災害大国である日本では,地震をはじめとした大規模災害発生時の国や地方公共団体,関係機関の情報共有が課題となっている。
本稿では,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)における府省庁連携防災情報共有システムの研究開発状況と,今後の展望について述べる。
日立は,これまで培ってきたインフラシステム技術と災害情報の共有技術を通じ,災害に強い安全・安心なまちづくりに貢献していく。
地震,津波,豪雨などによるさまざまな自然災害のリスクを抱える我が国にとって,「災害に強い社会の実現」は長年問われ続けてきた命題である。昨今,社会の脆(ぜい)弱性が増す中で,首都直下地震や南海トラフ地震など,国全体に影響を及ぼす災害の発生が想定されており,国全体としての災害対応力の向上は喫緊の課題とされている。
災害対応においては,同時並行で多くの組織が活動するため,全体として状況認識を統一し,それに基づいて個々の組織が的確に対応することが重要である。そこで必要となるのが「情報」である。同じ情報を共に有し,これを利活用して対応を行うことが,状況認識の統一を可能にし,全体最適につながりうる。
2014年,内閣府総合科学技術・イノベーション会議は府省の枠や旧来の分野の枠を越えた「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)」を開始した。その一つとして「レジリエントな防災・減災機能の強化」があり,この中の課題の一つに「ICTを活用した情報共有システム及び災害対応機関における利活用技術の研究開発」が設定されている1)。これに対し,日立製作所は防災科学技術研究所(NIED:National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience)と共同で「府省庁連携防災情報共有システムとその利活用技術の研究開発」を提案して採択され,現在,研究担当者として取り組みを進めているところである。ここでは,府省庁連携防災情報共有システムをSIP4D(Sharing Information Platform for Disaster Management)と呼び,その概要と実災害への適用,今後の展望について述べる。
前章で述べたように,災害対応には各府省庁や地方公共団体,防災関係機関など,同時に関わる多くの組織が,全体として状況認識を統一し,それに基づいて個々の現場が的確に対応する必要がある。そのためには,組織間における横断的な情報共有の実現と,現場への有用な情報の迅速な提供が求められる。
SIP4Dは,すでに多くの組織において構築・運用されている独自の情報システムを相互に接続し,府省庁,地方自治体,民間などに情報を広く流通させるための中核・連携的役割を持つ。これにより,従来は各組織・システム間でそれぞれ連携するための機能構築(N×Mの連携)が必要であったのに対し,SIP4Dが各組織・システムを仲介することにより,それぞれSIP4Dと連携するための機能構築のみ(N+Mの連携)で災害関連情報の相互利用が可能となる(図1参照)。
図1|府省庁連携防災情報共有システム(SIP4D)基本コンセプトSIP4D(Sharing Information Platform for Disaster Management)が各組織・システムを仲介することにより,それぞれSIP4Dと連携するための機能構築のみ(N+Mの連携)で災害関連情報の相互利用が可能となる。
図2に示すように,SIP4Dは,さまざまな組織・システムで扱われている多様な形式の情報を集約する機能(データ解析/登録機能)と,集約した情報を災害対応者(ユーザー)の業務に即応可能な形(災害情報プロダクツ)に加工する機能(論理統合化機能),加工した情報をユーザーの求める形式に変換して提供する機能(データ変換/配信機能),および平常時の訓練や情報提供者・利用者双方が安心かつ便利に情報利用することを可能とする訓練支援,情報検索,アクセス制御などの付加機能から構成される。
ここでいう論理統合化機能とは,断片的な情報を統合して災害対応に資する情報を生成し,また未取得の情報を推測して補完することにより,迅速な情報提供を実現する機能である。次節では,SIP4Dの中核技術であるこの論理統合化機能について述べる。
図2|SIP4D(府省庁連携防災情報共有システム)概要さまざまな組織・システムで扱われている多様な形式の情報を集約し,災害対応者の業務に即応可能な形に加工,災害対応者の求める形式に変換して提供する。
論理統合化機能は,入手タイミングが異なる多種多様な災害情報を統合して情報の欠損などを補完し,災害対応者の業務に適した情報に加工する機能である。図3に示すように,道路被害情報や自動車通行実績情報,病院情報などの断片的な情報を統合し,患者搬送などに即座に利用可能な情報として,患者搬送を要する医療施設や避難所と,患者搬送に使用可能な道路を併せて提供する。このとき,提供すべき情報が未取得である場合は,取得済みの情報を可能な限り利用し,情報を推測して補完する。
