GLOBAL INNOVATION REPORT
2018年にタイ政府が打ち出した「タイ国家戦略(2018-2037)」は,2017年に開始した「タイランド4.0」および「東部経済回廊(EEC)」プロジェクトを踏まえ,これらを実現するために作成されたマスタープランである。タイ政府はこの戦略に基づいてデジタル化を推進し,豊かな国民生活の実現を図っている。
このため,タイ政府は国民および諸外国の協力や支援を必要としているが,こうした中で日本は130年にわたりタイと良好な関係を築いてきた国の1つである。その間には莫大な投資も行っており,特にこの40年間でタイへの投資額が最も多いのは日本である。近年では,タイの経済政策の責任者でもあるソムキット副首相が何度か日本を訪れ,イノベーションや新技術への投資は両国にとって有益であり,タイ社会のデジタル化に不可欠であるとして,日本企業に投資と協力を呼び掛けている。
日立は潜在成長力の高いタイにおけるビジネスの一層の拡大を図ろうとしており,日立アジア(タイランド)社は,タイにおける日立の代表組織として,この双方の期待に応えるべく活動を行っている。
Hitachi Asia (Thailand) Co., Ltd.(以下,「日立アジア(タイランド)社」と記す。)は,日立の事業拡大を図ると同時にタイ政府が推し進める「タイランド4.0」に貢献するという大きな課題に取り組んでいる。本稿では,前半でタイの国家戦略,タイランド4.0,東部経済回廊(EEC:Eastern Economic Corridor)プロジェクトなどを取り上げながら,現在タイの置かれている状況と今後の目標について説明し,後半でタイの社会および次の中期目標に貢献する日立の取り組みを紹介する。
タイは現在,国家の発展を妨げるさまざまなリスクや課題を抱えている。中所得国の罠,不平等の罠,不均衡の罠,という3つの罠に加え,不安定な政治,労働力不足,社会の高齢化,さらには2019年に予定されている総選挙の結果の影響も懸念される。そうした中で先進国の仲間入りを果たすため,タイランド4.0では,研究開発(R&D:Research & Development)費をGDP(Gross Domestic Product)比4%に引き上げ,向こう5年間で経済成長率をフル稼働状態の5〜6%に高め,2014年に5,470米ドルであった国民1人当たりの所得を2032年までに15,000米ドルに引き上げるという目標を掲げた。タイはすでに高中所得国にランク付けされているが(6,700米ドル/人),政府はタイランド4.0を通じて高所得国に移行しようと考えている。しかし,熟練労働者の不足や高齢化※1)などの問題が立ちはだかっており,道のりは決して平坦ではない(図1参照)。
タイ政府は,「安定,繁栄,持続性のタイ国」というビジョンを達成するため,国家開発計画「20年国家戦略」を打ち出した。この国家戦略は2018年から2037年までの20年間にわたる長期戦略であり,(1)安全保障,(2)競争力強化,(3)人財開発,(4)社会的平等,(5)グリーン成長,(6)不均衡是正および公共セクターの開発の6項目を柱とする。
タイランド4.0は,国家戦略に沿って「安全,繁栄,持続性」を主眼とした目標を掲げている。
タイでは,ビジネス機会の創出,業務プロセスの円滑化,企業業績の拡大を実現し,知識,テクノロジー,イノベーションによってタイの比較優位産業の転換を図ることを目的に,企業へのテクノロジー導入が進められている。政府は10業種(第一次S字カーブおよび新S字カーブ)を次世代のターゲット産業に指定した(図2参照)。
第一次S字カーブとは,すでに産業基盤を確立しているが,付加価値向上および国際競争力の観点から,さらなる革新と研究開発が求められる5つの既存産業(農業・バイオテクノロジー,スマートエレクトロニクス,医療・健康ツーリズム,次世代自動車,未来食品)を示す。一方,新S字カーブとは,将来に向けて競争力強化を図るべき5つの新規産業(バイオ燃料・バイオ化学,デジタル産業,医療ハブ,ロボット産業,航空・ロジスティクス)を示す。タイはこれらの産業の発展により,東南アジア地域の中心となることをめざしている。例えば,次の4つのビジョンが挙げられる。
