,5層による公衆の防護が示されており,おおむね表1の構成となっている。
福島第一原子力発電所の事故を教訓とした安全対策の基本方針は,オフサイトの資源有効活用などの層の境界も含む深層防護の各層を強化する考えである。
安全対策の基本方針および新規制基準への配慮を踏まえた安全対策設備の適用状況について述べる。
安全対策設備を4つに大別し,さらなる安全対策として強化を図ることが可能な設備概要を以下に示す。なお,記載した設備をすべて配備する必要はなく,おのおののプラント耐力に応じて適切に選定していくこととなる。
設計基準事故対処設備の強化として,内部火災,内部溢水(いっすい),外部事象(火山,竜巻,外部火災)などの影響評価を行い,対策設備の具体化を進めた。主な設計基準事故対処設備の強化内容を2点示す。
内部火災により安全性が損なわれないように設備対策を行う。
内部溢水により安全性が損なわれないように設備対策を行う。
著しい炉心損傷の防止,格納容器破損の防止,放射性物質の放出抑制・拡散緩和などを行う目的で,早期に設備を機能させるべく,恒設設備を配備する。主要な設備例を以下に示す。
設計基準事故対処設備の低圧注水系との多様性を持たせた設備として,低圧の代替注水設備を設け,設計基準を超える事故時にも原子炉への注水を図ることで炉心損傷の防止を図る。
格納容器の除熱および過圧防護のために,格納容器から屋外へベントする設備を設置する。この際,格納容器内の気体を系外へ排出することになるため,フィルタベント設備を排出経路に設置することで気体に含まれる放射性エアロゾルを捕獲し,放出放射能の低減を図る。
格納容器の除熱のために,格納容器内へスプレイする設備を設置し,格納容器の冷却を促進して破損防止を図る。なお,格納容器スプレイまでの時間余裕があることから,注水ポンプは可搬設備とすることが考えられる。この場合には,建屋外部の接続口を位置的分散の観点から2か所に設け,外部接続口から格納容器スプレイ設備までを恒設設備とすることで,設備使用時の運転員負担低減を図る。
炉心損傷後に格納容器へ放出される水素ガスが原子炉建屋へ漏洩することを想定した場合にも,水素濃度を可燃限界以下に抑制するために,原子炉建屋内にPARを設置する。PARの設置に際しては,三次元流動解析技術を活用し,適切な設置場所を選定する。
格納容器の除熱のために,原子炉ウェルに水張りするための注水設備を設置し,格納容器上部の冷却を促進してガスケットなどの熱に弱い非金属部などの破損防止を図る。なお,原子炉ウェル注水までの時間余裕があることから,注水ポンプは可搬設備とすることが考えられる。また,建屋外部の接続口を位置的分散の観点から2か所に設け,外部接続口から原子炉ウェルまでを恒設設備とすることで,設備使用時の運転員負担低減を図る。
炉心の著しい損傷が発生した場合において格納容器の破損を防止するため,格納容器下部に溶融し,落下した炉心を冷却するために,格納容器下部へ水張りするための注水設備を設置する。なお,格納容器下部注水までの時間余裕があることから,注水ポンプは可搬設備とすることが考えられる。この場合には,建屋外部の接続口を位置的分散の観点から2か所に設け,外部接続口から格納容器下部までを恒設設備とすることで,設備使用時の運転員負担低減を図る。
燃料プールの冷却のために,設計基準事故対処設備との多様性を持たせた設備として,燃料プールへ水を補給する設備を設置し,燃料プール冷却を確保して燃料損傷防止を図る。なお,燃料プールの冷却が必要となるまでの時間余裕があることから,注水ポンプは可搬設備とすることが考えられる。この場合には,建屋外部の接続口を位置的分散の観点から2か所に設け,外部接続口から燃料プールまでを恒設設備とすることで,設備使用時の設備配備に必要な作業負担の低減を図る。さらに,テロリズムによる破壊行為などその損壊規模が想定困難な事態に備え,燃料プールに放水するスプレイ設備を設置し,燃料にスプレイ水を散布可能とすることで,注水とスプレイを同時に機能させる構成としている。