図4に,論理統合化機能による道路被害情報の生成例を示す。例えば,どの道路が通行可能であるか(道路通行可否情報)は,患者搬送対応者にとって必要不可欠な情報である。しかし,道路被害情報自体は入手に時間がかかり,特に発災初期においては全容の把握は困難である。そこで論理統合化機能では,現時点で入手できている少量の道路被害箇所(ポイント)情報のほか,防災ヘリの撮影画像から抽出した浸水域情報や,平常時から所有可能なハザードマップや道路基盤地図(国土交通省)によって通行可否情報を生成する。
まず,道路被害箇所と道路基盤地図からポイント−ライン統合により,被害箇所上,あるいは隣接する道路を通行できない可能性が高い道路(ライン)として抽出する。また,道路基盤地図と浸水域からライン−エリア統合により,浸水域内の道路は通行できない可能性が高い道路(ライン)として抽出する。最後に,複数ラインの統合により,上述のとおりに生成したそれぞれの通行できない可能性が高い道路(ライン)を1つにまとめる。これにより,道路通行可否情報そのものが入手できていない場合であっても,入手済みの他の断片的な情報を統合し,目的の情報を補完する情報として迅速に提供することができる。
SIP4Dでは,内閣府の総合防災情報システムで培った日立データセンターによるクラウド技術と同等のアーキテクチャを採用している。これにより,24時間365日の連続稼働を前提とした,日本全国の災害対応者がいつでもどこでも利用できる「レジリエント」な体制を構築・運用してきた。
SIP4Dは,政府の現地災害対策本部を中心に,防災に関わる指定行政機関,地方公共団体,災害時派遣医療チーム(DMAT:Disaster Medical Assistance Team)など,とりわけ「現場」で活動する組織・団体に情報が共有・活用されることを想定している。実際にDMATに対しては,大規模の地震,台風・ゲリラ豪雨による風水害,寒冷地における雪害などさまざまな災害への情報提供を行ってきた(表1参照)。
次節では,2016年度に発生した熊本地震における,SIP4Dの主な適用実績について述べる。
表1|SIP4Dの主な運用実績SIP4Dでは2015年度から実災害における対応を開始している。大規模地震,風水害,土砂災害,雪害などさまざまな災害で現場対応者との情報共有に活用されている。
「今の地震による被害は大きいかと思います。」
2016年4月16日午前1時25分頃,熊本県で震度6強(後に気象庁より震度7に訂正)を観測する「本震」が発生した直後に,DMAT事務局から届いた一報である。
同14日午後9時26分頃,熊本県で震度7を観測する「前震」が発生し,SIP4Dからはすでに連接済みの各種利活用システムに対し,震度分布に基づく被害推定結果などを提供していたが,この時点では一部の災害拠点病院の停電を除き,大きな実被害の情報は入ってこなかった。その28時間後に発生した「本震」は,観測震度がこれまでと比較して最大ではないものの,広範囲のエリアで建物被害が発生することが予測された。SIP4Dでは発災直後から,NIEDの政府の非常災害現地対策本部における情報入手および日立の横浜事業所からのデータ連携作業を通じて多くの情報を現場対応者に提供し,状況認識の統一および業務の効率化に寄与することができた。
SIP4Dによる主な取り組み内容は以下のとおりである。
これまで述べてきたとおり,SIP4Dはさまざまな実災害の場で情報共有の成果を上げてきた。また,2017年4月には内閣府が中心となり,国や地方公共団体をはじめとし,民間企業・団体などが有する災害対応に資する情報の活用方法や共有をするためのルールづくりを行い,官民の相互連携を推進する「災害情報ハブ」推進チームが設置されることとなった9)。
NIEDと日立製作所は,「災害情報ハブ」推進チームにおいて,65種類の標準化災害情報プロダクツ(案)を提案した。
図7は将来のSIP4Dの姿を示している。
SIP4Dは,Society 5.0を支える将来の防災情報サービスプラットフォームとして,自然情報,建物・インフラ情報,人・社会活動などのデータを集約した標準化災害情報プロダクツを国,地方公共団体,民間企業・団体などに防災情報サービスとして提供することをめざしている。
日立製作所は,これまで培ってきたインフラシステム技術と災害情報の共有技術を通じて,災害に強い安全で安心なまちづくりに貢献していく。
図7|Society 5.0を支える防災情報サービスプラットフォーム自然情報,建物・インフラ情報,人・社会活動情報を集約し,標準化災害情報プロダクツとして地方公共団体,民間などに提供する。