安全・安心,快適な「まち」を実現する公共・社会インフラ
消防指令システムのさらなる高機能化が期待される中,日立は最新技術を適用したソリューションの展開を進めている。
タブレットやスマートフォンを活用して,指令員と現場の連携の支援や,通報者による自律的な情報発信の仕組みなどにより,市民と自治体で築く消防力の強化の実現に貢献していく。
日本は,自然的条件から全国の至る所でさまざまな災害が発生しやすい状況におかれており,近年においては地球温暖化による気候変動の影響を受けた災害や,南海トラフ・首都直下型地震などの発生も懸念されている1)。このため,各自治体は,それぞれの地域特性に応じた将来的な消防需要を予測し,今後必要となる消防サービスの充実・強化に取り組んでいる。
一方,このような自然災害への懸念とともに,高齢化およびユニバーサル化の進展,近くに開催されるさまざまな国際的スポーツイベントへの対応などの社会的ニーズを踏まえ,高齢者,障がい者または外国人観光客など多様な人からの通報を想定した対応へ備えることが求められている。
日立では,こうした課題に応えるべく,消防指令システムの高機能化を通じ,さまざまな消防ソリューションを展開している。2018年4月からは,個人による自律的な情報発信を活性化させるため,スマートフォンを活用したサービスを順次提供する。そして,さらなる将来を見据えて,内閣府が掲げている「超スマート社会※)」の実現に向けて,注目されている技術の一つであるAI(Artificial Intelligence)を活用した新しいソリューションの開発を推進している2)。
本稿では,日立が提供する高機能消防指令システムの概要とともに,スマートフォンやAIなどの最新技術により市民の安全・安心に貢献する新たな消防ソリューションの展開について紹介する。
消防指令システムとは,119番通報の受信を起点に,災害地点の特定および出動隊の編成などの指令を行う指令業務,活動中の車両の管理や災害支援情報の提供を行う管制業務を担うものである。
日立は,これまで市民の安全・安心を支える消防指令システムの開発を進めてきた。その中で,2011年の東日本大震災といった従来の想定を超えた大規模災害の発生により,消防指令システムのさらなる高機能化をめざす検討を始めた。
本章では,複雑化した消防活動を支援する新たな機能,また想定外の障害にも耐えうる中枢装置の信頼性を実現した日立の高機能消防指令システムについて紹介する。
近年の災害は,多様化・大規模化しており,指令管制を行う指令員や災害現場に向かう出動隊の業務は年々複雑化している。日立は,複雑化した指令員の業務を支援するため,手書き入力が可能なペンタブレットを含む4画面を配置した指令台構成へと刷新した(図1参照)。さらに,出動隊には,現場活動の運用シーンを想定した新たなスマートデバイスを提供している。次にその主な3つの特長を記す。
このような新たな特長により,日立の高機能消防指令システムは,複雑化した消防業務を支援している。
図1|日立の指令台構成指令員の指令管制業務を支援する主装置の一つである。各消防指令センターは管轄エリアの人口規模に応じて複数の指令台を整備している。
前述の指令台を管轄人口に合わせて複数台整備する各消防指令センターは,市民の緊急通報に対して確実な指令管制業務を遂行するための環境を整備している。業務支援の中枢を担う指令台には,自動出動指定装置と地図等検索装置(以下,「クライアント」と記す。)を具備しており,各クライアントとデータベースサーバ間の通信制御処理には高い信頼性が求められている。そのために,ハードウェア障害に備え,データベースサーバの二重化やクライアントの複数整備といった予防策を講じることが一般的であった。
日立は,より高い信頼性を確保するために,サーバとクライアント間における通信ネットワークの異常時を想定して,通信制御処理方式を見直した。新方式は,各クライアントへの登録処理時に指令台間で共通データを持つとともに,他の指令台に対してもデータを送出して,互いに他のデータを各クライアント内に一定期間管理する「指令台データリンク機能」を整備した。これにより,個々のクライアントで通常どおりに業務を継続する自律分散処理を行えるようにしている。さらに,通信停止期間中のデータは,各クライアントに蓄積されたデータから自動的にサーバへ統合処理されるため,データ復旧時間を最小限に抑えている(図2参照)。
このように,日立の高機能消防指令システムは,従来の想定を超える大規模災害の発生に対しても消防力を維持するレジリエントなシステムへと進化している。
図2|自律分散処理方式の概要サーバと指令台間における通信異常時においても,指令台間で互いのデータを一定期間管理する「指令台データリンク機能」により,各指令台で通常どおりに業務を継続することができる。