設計基準事故対処設備である原子炉隔離時冷却系(RCIC:Reactor Core Isolation Cooling System)を代替し,原子炉が高圧状態でも注水による冷却が可能となるように,高圧代替注水設備を設置し,炉心損傷の防止を図る。
主蒸気逃がし安全弁の開動作強化は,駆動源である窒素ボンベの予備配備や駆動源圧力上昇による開動作の強化,開動作に必要な電源設備の強化を図ることで,設計基準を超える事象に対応可能としている。さらに,電源を必要とせず,駆動源の窒素ガスのみで主蒸気逃がし安全弁を開動作可能とする設備の開発も進めている。
恒設設備と同様に,著しい炉心損傷の防止,格納容器破損の防止,放射性物質の放出抑制・拡散緩和などを行う目的で,重大事故等対処設備(可搬設備)を配備する。可搬設備の適用にあたっては,設備の運搬や据え付けなどの系統構成などに必要な時間が経過したのちに設備の機能が発揮されるとしても,炉心損傷の防止など,系統の目的が図られることが前提となる。
重大事故等対処設備(可搬設備)の主要な設備例を2点示す。
設計基準事故対処設備である原子炉補機冷却水系を代替するための,移動可能なトレーラに原子炉補機冷却設備を代替するポンプと熱交換器などを配した代替原子炉補機冷却水設備を配備する。
重大事故等対処設備である,格納容器スプレイ設備/原子炉ウェル注水設備/燃料プール注水・スプレイ設備への水源からの送水のために,可搬設備である送水車を配備する。
原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムに対して,その重大事故などに対処するために必要な機能を有する設備を設置する。
基本的には,原子炉注水設備,格納容器スプレイ設備,原子炉減圧設備,燃料プール注水・スプレイ設備,電源・計装設備などを内包する防災棟を設置することで対処する。
重大事故等対処設備(恒設設備)の主な設備について以下に詳細を述べる。
図1|フィルタベント装置の構造フィルタベント装置は,ベンチュリノズル(スクラバー)と金属フィルタを内蔵し,これらを組み合わせて効率的にエアロゾルを捕獲する。スクラバーでは,ベンチュリノズル内を高速で流れるガスに周囲のスクラビング水微小水滴を供給して気液混合を行い,エアロゾル吸着効果を高める仕組みである。
重大事故時に炉心が損傷した場合でも格納容器の健全性を確保するために,格納容器への注水,格納容器の冷却,そしてそれらの対応に必要な電源の確保など種々の対策を行うことが計画されている。フィルタベント装置は,これらの対応を実施しても格納容器の圧力制御が困難となった場合を想定して,格納容器内の気体を排出し,減圧して圧力制御する際に,気体に含まれる放射性エアロゾルをこしとって放射能を低減する設備である。
現在,湿式フィルタベント装置技術を採用して,日本国内の沸騰水型原子力発電所向けのフィルタベント装置の設計・製作・設置を進め,原子力プラントへ採用されている。フィルタベント装置の構造を図1に示す。
フィルタベント装置は,ステンレス鋼製縦型円筒容器内に2つのフィルタ機能を有するものであり,格納容器から排出されたガスを第1段のフィルタであるベンチュリノズル(スクラバー)で比較的粗いエアロゾルを捕獲し,第2段の金属フィルタで細かいエアロゾルをさらにろ過する。
福島第一原子力発電所事故での教訓を踏まえ,次の点を考慮している。
格納容器とフィルタベント装置を隔離する弁として電動駆動の遠隔操作弁を用い,さらに現場で遮蔽壁越しに手動操作可能な弁としている。運転に必要なフィルタベント装置周りの計器は受動計器とし,監視可能なようにしている。
フィルタベント装置の系統内は常時窒素封入し,ベント時に水素ガスが流入しても燃焼しないようにしている。
