Overview
デジタル化の進展に伴い,データ資本主義が台頭するなど産業構造がグロ−バルに大きく変化しており,研究開発においても,これを先取りすることが求められている。従来から,重点製品の事業化をプロジェクト体制で推進するとともに,技術基盤の戦略的な強化を図ってきたが,これに加えて,成長領域における新たな価値を起点にしたグロ−バルNo.1技術の創生を推進する。また,Lumadaのプラットフォ−ム機能を強化し,モビリティ,ライフ,インダストリー,エネルギー,ITの注力5分野において,ソリュ−ションを迅速に提供する。さらに,ホットスポットでの先端技術開発や海外各極における社会イノベーション事業への貢献など,グローバルなオープンイノベーションを強化する。
日立の研究開発は,これまでも産業構造の変化に対応し,その取り組み範囲を拡大してきた。まず,1910年の創業に続き,1918年に研究部門を設立して以来,モータ,発電機,鉄道車両など,プロダクトおよびOT(Operational Technology)分野での研究開発に注力してきた。そして,1960年頃からのIT(Information Technology)分野の勃興を受け,コンピュータ,サーバ,ストレージなどの情報機器に関する研究開発の比率が増加した。2015年以降は,デジタル化が一層進行し,OTとITを組み合わせたIoT(Internet of Things)分野への取り組みが世界的な潮流となり,日立の研究開発も大きく変貌してきている。これに加え,従来の技術課題解決型の取り組みから,顧客課題解決型,社会課題解決型の取り組みに視点を広げてきている。上述の流れを図1に示す。
今後は,さらに産業構造がグロ−バルに大きく変化することを受け,社会価値,環境価値,経済価値を起点とした新たな社会イノベーション事業を開拓していく必要がある。そのためには,過去100年間の研究開発で蓄積し磨いてきたさまざまな技術を束ねるとともに,活用領域を拡げることが不可欠である。
本稿では,日立の研究開発グループにおける取り組み,すなわち,日立の持つOT,IT,プロダクトを束ねた最新の開発技術について紹介する。併せて,顧客へ迅速にソリューションを提供するプラットフォームの構築および研究開発を加速するオープンイノベーションへの取り組みについて述べる。
図1|日立の研究開発への取り組み研究開発部門設立以来,社会の変化に対応して取り組み領域を拡げてきており,今後さらに加速していく。
日立はグローバルリーダーをめざしており,そのためには世界No.1技術の創生と集中が不可欠である。これまでも,高速・静音を実現する鉄道車両,世界最高速エレベータ,患者のQoL(Quality of Life)向上に貢献する陽子線がん治療装置,世界シェアトップの半導体検査装置や生化学免疫装置,空気圧縮機やモータなどの産業機器,エネルギーシステムやストレージシステムなど,,世界トップレベルの技術や製品・システムを開発してきた。
今後は,これらの技術も含めて,モビリティ,ライフ,インダストリー,エネルギー,ITの5分野にフォーカスした研究開発を推進する。以下では,OT×IT×プロダクトの強みを生かした最新の研究成果について紹介する。
日立は,解析主導設計や組合せ最適化技術を強みに,車両とその付属機器だけでなく,信号・システム,サービス・メンテナンス,ターンキーまで,鉄道ソリューションをフルラインアップで提供している。これに加え,混雑の解消という新たな価値の提供に向けて,駅に設置したセンサーで乗客数を分析し,その増減に応じて列車の運行本数を自動で最適化する「ダイナミックヘッドウェイソリューション」を提案し,コペンハーゲンメトロで実証している。
日立では,ライフスタイルの変化や多様化に対応した新しい価値を提供するため,プロダクトとしての家電から,「コネクテッド家電」への進化に取り組んでいる。2017年度には,スマートフォンで操作や予約ができ,床質とごみ量に対応する自動集塵(じん)技術により便利に掃除ができるロボットクリーナー「minimaru(ミニマル)」をリリースした。
また,2018年度には,洗濯運転の終了やその予告,フィルタや洗濯槽のお手入れ時期を通知する機能を有したドラム式洗濯乾燥機「風アイロン ビッグドラム」をリリースしている。