消防指令センターでは,高齢者,障がい者または外国人など,さまざまな人による通報を想定した対応が求められている。また,固定電話以外からの119番通報が大きく伸びており,この対応が急務である。そして,近い将来の発生が指摘される大規模災害への備えも進めていく必要がある。
本章では,このような動向を踏まえ,2018年4月より提供を開始するスマートフォンを活用した映像通報支援サービス,そして順次提供を予定している地域消防力の強化に向けた新たなサービスについて紹介する。
東京都における過去5年間の通報のうち,携帯電話やスマートフォンによるものが全体の約4割を占めている3)。通報の多くに利用されているスマートフォンには,音声通話以外にカメラやGPS(Global Positioning System)機能が実装されており,以前に比べてより高速で鮮明な映像通信も可能となっている。
日立は,この点に着目し,通報者のスマートフォンを通じて映像や位置情報を消防指令センターと共有する映像通報の技術を実現し,119番映像通報サービスの提供を開始する。通報者は,事前に自身のスマートフォンにインストールする専用アプリケーション,もしくは消防指令センターから送信されるURL(Uniform Resource Locator)経由で消防指令センターと接続する。このサービスにより,現場映像の情報共有が可能となり,通報者と指令員が傷病状況や災害現場状況などを視覚的にも共有できる環境を整備する。
また,今後は,通報者の多様化への対応を強化していくため,三者通話機能のサービス提供も計画している。本機能は,音声通話が困難な人や日本語による会話が難しい外国人からの通報に対して,通訳事業者が介在することで,指令員が通報者から入手する情報の充実化に貢献する(図3,図4参照)。
前節で119番映像通報サービスについて述べたが,南海トラフ地震などの発生が懸念されており,被災者への避難支援,救出・救助活動などの体制強化が求められている。そこで日立は,隊員一人一人,団員一人一人との情報共有が行える環境を整備し,地域消防力の強化に貢献する。以下に,このサービスの概要について述べる。
このような新たなサービスを提供することで,大規模災害時における,各個人の自律的な情報発信を支援することにより,地域消防力の強化をめざしている。
日本では高齢化の波を受け,過去20年で救急出動件数が87%(220万件)増加する一方,救急隊員の数は微増にとどまっている1),4)。こうした背景から,不要不急な救急出動を削減するため,総務省消防庁は緊急度判定プロトコルを整備し,全国の消防への普及を図っているが,いまだ広く活用されているとは言い難い状況にある。その理由として,運用方法が確立されていないことに加え,スキル習得に一定の労力を要することが考えられる。
本章においては,日立が研究開発に取り組んでいるAIを活用し,上記の課題を解決するための最新ソリューションを紹介する。
指令員には,通報内容から傷病者の病状を的確に判断するための知識も必要とされている。しかし,通報件数の増加に加えて,これらの業務に熟練した人材が少ない中で,大規模災害や集団食中毒など突発的な通報の集中時に,救急搬送業務を的確に管制することは困難な状況にある。
そこで,日立は,指令員の業務負担を軽減すべく,AIを活用して,聴取内容を基に傷病者の病名や緊急度の判定を支援する。具体的には,指令台の画面上に確認すべき項目を一覧表示し,それらの項目に沿って指令員が聴取および各項目への入力を進めると,AIがキーワードから状況を推測して傷病者の緊急度や病名の表示を行う。
これにより,指令員の業務経験値のみに依存することなく,的確な口頭指導や搬送先選定などの支援が行えるようになり,救急搬送時間の短縮化が期待される(図5参照)。
図5|AI技術を活用した救急業務の将来像指令員が傷病者の緊急度や病名から的確な口頭指導・搬送先選定を行えるよう支援する。これにより救命効果の向上を実現する。
各消防指令センターは,地域特性に特化したうえでより一層の救命率の向上をめざし,業務遂行のあり方を考える必要がある。
AIを活用したこのソリューションは,継続的な運用履歴の蓄積と学習によって,予測精度を向上させることができるため,救急体制の増強が困難な中でも業務量が増えている救急搬送業務における活躍が期待される。
このように日立は,「超スマート社会」の実現に向けて注目されるAIを今後もさまざまな消防ソリューションへと展開していく。
本稿では,複雑多様化する消防需要に対応する日立の高機能消防指令システムと,種々の課題を抱える消防に貢献するスマートフォンやAIを活用した最新ソリューション展開について紹介した。
日立は,今後も社会ニーズの変化を的確に捉え,高機能消防指令システムを核として最新技術を融合するさまざまなソリューションの展開を通じて,市民と自治体が築く消防力の充実・強化に貢献していく。