バリューチェーンを革新するグローバルロジスティクスサービス
物流業界では走行中の車両の情報を利用した安全運転の高度化が求められている。日立製作所では車載端末から車両情報,ドライバー情報などを収集し,それらを組み合わせ分析・診断することにより,物流事業者のニーズに応じた各種サービスを提供するスマートモビリティサービスを開発した。
物流業界を取り巻く環境として,eコマース(Electronic Commerce)市場が伸長しており(2015年度:12兆円→2019年度:20兆円)1),またTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋パートナーシップ協定)関税自由化での「消費・輸入・輸出」の拡大もあり,今後も一般消費者向けの荷物取扱量の増加が見込まれている。また,消費者ニーズは多様化しており,eコマース事業者が物流サービスを他社との差別化要因と位置づけていることもあって,定時配送や即時配送,少量多頻度配送など,物流業者へ要求されるサービスレベルが一層高くなってきている。
一方で業界内部では,少子高齢化によるドライバー不足が問題となっており,18歳以上が車両総重量3.5 t以上7.5 t未満などの自動車を運転できる「準中型免許」が新たに設けられるなど,国を挙げての対策も採られている。物流事業者は,求められるサービスレベルを実現するため一定数のドライバーを確保する一方で,経験の浅いドライバーによる事故を未然に防止するための取り組みを進めている。
このような社会的環境の中,日立製作所は車両走行状態から得られるビッグデータを活用して支援するスマートモビリティサービスを開始した。本稿では,安全運転の高度化に寄与するクルマ向けサービスおよびニーズに合わせて自由に機能を追加できる車載端末に対する取り組みについて述べる。
日立製作所ではドライバーの安全運転を支援するために,車載端末やスマートフォンに内蔵されている各種センサーから車両の情報(車両速度,走行距離,加速度,位置情報,映像など)やドライバーの情報[運転時間,業務状態,ヒヤリハット(=事故が起きそうな状況)など]を収集し,それらの情報を組み合わせ分析・診断するスマートモビリティサービスを提供している。これには,危険な地点に近づいた際に,ドライバーへ音声で注意喚起したり,運転結果からドライバーの事故リスクを診断・アドバイスしたりするサービスが含まれる。また,それ以外にも,商用車や物流事業者のニーズに応じた各種サービス(ルート探索,車両管理,地図更新など)を提供している(図1参照)。
図1|スマートモビリティサービスの全体像車載端末やスマートデバイスから取得したデータを蓄積し,各種事業者向けサービスとして利活用するサービスの概要を示す。
バスやタクシー,トラックなどの商用車を扱う事業者向けには,一般消費者向けのカーナビゲーションよりも高度な交通情報を加味したナビゲーションシステムが求められる。
日立製作所では,リアルタイムに収集される位置情報の変化や,SNS(Social Networking Service)で登録される情報,ドライブレコーダーから取得される映像情報などを基に,地図コンテンツ,および渋滞情報などを生成し,これらを車両に配信するサービスを提供する。
配送トラックを使う事業者では,保有している車両台数やドライバー数が一般的に多く,サービスレベルの向上と交通事故抑止の両立が求められている。
日立が提供する代表的なサービスを以下に説明する。
図3|運転特性診断のイメージ日立製作所独自の運転特性診断エンジンと加速度抽出技術を使い,ドライバーの事故リスクを評価する。
図4|故障予兆診断における異常診断の独自アルゴリズム機械学習によって故障発生を予知するため,しきい値を使った従来の方式で診断できなかった場合も検知が可能となる。
商用車は,一般的に10年以上の長期にわたって運用されるため,業務ニーズの変化に対応することが必須となる。カメラなどのハードウェアを増設する際やソフトウェアの更新が発生した際,従来は車両一台一台に対して,車載端末を取り外して更新する必要があった。
クラリオンの車載端末は日立製作所と共同開発したOTA(Over The Air:モバイルネットワークを用いてプログラムを更新する機能)を利用し,車両への取り付け後に自由にアプリケーションソフトを追加・更新できる。さらに,スマートデバイスなどで広く利用されているオープンなOS(Operating System)を採用しており,ベンダロックが無く,機能追加に伴うアプリケーション開発を容易にしている。また,スマートデバイス単体で動作可能な一部の機能は,車載端末を取り付けられない車両でも利用が可能である。
クラリオンの開発した車載端末は,自動車の制御ソフト更新で培った高信頼な遠隔更新技術を適用し,OSやアプリケーションソフトをモバイルネットワーク経由で追加・更新することができる。このため,OSへのセキュリティパッチ適用や,増設機器に対するドライバソフトの追加,業務アプリケーションへの機能改修・操作性向上など,車載端末の運用開始後にさまざまなソフトウェアの追加・更新が自由に実施可能となる(図5参照)。また,ソフトウェア更新用のデータ領域を冗長構成にすることにより,エンジン始動時の電源変動など車載特有の環境下でも安全・確実にソフトウェアの追加・更新が可能である。
この車載端末では,アプリケーションプラットフォームとして広く普及しているオープンな技術を基盤としている。アプリケーション開発のニーズのある顧客に対して開発キットを公開しており,車載端末上のアプリケーションを,API(Application Programming Interface)を使って構築できる環境を提供している。
このスマートモビリティサービスを利用することにより,社員としてのドライバー,事業者,自動車に関わる社会の観点でどういった価値が提供されるかを図6に示す。
ドライバーには直接的に働きかけることで事故を未然に防ぐことができ,また,効率的な配送ルートを提案することで配送時間に対する心理的な余裕を生み,間接的にも安全運行を支援することができる。
事業者としては車載端末のソフトウェアを自由に追加・更新できることにより,今後の時代のニーズに合わせたタイムリーな機能追加が可能となる。また,クラウド上に蓄積した車両やドライバーの情報を新しい事業に利活用することが期待できる。
社会に対しては,安全施策を講じることで社会的責任を果たすとともに,ドライバー不足への対応,エコロジー運転診断による環境への配慮などを価値として提供できると考えている。
2016年時点で日本国内だけでも約7,800万台の自動車が走っている2)。また,2020年には「高速道路での後続無人隊列走行」が実現される予定3)である。IoT(Internet of Things)化が進展し,自動運転が実現する近い将来には,車両が走行中に取得しているビッグデータを収集・分析する技術は一層重要視されると考えられる。
このスマートモビリティサービスで蓄積したデータは,現在のサービスにとどまらず,日立グループがビジネスとして展開しているカーライフサイクル全般に利活用していくことを考えている(図7参照)。自動車に関わるさまざまな場面で,日立グループが保有するITとOT(Operational Technology)を融合させ,さらにデータを掛け合わせることで,付加価値の高いクルマ向けビジネスを先導するサービスとして発展させていく。
図7|日立グループが展開するカービジネスのイメージ日立グループとしてカーライフサイクルのさまざまな場面でサービスを提供する。