新たなワークスタイルに向けた日立の取り組み
デロイトコンサルティング社によると,世界中で生成されるデータの量はこの1年半〜2年で2倍となり,企業のビジネスの在り方やデジタル時代の競争の力学をも変えると予想されている。企業はこうした時代に適応するか,取り残されるかという岐路に立っており,日立は,ビジネス環境の変化への顧客の対応を支援するとともに,自らもこうした変化に適応するために新たな挑戦をスタートさせた。
日立ヴァンタラ社は,日立のITとOTの知見を組み合わせ,IoT時代を生きる企業の新たな未来を創造するために設立された新会社であり,顧客企業のデータ活用と価値創出を支援するイノベーションパートナーをめざしている。本稿では,日立ヴァンタラ社の概要を中心に,世界のデジタライゼーションのリーダーをめざす日立の取り組みを紹介する。
日立ヴァンタラ社では,世界の企業活動における変化を把握するスキルを経営陣から従業員まで各自が有している。日立は,これまで数十年にわたり,世界各地の企業のデータ管理を支援してきた。特にこの10年間,世界の人々と企業の大半がインターネットを通じてつながり合う中で,データの偏在によってビジネスが形成される傾向が顕著になっている。スマートフォンからインターネットを通じて民間の交通サービスを予約するUber※)のような位置情報ベースのアプリケーションは,多くの国でタクシー業界を震撼させている。Uberのビジネスモデルの例に見られる「仲介排除」の動きは,リアルタイムかつ継続的に情報とデータにアクセスすることがいかに業界全体を再形成するかという,大きな変化の一端を示している。
こうした「デジタル・ディスラプション」がもたらす脅威とチャンスに対し,歴史ある多くの企業が急速に,自社の多様なデータソースから見識と価値を引き出す能力を獲得しつつある。例えば日立は,キャタピラーマリン社が船の推進システムから得たデータを組み合わせて分析し,船体のメンテナンスの要否を予測する取り組みを支援している(図1参照)。それらの企業はまさにデジタルトランスフォーメーションの最前線にあり,デジタル化によって今まで以上の安全性と効率性,価値を提供できるようになりつつある。またそれによって,社会全体が大きく変わろうとしているのである。
図1|キャタピラーマリン社との協創日立ヴァンタラ社は,船の推進システムから収集したデータを組み合わせて分析することで,船体のメンテナンスの要否を予測するキャタピラーマリン社の取り組みを支援している。
企業情報システムの構築にも大きな変化が見られる。これまで多くの企業はさまざまなIT機器やシステムを個別に購入し,自ら組み合わせて利用していたが,現在は求めるアウトカムに応じてシステムを一括で導入するケースが増えている。この数年間で,オンプレミスのITシステムから,クラウド環境をホストとし,リモートで稼働するより大規模なITシステムへと移行してきた。こうして業界構造が変化する中でも,顧客は常に自社のデータから価値を抽出して管理するよりよい手法を模索している。
データの価値は,以前よりもはるかに高まっている。いかにして自社のデータから価値を引き出し,ビジネスに活用するかということが,企業の収益率,ひいては自社の存亡をも左右するのである。データから価値を得るために世界の企業が必要としているもの,すなわち顧客のニーズは,データセンターや取引所,リモートオフィス,組立ライン,小売店など,多くの時間を顧客に寄り添って過ごすことで知ることができる。
図2|日立のデジタルソリューションビジネス推進体制Hitachi Data Systems社,Hitachi Insight Group,Pentaho社の統合によって発足した日立ヴァンタラ社は,日立グローバルデジタルホールディングス社の一翼を担っている。
顧客のニーズを捉え,そのデータ活用と成長を支援するという観点から,日立はグループをまたがるイノベーションや開発の幅広い実績と経験を基に,2017年に大きな変革に乗り出した。日立グループに属するHitachi Data Systems社,Hitachi Insight GroupおよびPentaho社は,従来,商業・工業・公共の分野においてビジネスのアウトカム向上を目的としたデータ活用ソリューションを提供していた。しかし,市場の急速な変化を背景に,各社の能力を統合してビジネスを合理化し,技術を迅速に組み合わせてシステム・サービスを構築する必要があった。
絶えず成長し続ける市場に対して即応可能な組織構造を確立するため,各社が築いてきた顧客企業とのパートナーシップについて確認し,統合に向けて必要な情報を整理した。そして,2017年3月から6か月の間に,Hitachi Data Systems社,Hitachi Insight GroupおよびPentaho社が統合され,日立ヴァンタラ社が発足した。