東部経済回廊(EEC)は,バンコク近郊のラヨーン,チョンブリー,チャチューンサオの3県で先進的な開発を進める構想であり,タイランド4.0を体現するプロジェクトである。政府はこれをタイにおけるデジタルイノベーションの柱とするため45億ドルの予算を投じる計画である。政府は新たな成長の拠点となる地域の開発を進めているが,そのスタート地点となったのが総面積1万3,000 km2のEECだ。政府は投資や経済の成長をあらゆる面からサポートするため,この地域の開発を加速させている。EECは今後,貿易,投資,地域輸送の中心地となり,道路,港湾,空港,高速鉄道,貨物輸送などワールドクラスのインフラによって,ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国や中国,インドとつながるアジアの戦略的ゲートウェイとなることが期待されている(図3参照)。
すでに多くのグローバル企業がEECへの投資を行っており,政府や民間企業はEECのビジョンの実現に必要な最先端のインフラの構築に着手している。
タイは地理的にも経済的にもCLMVT(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム,タイ)の中心であり,ASEANの経済規模は2030年までに現在の2.6兆ドルから倍増する見通しとなっている。タイが真にこの地域の中心地となるためには,「国境」を「橋」,「国」を「都市」と見なす視点の転換が必要である。すなわち,タイとその周辺諸国との国境は,経済,貿易,投資を結び付ける橋と捉え,周辺の4か国は地域の主要都市とともに国内市場と見なしていかなければならない。
日立はタイを東南アジア地域で最も有力な潜在市場の一つと考えており,タイにイノベーションと先進技術をもたらすべく動いている。2017年に1回,2018年に2回の合計3回にわたり開催されたHitachi Social Innovation Forum BANGKOKでは,日立のイノベーションと最先端のテクノロジーをタイ政府や既存顧客,潜在顧客に向けてアピールすることで,事業拡大の意向を示す一方,ゲストスピーカー,パネリストとして,副首相,閣僚,国内のビジネスリーダーを招聘した。同イベントにより,日本におけるテクノロジーおよびイノベーションのトッププロバイダとしての日立のブランド力を来場者に印象づけることとなった。
日立は,タイ国内に34のグループ会社を展開している。日立アジア(タイランド)社は,タイにおける日立の代理店の一つとして,社会イノベーション事業をはじめ,ICT(Information and Communication Technology)およびIoT(Internet of Things),電力・エネルギー,ヘルスケア,鉄道,産業機器など幅広い事業を展開している。「高度で持続的なソリューションを通じ,創造性によってタイの社会に貢献し,顧客満足を実現する」というミッションを掲げており,日立グループの中心企業として,タイランド4.0の実現に直接的に貢献する社会イノベーション事業を推し進めている。同社は,以下の5つの方針の下,施策を展開している。
日立は,タイ政府および民間企業とMOU(Memorandum of Understanding)を交わすことによって連携を強化している。例えば,EEC事務局とのMOUでは,デジタル技術を適用して革新的な環境を構築することによってEECの振興,新たなイニシアチブ,産業革命の拡大を図ることで合意している。また,郵便サービスの電子化のPoC(Proof of Concept)に協力するため,Thailand Postと基本合意書を締結している。SCG Cement-Building Materials Co., Ltd.とのMOUでは,同社の工場で省エネルギーを促進し,発送プロセスを効率化するため,協創を進めることで合意した。他にも複数の企業との間で機密保持契約を結び,さらなるビジネスチャンスの創出に向けて協議を開始している。
