Overview
近年,IoTデバイスの急速な普及やAI・ビッグデータなどの発達により,社会の在り方そのものが大きくかわろうとしている。日立は,金融,社会,ヘルスケア分野で共通的に適用可能な基盤の確立を見据え,各分野で先進技術・ソリューションを開発・提供している。
デジタライゼーションの進展により,さまざまな価値がつながり,人々が安全・安心・快適に暮らすことができる持続可能な社会の実現をめざす動きが加速している。第4次産業革命の潮流の中で,わが国では政府が主導し,めざすべき未来社会の姿として「Society 5.0」という明確なコンセプトを打ち出した。Society 5.0には,狩猟社会→農耕社会→工業社会→情報社会という発展の歴史に続く,新たな社会の創生をリードしていくという強い思いが込められている。Society 5.0の特長は,経済的な豊かさだけを追求するのではなく,環境問題,少子高齢化,都市化などさまざまな社会課題を解決しながら,人間中心の新しい社会をめざす国家ビジョンであるという点にある。
2017年6月には,Society 5.0の実現に向けた具体策として「未来投資戦略2017 Society 5.0の実現に向けた改革」が閣議決定され,日本の強みを生かすことができる「健康寿命の延伸」,「移動革命の実現」,「サプライチェーンの次世代化」,「快適なインフラ・まちづくり」,そして金融を大きく変える「FinTech」という5つの注力分野が定められた。また,データ活用基盤の構築や人財育成という横断的な重要テーマを盛り込み,具体的な取り組みが始まっている。
Society 5.0はデジタルトランスフォーメーション,つまりデジタル化の進展によって産業や社会に大きな変革が起き,人々の生活をよりよくする新たな価値が生み出されることで実現される。デジタル化の大きな波は,すでにeコマースにとどまらず,社会のあらゆる領域に変化をもたらし始めている。例えばIoT(Internet of Things)は,ヘルスケア,製造業,エネルギーなどのさまざまな産業分野におけるモノや人の動きから個人の活動に至るまで,データの蓄積・収集を可能にした。さらに,AI(Artificial Intelligence)やビッグデータ解析などのデジタル技術の進化により,収集したデータから従来では気付くことができなかった解決策や,人々の生活を激変させる破壊的なサービスが生まれるようになってきた。デジタル技術により新たな価値を生み,未来の社会へ役立てていこうという動きが,日本のみならず,米国,欧州,中国,アジアなど世界各地で始まっている。
しかしながら,便利になる反面,さまざまなものがつながることから生じるリスクについても,十分配慮しなければならない。本稿では,セキュリティの確保とともにデータの裏側にあるプライバシーの保護についても取り上げてみたい。
日立はこれまで100年以上にわたり,社会インフラに関わるOT(Operational Technology)の開発や提供に幅広く取り組んできた。さらに50年を超える歴史をもつIT,デジタル技術を有しており,これらを組み合わせた社会イノベーション事業を展開している。
近年では,さまざまな国・地域で提供するシステムやソリューションにおいて,顧客の課題に応えるため独自にデジタル化を進めてきた。今後,デジタル技術によってそれぞれのシステムがつながるようになると,多様な考え方,互いのよさを吸収し合うことが可能になり,人々のより安全・安心・快適な暮らしに結びつくと考えられる。未来の人々の安全・安心・快適な暮らしを実現していくには,社会構造そのものを変革していく必要がある。
また,フロント機能を強化したマーケット別の事業体制を2016年からスタートし,「電力・エネルギー」,「産業・流通・水」,「アーバン」,「金融・社会・ヘルスケア」を4つの注力事業分野と位置づけた。各分野におけるシナジーを創出し,顧客のそばで,課題の発掘から価値創出まで一貫して支援し,顧客とのイノベーション協創に取り組んでいる。
日立の社会イノベーション事業は,Society 5.0が掲げる人間中心の社会に貢献することが大きな目標である。これを「ヒューマン・センタード・ソーシャル・イノベーションビジネス」と称し,技術はあくまでも手段として,エンドユーザーである人を中心に考え,人をいかに幸福にするかを追求することをめざしている。
本章では,日々の生活と深い関わりがある金融,社会,ヘルスケアの分野に焦点をあて,デジタライゼーションによる変革の事例を紹介する。
