コールドチェーンにおいては,冷凍品,冷蔵品,常温品,バイオ医薬品など,商品ごとに定められた温度帯での管理が求められる。そこで,管理温度帯の上限・下限からの逸脱を不可逆に色変化で検知する温度検知インクを開発した。本インクと個別商品のIDコードを組み合わせた温度検知ラベルを個別商品や段ボール箱に付与し,保管倉庫や販売店などの各流通ポイントでスマートフォンを使ってラベルを読み取ることにより,商品の管理状態,時間,場所などの情報取得が可能となる。温度検知ラベルとIoTを活用し,生産から販売までの一貫した品質管理を安価なコストで実現する。
米国FSMA[FDA(U.S. Food and Drug Administration) Food Safety Modernization Act],欧州GDP(Good Distribution Practice)による食料品・医薬品の貨物管理規制強化に伴い,コールドチェーン管理の改革および市場の拡大が見込まれる。現在はデータロガーを用いた温度管理システムが使用されているが,コストの観点より,適用できるのはトラックおよびコンテナ輸送のような商品が集積された管理形態に限定される。このため,生産から消費まで一貫した,個別商品単位でのきめ細かな管理ニーズに応えることが困難な状況にある。
これに対し,日立は商品個別に付与することが可能な超低コスト温度センサーを開発し,このセンサーとIoT(Internet of Things)技術を複合的に活用することで,現在の温度管理システムでは実現できない生産から消費までの一貫した品質管理システムの構築をめざしている。
温度検知インク1)は,商品ごとに定められた管理温度帯の上限・下限からの温度逸脱により色が変わる特性を有する。一度,管理温度帯を逸脱し色変化すると,再び管理温度帯内に戻しても元の色に戻らない不可逆性を備える。これらの特長により,商品に付与したインクの色変化を数値データとして読み取ることで,生産から消費までの流通過程において,管理温度からの逸脱の有無を判定することができる。
コールドチェーンにおける商品は,冷凍品(管理温度:≦−15℃),冷蔵品(同:2〜10℃),常温品(同:10〜20℃),バイオ医薬品(同:2〜8℃)など,商品ごとに定められた温度帯での管理が求められる。温度検知インクをこれらの商品の温度管理に適用するには,インクが変色する温度帯を制御する技術が必要となる。これに対し,それぞれの商品に対応するインクのラインアップをそろえた。
食品や医薬品は,管理温度からの逸脱温度の幅が大きく,逸脱時間が長いほど劣化が進行する。一方で,開発した温度検知インクも,管理温度からの逸脱温度の幅が大きく逸脱時間が長いほど,色濃度の変化が大きくなる。このため,例えば商品をパッケージする際にインクを付与することにより,その後の温度管理履歴や劣化状態をインクの色濃度から解析することができる。
商品の配送単位は,生産者から消費者に輸送される過程で大型トラックやコンテナ単位から梱包箱,個別商品と少量化していく。従来,商品の温度管理は高価なセンサー付き記録機を用い,大型トラックやコンテナなどを単位として限定的に実施されているが,温度検知インクは個別の商品に対して安価に付与することができるため,生産者から消費者までの一貫した温度管理を実現する(図1参照)。個別商品に対してインクを付与する方法として,ラベルだけではなく産業用インクジェットプリンタ(図2参照)の活用を考えている。そのため,インクジェットプリンタ用インクの技術開発も進めている。
温度検知インクを応用した温度検知ラベル2)とその読み取りシステムを活用することで,個々の商品ごとの温度状態のデータ管理を可能にする。温度検知ラベル(図3参照)は,温度検知インクとQRコード※)から成り,スマートフォンで読み取ることで,商品の製造年月日,ロット番号などのID情報に加え,インクの色濃度から温度管理情報を取得することができる。また,スマートフォンのGPS(Global Positioning System)と時計機能を活用することで,位置と時間の情報も取得でき,これらのデータを複合的にサーバで管理することができる。