2018年9月,日立はバンコク中心部から約75 kmに位置するEEC圏内のチョンブリー県にLumada Center Southeast Asiaを開設した。同センターは,日立のデジタルソリューションおよびIoTソリューションをタイの政府機関と民間セクターの双方に導入することを目標としている。まずは製造分野を中心に展開し,徐々に物流,サプライチェーンマネジメント,サービス業界にも範囲を拡大する。サービス分野については,EEC内ですでにサービスを開始しているが,今後はタイ全土,東南アジア全体に広げていく計画である。同センターは複数のミーティングルームを有しており,日立のソリューションのプレゼンテーションやデモンストレーションを行ったり,顧客の抱えている課題について話し合い,満たされていない本当のニーズや問題点を探り,解決策を見いだすために活用されている。また,小型の生産ラインも設けられており,センサーやカメラ,RFID(Radio Frequency Identification),制御システムなどから得られる人間のデータや装置のデータ,ビジネス/プロセスデータを活用したスマートマニュファクチャリングの紹介展示を行っている(図4参照)。
図4|チョンブリー県に設立されたLumada Center Southeast Asia
タイ政府は,プーケット,コーンケン,チエンマイ,ラヨーン,チョンブリー,チャチューンサオ,そしてバンコクの各地域で,スマートシティの開発を計画している。この計画に際しては,エネルギーやモビリティ,コミュニティ,環境,経済,ビルシステム,ガバナンス,セキュリティ,ツーリズムなど,あらゆる分野のスマート化に向けた基準の制定が求められている。また,高速鉄道駅の建設に際しては,公共交通指向型開発(TOD:Transit Oriented Development)が進められている。
民間に目を移すと,高級志向の大型多目的複合施設の開発プロジェクトがバンコクにおいて進んでいる。これらのプロジェクトによって,バンコクのイメージは一新され,華やかでスマートな都市に生まれ変わることが期待されている。また,一部の大手不動産開発業者やコンソーシアムによって,新バンスー中央駅や,マッカサン駅,シーラーチャー駅などのTODが行われる予定である。
また,バンコクのビジネス街を中心としてコンドミニアム・店舗・オフィス・会議場などを含む複合型プロジェクトへの投資が拡大している。スマートシティのコンセプト,機能,設備,サービスを有する多くのプロジェクトに携わっているのは,大手の不動産開発業者である(図5参照)。日立は社会イノベーション事業を通じ,コンサルテーションからSaaS(Solution as a Service),EaaS(Energy as a Service),IaaS(Infrastructure as a Service)などのようなコンセッション方式の新しいビジネスモデルまで,トータルなシステムとサービスをパートナーとして提供することができる。具体的には,エレベーターやエスカレーターなどのビルシステム,電力およびエネルギーシステム,エネルギー管理システム,安全監視システム,ERP(Enterprise Resources Planning),顧客管理システム,モバイルサービスアプリケーションおよび周辺のシステムインタフェースや,さらにこれらのシステムを一括で監視可能なコントロールセンターに統合するなど,すべてのプロジェクトをつなぐ地区指令センターの建設も提供可能である。
また,タイは東南アジア地域の医療ハブとなることをめざしている。人々に最も恐れられている病気の一つはがんであるが,国立病院では陽子線治療を使用した新しいがん治療の導入が検討されており,スマート医療分野における日立の貢献が期待される。さらに交通分野では,バンコク中心部と北部を結ぶ高架鉄道レッドライン建設プロジェクトにおいて日立の車両を提供する予定である。
国家戦略によってタイランド4.0の実現に向け舵を切ったタイは,新たなテクノロジーと投資を必要としている。日立には,顧客のニーズと期待に応えながら,同時にタイ社会への貢献も可能にするトータルソリューションがある。協創によって顧客に適切なソリューションを提供し,顧客と日立の双方にメリットをもたらすことが,日立アジア(タイランド)社の使命である。当社は日立の一員であり(I am Hitachi),タイランド4.0の実現をめざして“Inspire the Next”を続ける。