厚生労働省の発表によると,うつ病などの気分(感情)障害の総患者数は約112万人に達し,メンタル疾患などによる休職者1人につき発生する損害は422万円/期という試算がある。
企業におけるメンタルヘルス不調対策として,二次予防,三次予防の取り組みはなされているものの,最も効果的と言われている一次予防は遅れている。
音声こころ分析サービスは,未病音声分析技術MIMOSYSをエンジンに,手軽に心の不調の自覚と予防ができるクラウドサービスとして,株式会社日立システムズが2017年6月に提供を開始した。
このサービスは,メンタルヘルス不調の一次予防にあたる未然防止を目的にサービス化し,利用者自らが健康であろうとするセルフメンテナンス効果や,組織が取り組む「働き方改革」に貢献すべく,声の変化から「メンタルヘルス不調の早期発見・予防」を実現する。
近年,日本では生活習慣病やメンタル疾患の増加,高齢化などにより,医療・健康を取り巻く環境が大きく変化し,健康管理が社会的な課題となっている。中でもうつ病などの気分(感情)障害の総患者数は,2015年12月の厚生労働省発表 1)によると約112万人に達するなど,15年前と比較して2.5倍と著しく増加しており,休職などによる経済的損失も生み出している。
企業においては,「過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいる」割合は,1,000名以上の事業所で9割程度と言われている。メンタル不調の二次予防,三次予防の取り組みは多くなされているものの,最も効果的と言われている一次予防は遅れている。
なお,メンタルヘルスにおける一次予防,二次予防,三次予防の主な目的は,以下のとおりである。
うつ病やメンタル不調は現役世代の健康安全の大きな課題である。また,高齢者で認知症外来を受診する患者の5人に1人がうつ病性障害と言われており,高齢者世代の認知症予防の観点でも対処が急務となっている。
2015年12月には,ストレスチェック制度がスタートし,従業員数50人以上のすべての事業所で,「労働者の心理的な負担の程度を把握するための,アンケートによるストレスチェック」が義務化された。しかし,記述式のアンケートであるため,回答者の意識や無意識が曖昧であったり,自らの症状を過小評価したりするといったReporting bias(報告バイアス)現象が働く傾向がある。
これまで,株式会社日立システムズでは,健康管理や疾病予防支援をサポートするヘルスケア関連サービスとして,運動や睡眠の量や質など日々の生活状況を解析・数値化して生活習慣や健康情報を可視化する「ライフログ解析サービス」や,心電波と脈波から疲労度を測定する「疲労・ストレス測定システム」を提供してきた(図1参照)。
ライフログ解析サービスは腕時計型の専用機器※1)を装着して計測し,疲労・ストレス測定システムは専用の自律神経測定器※2)を用いて計測する。
こうした中,日立システムズはPST株式会社が開発した,声帯の変化(不随意反応)を解析して心の健康状態を見える化する未病音声分析技術MIMOSYS(Mind Monitoring System:ミモシス)2),※3)を活用し,専用機器を用意することなく手軽に心の健康状態の傾向を捉え,精神的・身体的な変化が出る前の対処に寄与することを目的としたクラウドサービスを検討することとした。そして,2017年6月27日,メンタルヘルス不調対策における一次予防ツールとして,「音声こころ分析サービス」の提供を開始した3)。
図1|日立システムズのヘルスケア関連事業の取り組み健康増進や疾病予防支援をサポートするさまざまなサービスを提供している。
企業においては,メンタルヘルス不調対策を経営課題として位置づけ,従業員の健康保持・増進に向けた取り組みが活発になっている。それは,従業員のメンタルヘルス不調は「労務管理」,「経営リスクマネジメント」の問題であり,企業が主体的に取り組まなければならない健康経営における柱の一つだからである。