物流の管理対象となる商品に温度検知ラベルを付与し,スマートフォンで読み取られた情報は,専用アプリでサーバに送信される。読み取りのタイミングは,生産拠点からの出荷時,物流倉庫への入庫時,物流倉庫からの発送時,小売り店への納品時の4か所となる。読み取り情報の商品IDは受発注情報と連携させることにより,商品の輸送品質情報を生産者,卸,物流,小売りなどのユーザーに示すことができる。野菜など複数単位で管理される商品に対しては,生産から倉庫までのロングホールでは種別の運搬コンテナ単位,物流倉庫から小売り店までのラストワンマイルでは段ボールなどの仕分け後の荷姿単位と,異なるラベルが必要となる(図4参照)。そこで,ロングホールとラストワンマイルでそれぞれ異なるラベルを付与し,それぞれのラベルに含まれる情報を連結することにより,生産から小売りまでのトレーサビリティを実現している。また,現地の物流ドライバーや物流倉庫の作業員が行う読み取り作業を極力簡略化するため,特別な入力作業をしなくても位置や時刻から生産者やプロセスを自動推定する仕組みを導入している。
温度検知インクの色濃度は,逸脱温度と逸脱時間に依存するため,それぞれを軸とするグラフにおいて等高線で記すことができる[図5(a),(b)参照]。1つのラベルに対して1種のインクを用いた場合,逸脱温度と逸脱時間の特定が困難である。これに対し,1つのラベルに対して2種以上のインクを用いることで,逸脱温度と逸脱時間をある範囲に特定することができる[同図(c)参照]。
商品の劣化度を表す指標は,その種類ごとに異なる。例えば,野菜の場合はクロロフィルやアスコルビン酸の比率が鮮度の指標となる3)。肉や魚の場合は核酸の分解度からK値と呼ばれる劣化度の指標が分解物のモル濃度比率から以下のように算出される4)。なお,式中のATPはアデノシン三リン酸,ADPはアデノシン二リン酸,AMPはアデニル酸,IMPはイノシン酸,Inoはイノシン,Hxはヒポキサンチンをそれぞれ示す。
医薬品の場合は薬の効力(力価)の減少が劣化を表す。これらの指標は徐々に変化するが,その温度・時間依存性は食品や薬品の種類ごとに品質劣化データの形であらかじめデータベース化することが可能である(図6参照)。このデータベースと上述の方法で得た逸脱温度・逸脱時間データを照合することで,鮮度・劣化度表示を行うことができる。
東南アジアでは,近年の経済発展とともに高所得者層が増加5)し,品質管理された食品への要求が高まる6)一方で,コールドチェーンが未発達なことにより品質管理された食品が十分に消費者に提供されていない。この問題を解決するために,コールドチェーン物流を構築し,高品質な食品を提供するフードチェーンプラットフォーム(FCPF:Food Chain Platform)の検討を開始した(図7参照)。FCPFは温度検知ラベルのほかに,ブロックチェーン,ロジスティクス管理,画像診断/AI(Artificial Intelligence),保冷ボックス,鮮度・熟成度シミュレータなど複数の日立の強み技術を活用し,食品の品質管理,トレーサビリティ,ダイナミックマッチング,物流指示などのサービスを提供することで,生産,卸,物流,小売り,さまざまなステークホルダーの要求に応じた価値を提供する。
FCPF構想のキー技術である温度検知ラベルの適合性実証を目的とし,2017年12月〜2018年1月に,ホーチミンの小売り店・レストランなどに向けて輸送される生鮮食品を対象に,温度検知ラベルを活用した物流品質管理を行った。ダラットの農場で採れた野菜は,ホーチミンの冷蔵倉庫まで保冷トラックで配送され,仕分け後,保冷バイクで各小売り店へ配送された。温度検知ラベルは,農家から出荷された野菜種別のコンテナと,冷蔵倉庫から小売り店への配送バイクの保冷ボックスに,それぞれ1枚貼り付けられた。実証試験に使用したすべての温度検知ラベルのインクの色濃度データは,現地スタッフにより問題なく取得された(図8参照)。色濃度1.1以上が温度逸脱領域であり,2つの野菜種別コンテナで温度逸脱があったことを意味している。試験用に併用したデータロガーから,保冷トラックの予冷が不十分であったことが確認され,温度検知ラベルが適切に機能することを実証するとともに,物流業者に対し業務改善を促すことができた。現在,FCPFの事業成立性の実証を踏まえ,2019年の本格事業化の検討を進めている。またこれに並行して,温度検知ラベルの量産の検討を進めている。
現在,温度検知インクとIoT技術を活用し,生産から消費まで一貫した個別商品単位での温度管理の実現に向けて,顧客との実証実験を進めている。商品のIDコードと本インクを組み合わせた温度検知ラベルをスマートフォンで撮影することで,商品の温度管理,時間,場所などの情報を取得することができ,これまでよりも安価なコストできめ細かな温度管理が可能になる。
今後,日立グループ各社の協創により事業を展開していく。