金融分野ではこれまでメガバンク,保険・証券,地域金融機関向けに長年にわたり,ミッションクリティカルな基幹系システムを提供してきた。これらのシステムインテグレーションの実績をベースに,「デジタライゼーション」と「FinTech」の潮流を捉え,データアナリティクス,AIといった先端ITを活用した,「デジタル金融イノベーション」として新たな取り組みを進めている。本節では,デジタル技術の活用例として,対話AI技術の金融サービスへの適用,医療ビッグデータの利活用による生命保険業務の高度化,モバイル端末の汎用カメラで実現できる指静脈認証技術とその応用例を紹介する。
少子高齢化は,社会分野のあらゆる領域に影響を及ぼし始めている。道路・交通分野においても,利用者・乗客および労働人口の減少が懸念されており,道路・交通事業者は利用者・乗客の利便性を維持・向上しつつ業務を効率化しなければならないという課題を抱えている。政府が推進するSociety 5.0においても,超スマート社会の実現を先導するシステムとして高度道路交通システムの実現が期待されており,道路・交通関係のさまざまなIoTデータの活用が求められている。
ここでは,プローブ情報などの各種IoTデータを分析し,利用者・乗客の利便性向上や業務の効率化を支援する交通データ利活用サービスについて紹介する。
このサービスの核となるのは,IoTプラットフォームLumadaを活用した交通データ分析基盤である。交通データ分析基盤では,プローブ情報や人・自動車が移動する起点と終点の情報などのIoTデータを蓄積し,交通/輸送需要,交通状況など多角的に分析した結果を地図やグラフなどで可視化し,道路・交通事業者に提供する。事業者は,それぞれの事業内容に応じたデータとその分析結果を活用することにより,利用者の利便性向上や新たなサービスの創出などにつなげることができる。日立は次世代の交通サービスであるMaaS(Mobility as a Service)の発展を視野に,交通データ利活用サービスを発展させ,交通社会全体の最適化に貢献することをめざしている。
ヘルスケア分野では,データ活用により個々の患者に合わせた治療が普及するなど,医療機器の利用法や開発手法も変化している。日立はこれまでヘルスケアに関するステークホルダーとの幅広いチャネルを持つとともに,グループ内のリソースを生かしたデータ利活用技術を蓄積してきた。本節では,医療データ利活用による新たな価値の創出に向けた日立の取り組みと,デジタル技術を活用した医用画像診断支援ソリューションについて紹介する。
ビッグデータ利活用がビジネスとして注目されるようになった2011年以降,IoTやAI,ロボティクスなどの技術的な進展により,収集されるデータはますます増加するとともに,多種多様なデータの利活用による価値創出や超スマート社会の実現への期待が高まっている。
経済産業省が2017年5月にまとめた「新産業構造ビジョン」も,データの利活用が新たな産業構造システムの構築に必要であると指摘している。ただ,さまざまなデータの中でもパーソナルデータについては生活者からの関心が高い状況にあり,プライバシーの保護が求められるとしている。
日立のシステム&サービスビジネス部門では,このようなパーソナルデータの価値を引き出すためには,個人のプライバシーに十分に配慮することが不可欠であるという認識に立ち,個人や顧客の安全・安心に寄与するべく,プライバシー保護に積極的かつ先行的に取り組んでいる。具体的には,プライバシー保護に関する組織として,パーソナルデータ責任者・プライバシー保護諮問委員会の設置,さらにプライバシー保護に関する規則・マニュアルを整備している。そして,プライバシー影響評価,業務プロセス・開発業務におけるプライバシー保護対策を実施しているほか,意識調査や教育も適宜行っている。これらの経験に基づくノウハウをビジネスにおいて活用・展開していくことで,日立はプライバシー保護に配慮した製品・サービス・ソリューションを提供している。
IoTやAI,FinTechなど急速にデジタライゼーションが進む中,顧客のニーズも新たなビジネスモデルや価値の創出へとシフトしている。これらに対し日立は,組織や産業,地域などの枠を越えたオープンイノベーションや知を結集することで,革新的なビジネスモデルを創出し,「IoT時代のイノベーションパートナー」として進化した社会イノベーション事業で顧客との協創を加速していく。
また,社会のデジタル化がどれほど進んだとしても,重要な場面で価値をつくりアイデアを出すのは人であり,それは10年後も変わらない。エンドユーザーである人をいかに幸福にしていくかが日立のめざすべき協創ではないだろうか。