日立ヴァンタラ社は,日立のグローバルなデジタル戦略を推進するために形成された日立グローバルデジタルホールディングス社の一員でもある。そして新たなIoT(Internet of Things)ソリューションの提案力をフロントのビジネスユニットが有するOT(Operational Technology)のノウハウと組み合わせ,日立グループの豊富な経験を活用している(図2参照)。新しい社名と3事業体の統合は数年単位のプログラムの初期段階であり,ほんの始まりにすぎない。日立が次世代のIoT市場のリーダーとして世界から認められるために,日立ヴァンタラ社はさまざまな取り組みを積極的に進めていく。
日立ヴァンタラ社が推進する改革に際して極めて重要な要素が,組織構造と将来戦略に関わる広範な変革を担うトランスフォーメーション・オフィスの立ち上げであった。この総合的な改革プロジェクトを「Mirai(未来)」と命名し,今後,新旧の製品とサービスをいかに進化させていくのか,自社の事業・戦略・運営について評価した。Miraiは,日立ヴァンタラ社のベースとなった3事業体の異なるビジネスモデルを1つの戦略と運営モデルにまとめることで,3事業体の価値を組み合わせ,掛けあわせる意欲的な取り組みである(図3参照)。
日立ヴァンタラ社はこの取り組みを通じて,IoTソリューションのリーダーとして世界の働き方を変えるため,社会イノベーション事業のビジョン実現に向け,製品戦略とポートフォリオ,サービスと市場投入戦略を一本化した。
図3|マーケットイン・アプローチビジネスラインをまたいでサービス,エンジニアリング,運用を統合する,日立ヴァンタラ社が推奨するマーケットイン・アプローチの概要を示す。
日立ヴァンタラ社はアナリティクスとIoTソリューションのラインアップを進化・拡張させているが,一方で,コアビジネスであるITインフラ,コンテンツおよびデータストレージの重要性は変わらず,今後も顧客のデータセンター業務に関する事業領域への投資を継続する。デジタル技術による業務改革に際して,データ管理は極めて重要な問題であり,従来のビジネスプロセスの一部がクラウドに移行し,IoTが進展する中でのエッジコンピューティングのユースケースは,日立ヴァンタラ社に大きな収益拡大のチャンスがあることを示している。
産業IoTの設置環境において生成されるデータは,高いネットワーク帯域コストとレイテンシの問題から,その大半をエッジで処理し,格納することを要求される。3事業体を統合し,即応性を高めることによって,日立ヴァンタラ社は市場がもたらすさまざまなビジネスチャンスに対応していく。
こうした統一戦略を早期に実現するため,Miraiプロジェクトは以下の3つの戦略的な取り組みに注力している。
また日立ヴァンタラ社は,市場に新たな製品とソリューションをもたらす,拡張性の高いグローバルなデジタルビジネスの仕組みづくりに取り組んでいる。これによって,XaaS(Everything-as-a-Service)/IoT企業としての戦略を前進させることができる。
図4|10のワークストリーム日立ヴァンタラ社では,Transformation Nerve Centerを通じてMiraiプロジェクトのすべてのワークストリームを緊密に連携させ,継続的かつスピーディで一致団結した変革を進めている。
数十億規模の企業における改革は非常に大がかりで複雑な作業であり,これを実現するには,組織幹部がみずからビジネスの戦略と運用モデルを総合的に見直す必要がある。製品とソリューションのラインアップを拡張し,世界中に散らばる数千人の従業員の舵を取り,数十億ドルの収益を確保しながら変革を成し遂げるには,膨大な準備と取り組みが求められる。日立ヴァンタラ社では,一連の取り組みを10グループ約50のワークストリームに分類している(図4参照)。その例を以下に示す。
日立ヴァンタラ社の始動にあたり,将来に向けた方針や進路を定めるための2か年の計画を立てた。経営陣はこの計画を遂行し,自社の業績や市場に変化があった際には方向性を修正する。2か年の移行計画は,以下に示す4つのフェーズに分けられている。
図5|顧客中心でマーケットインの運営モデル日立ヴァンタラ社の新たな運営モデルは顧客中心に設計されており,市場の動向を捉えて迅速かつ的確に応えるものである。
理論は重要であるが,それは実際の行動が伴う場合に限ってのことである。Miraiプロジェクト遂行の過程で,多くのことを改善することができた。以下にその例を示す。
日立ヴァンタラ社設立への歩みを振り返ってみると,組織とビジネスが急速に再形成されてきたことが分かる。これらの取り組みによって,日立ヴァンタラ社はデジタルとIoTを取り巻く市場の新たな商機を捉えることができるようになった。
目まぐるしく移り変わるデジタル時代にあって,変革はしばしば,飛行中の飛行機の翼を取り替えるようなものとたとえられる。市場が今後も成長を続けると予想される中,われわれは自社を変革し,市場の動きに追随するための非常に重要な能力を獲得した。適切なマインドセットとアプローチ,見識と人財をもってすれば,デジタル新時代が日立と日立の顧客にもたらすチャンスは無限大である。