図2|切替弁を用いた原子炉圧力容器減圧機構の系統構成例切替弁に接続する駆動源供給ラインにSRV駆動用ガスを供給し,切替弁‐SRV電磁弁を経由して,SRVシリンダを加圧することにより,電源なしでSRVを強制開することが可能になる。
重大事故時などで,直流(DC:Direct Current)電源を含む全電源が喪失した場合,原子炉一次系を直接減圧する主蒸気逃がし安全弁(SRV:Safety Relief Valve)を操作するための電磁弁が操作不可能となる。その結果,炉心への大量の冷却材注入の前提となる原子炉一次系の減圧が困難となる。この対策として,これら重要機器への可搬の直流電源,予備の電源確保などが直接的な手段として有効であり,配備・計画されている。このような事象に対応するさらなる手段として,原子炉一次系の減圧を行うSRVの逃がし弁としての機能を電源なしで発揮させることができる機構(以下,「切替弁」と記す。)を開発し,原子力プラントへ採用されている。
この切替弁は,2つの出口と1つの共通の入口を持ち,入口圧力の作用によって,共通の入口または出口のいずれか一方を自動的に閉鎖する弁である。具体的には,切替弁の常時開の出口をSRV電磁弁の排気側に接続し,残りの出口を大気開放とし,共通の入口にSRV駆動用ガスを供給可能とするものである。このようにすることで,DCを含む全電源が喪失してSRV電磁弁の励磁ができない場合でも,SRV駆動用ガスをこの切替弁を通じてSRVへ供給することでSRVの操作が可能になる。切替弁を用いた,原子炉圧力容器減圧機構の系統構成例を図2に示す。なお,本切替弁は,SRVに限らずフェイル作動をした空気作動弁を強制開する必要がある設備としても適用が可能である。
全交流電源喪失(SBO:Station Blackout)時に原子炉への高圧注水が可能なシステムとして,従来からRCICがある。RCICは原子炉で発生する蒸気でタービン駆動ポンプを運転する交流電源が不要なシステムである。
TWL(Turbine Water Lubricated)型タービン・ポンプを用いた高圧代替注水系は,RCICと同じくタービン駆動ポンプを用いたシステムで,RCICのバックアップとして追加するものであり(図3参照),原子力プラントへ採用されている。福島第一原子力発電所事故での教訓を踏まえ,過酷事故対策設備としての最適な系統構成を検討・提案している。
TWL型タービン・ポンプには以下の特徴がある。タービン・ポンプ一体型機器であり,従来のRCICタービン・ポンプに比べて小型で,グランドシール装置(復水器,真空タンク,真空ポンプほか)を不要とすることでコンパクト化が可能である(図4参照)。また,水潤滑軸受方式の採用によって潤滑油系も不要であり,設置スペースの自由度は高い。
ポンプは,高圧条件においてRCICポンプと同等の流量,揚程を有する。ポンプ吐出流量の調節は機器内部の機械的な調整機構によって行われ,電気的な制御系はなく,制御電源消費を抑えることもできる。
TWL型タービン・ポンプは,台湾第四原子力発電所において,RCICポンプとして採用されているほか,今後,海外へ展開するABWRにおいても,RCICポンプとしての採用が計画されている。
原子力発電プラントは,わが国のエネルギー安全保障を強化するための安定したエネルギーミックスの一翼を担う重要な電源と考える。福島第一原子力発電所事故の教訓を生かし,さらに安全性を向上させた原子力発電プラントを提供していく。また,ここで述べた技術は,既設プラントの再稼働が安全に行われることを支援し,より安全で信頼されるプラントの運転・建設に貢献するものである。さらに,海外向けの原子力プラントへの適用も想定しており,これらの施設をグローバルに展開していくことによって,世界的なエネルギー需要の高まりに対して貢献していく。