先進技術と総合力による水環境ソリューション
少ないエネルギー消費でよりよい処理水質を得ること,公共用水域へ放流される環境汚濁負荷をミニマムにすることは,下水道における普遍的なニーズである。
日立グループは,国内や先進国を中心にニーズが広がりつつある下水高度処理向けの監視制御技術と,雨天時の都市型洪水と未処理放流に対応する監視制御技術の開発を進めている。
わが国の下水道事業は,高い処理水質レベルの維持,運営の安定性などにおいて,世界でも最高の水準にある。今後増加する施設更新,住民からの要求レベルの上昇,若年技術者の減少など,事業環境を取り巻く変化に対して,関連省庁や事業体が将来に向けた施策を推進し,水準維持を図ろうとしている。
このような動向に対して,日立グループは下水道も含めた水環境の新たなニーズに即した技術とシステムの開発に注力し,国内ユーザーはもとより,海外貢献も視野に入れたソリューション提供を進めている。
本稿では,特に下水道の環境負荷低減に貢献する監視制御技術の取り組みに焦点を当てて紹介する。
下水道に関わるフィールドは,日立グループが従来から技術開発に注力してきた分野である。下水道に関わる4つの領域,すなわち,処理プロセス,監視制御,保守点検,資源化を網羅する広範なソリューションを提供するため,これらに関わる現象を模擬して評価・予測するシミュレーション技術や,それを活用した監視制御技術を開発している(表1参照)。これまでに,下水処理プロセス監視制御を高度化するために下水処理に関わる物理化学・生物現象に深く踏み込んだシミュレーションや,広範な流域での水循環を適正化するための技術を,製品に直接的または間接的に反映してきた。
過去から現在に至るまでに共通する普遍的なニーズは,より少ないエネルギー消費でよりよい処理水質を得ること,および下水道から公共用水域へ放流される環境汚濁負荷をミニマムにすることである。今日においても,こうしたニーズは依然として存在し続けており,開発における注力ポイントでもある。
最新の取り組みは,国内や先進国を中心にニーズが広がりつつある下水高度処理向けの監視制御技術と,雨天時の都市部浸水と未処理放流に対応する監視制御技術である。例えば,国内では国土交通省が国家プロジェクトによって,こうした技術の普及に向けた取り組みを強力に推進しようとしている。次章以降で,国家プロジェクトにおける日立製作所の監視制御技術の実証事例と,大学との共同研究の枠組みも活用した,新たな開発の取り組みについて述べる。
表1|日立の下水道向けソリューション群(開発・実証中のものを含む。)日立は,下水道の環境負荷低減と価値創造に向けた広範な下水道対応ソリューションを提供する。
下水道では,良好な水環境の保全のため,下水中の有機物に加え,栄養塩類である窒素やリンを除去する下水高度処理の導入が進んでいる。その一方で,地球温暖化防止のため,下水処理で発生する温室効果ガス排出量の削減も求められている。そこで日立製作所は,ICT(Information and Communication Technology)の活用により,水質維持・安定化,消費電力低減を両立する省エネルギー制御技術(以下,「開発制御」と記す。)を開発した(図1参照)。
開発制御では,下水中のアンモニア除去(以下,「硝化」と記す。)における,水質目標値の安定的な達成,ブロワ風量の削減による消費電力低減,運転制御に係る維持管理業務の軽減を目的としている。これらの目的を実現するため,開発制御では,2台のアンモニア計を活用した風量制御機能を新たに提案し,さらに処理特性の見える化機能,風量演算モデルの自動更新機能を実装する。風量制御機能では,一般的なフィードバック制御に加え,フィードフォワード制御を組み合わせ,流入変動にもいち早く対応し,処理の過不足を抑制できることが大きな特徴である。また,フィードフォワード制御では,微生物の処理特性として,アンモニア濃度の減少量に対する必要風量の関係を表した処理特性モデルを新たに構築して活用している。この処理特性モデルは処理実績に伴って更新されていくため,処理異常の早期発見や必要風量の演算精度の維持に貢献する。
図1|ICT(Information and Communication Technology)を活用した省エネルギー制御技術の概要2台のアンモニア計を用いた監視制御・情報処理技術により,水質安定化,消費電力低減の両立に加え,維持管理業務の軽減を図る。
開発制御は,国土交通省「下水道革新的技術実証事業(B-DASHプロジェクト)」の「ICTを活用した効率的な硝化運転制御の実用化に関する技術実証研究」[研究期間:2014〜2015年度,研究委託元:国土技術政策総合研究所(以下,「国総研」と記す。)]において実証した。実証実験は茨城県流域下水道事務所霞ケ浦浄化センターの2つの処理系列(凝集剤併用型循環式硝化脱窒法)で実施した。一方の系列には開発制御を適用し,他方の系列では従来制御の溶存酸素(DO:Dissolved Oxygen)一定制御(好気槽末端DO 2.0 mg/L)を継続した。