生産性低下の面では,欠勤や休職あるいは遅刻早退など,職場にいることができず,業務に就けない状態で生じる労働損失を指す「アブセンティーイズム」や,出勤しているにもかかわらず,心身の健康上の問題により,十分にパフォーマンスが上がらない状態に陥る「プレゼンティーイズム」が挙げられる。
メンタルヘルス不調者の増加は,医療費や安全配慮義務違反による損害賠償などのコスト負担,さらには過労死(過労自殺)やそれに起因する企業イメージの低下などによる社会的信用の失墜にもつながる。このように,メンタルヘルス不調対策がおろそかになると経営に重大な影響を及ぼすおそれがある。
企業の取り組みの多くは,メンタルヘルス不調の従業員が現れたことをきっかけにした二次予防と三次予防だが,最も効果的な対策は,問題の予兆を検知し,発症を未然に防ぐ一次予防と言われている。
一次予防では「発症者が増えていることへの対策」,「職場復帰をしても再発を繰り返すことへの対策」,「危機管理,リスク管理」,「活気ある職場の実現」,「労働意欲や職務満足度の向上」,「生産性や顧客満足度の向上」が必要であり,二次予防の「ストレスチェック」や三次予防の「職場復帰支援プログラム」と組み合わせ,メンタルヘルス不調者を出さない予防体制を確立することが重要である。
一次予防の効果としては,「従業員の健康向上」,「生産性・創造性の向上」はもちろんのこと,「人財確保(採用・定着)」,「企業イメージ向上・ブランディングの推進」が期待できる。音声こころ分析サービスは日頃発している声の変化から一次予防としての「メンタルヘルス不調の早期発見・予防」を実現する。
図2|常に変化している心の状態を声から知る技術脳がストレスを感じると,自分ではコントロールできない不随意反応が声に表れる。
図3|声帯の変化リラックスした状態では声帯は緩み,声の周波数は低くなる。緊張した状態では声帯は固くなり,周波数が高くなる。
MIMOSYSは,常に変化している心の健康状態を声から知る技術である。
人は喉にある声帯を振動させることによって声を出しているが,感情を司る脳の大脳辺縁系は,神経で声帯と直接つながっているため,脳がストレスを感じると声帯にシグナルが送られる。例えば,リラックスした状態では声帯は緩み,声の周波数は低く,また緊張した状態では声帯は固くなり周波数が高くなる。このように自分ではコントロールできない声帯の変化(不随意反応)として表れる心の健康状態を数値化し,見える化する。(図2,図3参照)。
この技術は,東京大学大学院医学系研究科の社会連携講座4)で,音声という生体情報を用いて病態を知る学問である音声病態分析学の研究の一つとして検証されている。主に自律神経系(情動障害などの場合は迷走神経など)を伝わって音声に影響する病気の特徴を音響解析し,パラメータを導出する研究開発である。
音声の周波数の変動パターンから,「喜び」,「怒り」,「哀しみ」,「平常」の4感情の状態と「興奮」の強さの成分比を分析する。
分析に必要な音声量は,1回当たり6発話以上,合計20秒程度である。1発話は連続した呼吸内で発声される,ブレスとブレスの間の発話を指す。自然発話,定型文の読み上げなど話す内容は何でもよい。また音質の前提は,11.025 kHz,16ビット,モノラルが基本であり,8 kHz,8ビット,モノラルの解析実績もある。
MIMOSYSのアウトプットは,「元気圧」と「活量値」の2種類である。「元気圧」は現在(音声を登録した時点)の心の健康状態を表し,1回ごとの音声データを解析する。「活量値」は長期的な心の健康状態を表し,APA(American Psychiatric Association:アメリカ精神医学会)が定義するDSM-IV(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders IV:精神疾患の診断・統計マニュアル4)にのっとり,最低でも過去2週間分の音声データすべてを解析する。
このサービスは,スマートフォンや固定電話,携帯電話などで録音した音声データから声帯の変化を分析して心の健康状態を数値化し,約15秒で分析結果をPCやスマートフォンに表示する。