日立では,QoL向上と医療費削減の両立という新しい価値提供に向けて,高精度な生体計測技術と画像解析技術を組み合わせた,早期診断技術の開発を進めている。
例えば,生体内の磁化率を計測することで,鉄分や神経線維の量を定量解析できるQSM(Quantitative Susceptibility Mapping)技術を,世界で初めてMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴撮像)製品に搭載している。このQSM技術と,脳の萎縮を解析するVBM(Voxel Based Morphometry)技術を組み合わせることで,アルツハイマー型認知症の精度の高い診断や重症化の予防が期待されている※1)。
日立は,現場の設備,人,モノ,工法のIoTデータから得られる現場ノウハウをAI(Artificial Intelligence)と統合し,バリューチェーン横断的な分析,予測,対策立案を行うことで,現場を自動制御する技術を開発している。また,これらの新しい価値を,Lumadaプラットフォームを通じて,社内外へソリューションとして提供している。
例えば工場では,空気圧縮機やソフトウェアデファインドのPLC(Programmable Logic Controller)に加え,部品劣化をモニタリングして故障予兆を診断し,生産に影響の少ない保守計画を提示するソリューションを提供している。また倉庫では,Racrewをはじめとするマテハンロボットとともに,倉庫全体の作業効率を改善するピッキング指示を行うソリューションを提供している。物流では,トラックやドライバーの状況をテレマティクスで把握するとともに,荷卸・荷積場の利用状況,混雑時間,渋滞なども考慮しつつ,実時間で配送計画を立案する技術を開発し,少ないトラック,ドライバー数で納期遅れの少ない配送を実現するソリューションを提供している。
新たな価値である低炭素化社会の構築に向けて,電池を搭載した鉄道やEV(Electric Vehicle),再生可能エネルギーの利活用が,世界各国で期待されている。EVは,航続距離拡大に必要な電池搭載スペースを十分に取るために,駆動システムの小型化が普及に向けた課題となっている。日立は,2013年から世界初の直接水冷型両面冷却パワーモジュールの量産を開始しており,欧米各国のEVやPHV(Plug-in Hybrid Vehicle)駆動用インバータの小型化に成功し,量産品として世界No.1の出力パワー密度54.3 kVA/L(2019年5月現在,日立製作所調べ)を達成している。これに加え,街やビル内の駐車場に分散した固定電池やEVを有効活用することで,太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの利活用を促進する,バッテリーマネジメントなどのエコシステムサービス事業の拡大に取り組んでいる。
日立は,事故などの事案発生後に対応する従来の「Reactive型保険」に対して,事案発生前からサービスを提供する「Proactive型保険」を,保険会社との協創により創出している。さまざまなIoTセンシング技術や高精度な予兆診断技術をベースとして,化学プラントなどの製造業へ予防保守サービスを提供するとともに,これらのサービスを保険と組み合わせることで8),製造現場全体の生産性向上や安定稼働の実現といった新たな価値の創出が期待できる。
上述の技術以外にも多くの取り組みがあり,本稿に続く各論文にて紹介している。エネルギーシステムへの取り組み,モビリティ分野における高度解析主導設計,AIによる診断高精度化,Collaboticsによるロボット制御高効率化,Lumadaプラットフォームサービスである。
また,ハードウェアからソフトウェアへと,プロダクト機能の重心が広がる新たな潮流をとらえ,ソフトウェアデファインド9)に関する技術開発も行っている。特に,ソフトウェアの機能を,常に最新/最適な状態に保つことが重要な価値となりつつあり,ネットワーク経由でソフトウェアを随時更新する技術が注目されている。