2015年度実証実験の結果の一部を図2に示す。開発制御を適用した系列では処理水管理目標値を満足しつつ,従来制御に比べて曝(ばっ)気風量を低減できた。実証研究を通じた運転結果としては,合計98日間の運転で,平均処理水濃度は0.33 mg-N/L(目標:1.0 mg-N/L以下),風量削減率16.9%(目標:10%以上)を達成した。この風量削減率は,B-DASHプロジェクトでの評価における仮想条件下(標準活性汚泥法,処理規模:5万m3/日,DO一定制御への適用)で,消費電力を13.2%低減でき,年間739万円の電力費を削減できるという試算結果が得られた。これらの成果はB-DASHプロジェクト評価委員会での承認を受け,2016年3月に実証研究を完遂した。
図2|B-DASHプロジェクトにおける開発制御による運転結果の例開発制御システムを適用した系列では,流入変動がある中,処理水アンモニア濃度を目標値以下に維持しつつ,従来制御に比べて曝気風量を低減した。
B-DASHプロジェクトにおける実証成果を基に,自治体向けの技術導入ガイドライン(案)(以下,「ガイドライン(案)」と記す。)が国総研より2016年12月に発刊された1)。ガイドライン(案)は,開発制御技術の概要に始まり,導入から計画・設計,維持管理に至るまでの検討手法がまとめられている。
技術の概要では,導入が効果的な処理場条件やタイミングが示されている。例えば,流入負荷の変動が大きく,風量を過剰に供給している処理場に対し,監視制御システムやブロワの更新時に開発制御を導入することで,水質安定化・消費電力低減の両立とともに,導入・運用コストの低減も期待できる。今後は,本ガイドライン(案)を活用して開発制御の普及展開を進め,下水高度処理に由来する環境負荷の低減に取り組んでいく。
都市部における浸水対策および生活環境の改善を早期に実現するため,雨水と下水を同一の管で排除する合流式下水道が大都市を中心に整備されてきた。しかし,合流式下水道では,例えばゲリラ豪雨のような雨天時における流入量の急増により,ポンプ場や下水処理場の処理能力を超過し,十分な処理がなされないまま河川などに放流されることがある。近年では,この合流式下水道越流水(CSO:Combined Sewer Overflow)による放流先水域の水質汚濁が問題となっており,国土交通省を中心に雨天時越流水対策が進められてきた。
これまでは,雨水貯留管や越流水の処理設備(スクリーンや高速凝集沈殿池など)の設置といったハード対策が主であった。これに対して,日立製作所では下水ポンプ場や下水処理場を対象に,ソフト対策として既存設備の運転高度化による放流負荷低減方式を開発中である。
合流式下水道における下水ポンプ場では,雨天時の流入流量の増加に係る複数のリスクに対応し,時々刻々と変化する流入状況を判断しながら運用が行われている。第一義的には,下水処理区に降った雨水を速やかに排除し,当該区での浸水対策を優先しなければならないが,降雨レベルによっては,下水ポンプ場の水没,未処理簡易放流による環境汚濁負荷の増大などのリスクにも同時に対応できる運用が求められる。
こうした複数のリスクを考慮した下水ポンプ場の運用を実現するために,日立製作所では下水ポンプ場動的シミュレータを開発中である。このシミュレータは,ポンプ場の施設や機器の仕様を詳細に反映した要素モデル群を実装したものである。ポンプ場への予測流入量を入力とし,各種の制御方策(流入先行制御,遮集水量制御,汚水高級処理量との連携制御など)でポンプ制御した場合のリスク(処理区浸水,ポンプ場水没,放流汚濁負荷増加,消費エネルギー増加など)を定量的に評価し,差し迫った判断が求められる雨天時のポンプ起動停止タイミングや吐出量の決定を効果的に支援することが可能となる(図3参照)。
複数の下水ポンプ場での雨水遮集水量設定の連携や,後述する雨天時下水処理制御との連携で,下水処理場と下水ポンプ場を統合した監視制御システムの実現をめざしている。
図3|下水ポンプ場制御の概要ポンプ場を構成するポンプ井や雨水ポンプなどの挙動を詳細に再現する動的シミュレータにより各種リスクを算出し,これに基づく適正なポンプ制御を行う。
下水処理場では,雨天時に計画水量を超える下水が流入した際,その超過分は高級処理(生物処理)を経ずに放流される場合があり,公共用水域への放流汚濁負荷の低減が課題となっている。これに対して,例えば,計画水量を超過した下水の一部を生物反応槽の後段に流入させ,生物処理を行うことで,放流負荷の低減を図る施策などが取られている2)。
日立製作所では,生物反応槽への流入下水量の制御により,最終沈殿池からの汚泥流出抑制および生物反応槽での除去汚濁量の最大化を実現する雨天時下水処理制御技術を開発中である(図4参照)。生物反応槽における活性汚泥による有機物や病原性微生物などの吸着現象を新たに定式化し,定量的なモデルに基づいて,流入下水量を決定することが特徴である。
今後は本技術のブラッシュアップと実証を進め,雨天時における効率的な下水処理制御によって,放流汚濁負荷の低減に寄与することを目標としている。
図4|雨天時下水処理制御技術の概要微生物処理に係るモデルを用いて適切な流量を算出し,除去汚濁量の最大化,活性汚泥の流出抑制の両立を図る。
下水道インフラを取り巻く環境は,時代と共に変わりつつあるが,その重要性は不変である。日立グループは,下水道の安全,安心,効率化に関わる新たなニーズに即した監視制御技術とシステムの開発を進めている。今後も,さらなる技術開発に注力し,監視制御技術を通した都市水循環への貢献を一層進めていきたい。
雨天時下水処理制御に関する検討は,国立大学法人 京都大学大学院工学研究科 田中宏明研究室との共同研究の一環で進めていることを記して,感謝申し上げる。