音声の入力方法は,スマートフォンアプリまたは電話のいずれか利用者の使いやすい方を選択できる。スマートフォンアプリ[Android※4) OS(Operating System)の場合はGoogle※4) Play※4)から,iOS※5)の場合はApp Store※6)から「音声こころ分析サービス」で検索してインストール]は,アプリケーション内に表示された例文を読み上げて音声を登録し,電話の場合はフリーダイヤル※7)に電話してガイダンスに従って音声を登録する。
登録された音声データは,日立システムズが用意したクラウド環境へ送信され,MIMOSYSエンジンによって分析された結果が,およそ15秒(電話の場合は最大40秒)でスマートフォンアプリに表示されるほか,電話の場合は,あらかじめ付与されたユーザーIDとパスワードでWebブラウザから確認できる(図4参照)。
図4|システム環境音声データはクラウド上のMIMOSYSエンジンによって分析され,およそ15秒で結果が表示される。
このサービスでは,元気圧と活量値を数値とグラフ,イラストを用いて視覚的に表示する(図5参照)。
元気圧は,1回ごとに解析した数値と併せて,日々の数値をグラフとして表示する。
活量値は,過去2週間分の音声データすべてを解析した傾向値と,元気圧と同様に日々の数値をグラフとして表示する。メンタルヘルス不調の早期発見・予防には,元気圧ではなく,活量値で傾向を捉えることが大切である。
図5|分析結果の種類元気圧は,1回ごとに解析した数値を示し,活量値は,過去2週間分の音声データすべてを解析した傾向値を示す。
このサービスでは,利用者の同意の下,本人だけでなく管理者(産業医や職場リーダーなど)も分析結果を参照可能である(図6参照)。
管理者は,あらかじめ心の健康状態の閾(しきい)値※8)をアラート条件としてマスタで設定する。その条件は,「5日以上連続して活量値が下降している場合」や「7日で活量値が20ポイント以上下降している場合」,「活量値が20ポイント以下の状態が3日以上続く場合」と,音声の登録を忘れたときに警告する「最終音声取得日から2日以上経過した場合」の4種類である。
アラート条件に合致する対象者が発生すると,その情報を自動的にメールで発信し,管理者が受信できるほか,管理者画面では,アラート条件に合致した利用者にマークが表示され,対象者を絞り込んで一覧で確認することも可能であるなど,多数の利用者を容易にモニタリングすることができる。
これらの機能を活用することによって,本人が結果を見てセルフケアを図るだけでなく,管理者の視点で,利用者の心の健康状態をケアすることができ,メンタル疾患者およびその予兆が見られる対象者の早期発見を支援し,社会課題となっているメンタルヘルス不調対策に寄与する。
導入においても,サービス契約後,スマートフォンで利用する場合はアプリケーションをダウンロードし,付与されたユーザーIDとパスワードさえ入力すればすぐに利用できるため,管理者に負担を掛けることなく開始することが可能である。
現在の音声の入力方法はスマートフォンアプリ,電話のいずれかとなっており,定型文の読み上げで自ら音声を登録する方法を用いている。今後は,スマートスピーカーや見守りロボット,その他のアプリとの連携を図り,単独のサービスからソリューションへと進化させていく。また,健康経営の一翼を担うソリューションとして,働き方改革やエンゲージメント向上に寄与するソリューション,さらにはヘルスケアソリューションの一部として成長させていく。
経済産業省は健康経営の普及促進の一環として,「健康経営優良法人〜ホワイト500〜」の顕彰制度を設けている。音声こころ分析サービスの導入が,働きやすい企業,働きたい企業としての評価を高める一助になればと考える。
未病音声分析技術MIMOSYSに関する記述においては,東京大学大学院医学系研究科 徳野慎一特任准教授,PST株式会社をはじめ関係各位より多大なるご支援とご協力を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。