例えば,自動車分野での取り組みとして,無線を活用したOTA(Over The Air)による制御ソフトウェア更新技術を開発している。ネットワーク帯域やメモリリソースに制約のある自動車システムにおいて,更新時間を短縮する差分更新技術や,センターから車両への更新データを多層で防御するセキュア配信技術により,来たるべき自動運転時代への貢献をめざしている。
一方,今後の社会イノベーション事業では,社会システムの最適化に向けて,組合せ最適化問題をより効率的に処理することが求められる。日立が開発を進める「CMOS(Complementary Metal-oxide-semiconductor)アニーリングマシン10)」は,複数の半導体チップを接続することで,最適化問題の規模に応じてスケーラブルに構成可能なことに特長がある。これまでに,FPGA(Field-programmable Gate Array)と呼ばれる半導体チップを25枚接続することで,世界最大規模の100 kbitアニーリングマシンを構築している。また,クラウドサービスとして公開し,パートナーとのソリューション協創を加速している。
日立のプラットフォームであるLumada11)は,デジタル技術を活用したソリューション,サービス,テクノロジーの総称である。デジタル化が進む今日では,ビジネス環境の変化も加速しており,顧客に提供するソリューションの礎となるプラットフォームについても,変化に対応する柔軟性・迅速性が必要となる。
Lumadaでは,複数のシステムが連携することで,より大規模なシステムとなり,かつ新しい価値を生み出す「System-of-Systems」の考え方に基づき,相互接続性確保・品質確保・開発効率化をプラットフォーム機能として提供している。
特に開発効率化においては,既に開発したアプリケーションを実行可能な形式で蓄積し,新しいアプリケーション開発に再利用できる機能を,Node-RED※2),Kubernetes※3),Docker※4),Istio※5)など,OSS(Open Source Software)を活用して構築し,Lumada Solution Hubとして提供を開始した。研究開発グループでは,開発技術を順次Lumadaへ組み込み,OT×IT×プロダクトによる新たな価値を迅速に提供できるよう取り組んでいる。
上述の取り組みの多くは,顧客課題や社会課題を解決するものであり,社外とのオープンイノベーションをグローバルに推進することで,研究開発の加速を図っている。
まずAI技術については,米国ユタ大学と共同で,患者に合わせた最適な治療薬の選定を支援するAI技術を開発している。患者と医師が話し合って治療方針を決定することで,よりよい医療サービスの実現が期待できる12)。また,ドイツ人工知能研究センターと共同で,ウェアラブルデバイス着用者の作業内容を認識するAIを開発している。作業支援やヒューマンエラー防止に活用することで,生産現場の品質向上や効率化が期待できる。今後,さまざまな分野でAIを活用した技術開発を推進していく。
さらに自動運転の分野では,本分野で高い実績を有するフラウンホーファー研究機構と共同研究を行っている。安全な自動運転社会の実現をめざし,安全技術に関する方法論の策定や標準化に向けた協業を進めている。
一方で,社会課題の解決に向けて官民共同での合意形成を進めるべく,官民イニシアティブとの協創にも積極的に取り組んでいる。C4IR(Centre for the 4th Industrial Revolution)はWEF(World Economic Forum)に設立された組織であり,AI・ブロックチェーン・データ流通・自動運転技術などの分野で,社会のコンセンサスを得た国際ポリシーの先行策定を進めている。日立は2018年4月よりサンフランシスコラボにフェローを派遣し,上記分野でのポリシー策定を共同で推進中である。2019年度は日本センターの活動にも参画し,協創の範囲を広げていく。
また,Industrie4.0の提唱元であるacatechとのプロジェクトとして,日独の産学を巻き込み,デジタル社会における多様な人と機械の新たな関係におけるビジョンや課題解決の方針を議論し,白書として出版する予定である。
本稿では,社会イノベーション事業のグローバル成長へ向けた研究開発の取り組みについて述べた。こうした取り組みをグローバルなパートナーと共に加速し,社会課題の解決とQoLの向上へ向けた技術開発を進めていく。