ひとりひとりに寄り添った生活課題の解決
加工した細胞を用いる再生医療は,これまで治療が困難であった疾患に対する治療法として期待が大きく,実用化に向けて世界規模で研究が進められている。国内においては,2014年11月に再生医療等安全性確保法(再生医療新法)の施行と医薬品医療機器等法の改正がなされ,再生医療の実用化や産業化に向けた動きが活発になっている。
再生医療の技術による治療は,2030年には1兆円の市場規模になることが予測され,かつ患者のQoL向上という社会的意義も大きい1)。
このような状況において日立グローバルライフソリューションズ株式会社は,これまで培ってきた空気の質としての温度・湿度・清浄度・室圧を高精度に制御する技術を応用し,再生医療分野における細胞加工施設の空調ソリューションを提供している。そのソリューション提供の過程で,施設運用に関わるさまざまな企業と協創し,細胞加工施設における空調ソリューションと機器のコーディネートを行うトータルエンジニアリング力により,顧客が真に求める空調ソリューションによる環境の提供,事業上の損失の低減など,顧客へ経済価値を提供する。
従来の医薬品は,低分子化合物や細胞からの分泌物を薬として使用してきた。近年では,生体を構成している細胞そのものを対象の疾患に対して加工することで,その細胞を疾患の治療に利用する再生医療が広く研究され,実用化が強く期待されている。
現在,国内で承認された再生医療等製品は,体内に存在する幹細胞などを主に用いて,目的の細胞・組織に加工することで治療に用いられている。iPS(induced Pluripotent Stem)細胞やES(Embryonic Stem)細胞は,再生医療で原料となる幹細胞などのソースの問題を解決することができ,臨床研究に期待が集まっている。また患者自身のT細胞を取り出し,遺伝子改変したT細胞でがんを治療するCAR(Chimeric Antigen Receptor)-T細胞療法は国内でも承認され,注目を集めている。
再生医療に利用するための細胞は,主に細胞加工施設(CPF:Cell Processing Facility)と呼ばれる施設で加工される。細胞加工施設は内部を細胞加工工程ごとにゾーニングされ,各ゾーンで基準にのっとった高い清浄度を保持することで,無菌クリーンルームを構成している。その特徴の一つが,空気清浄度・温湿度・各室間の室圧が,各グレードにより分類管理される点にある(表1参照)。
日立グローバルライフソリューションズ株式会社(以下,「日立GLS」と記す。)の空調システムエンジニアリング事業部門は,医薬品の研究や製造におけるクリーンルーム,病原体の検査のためのバイオハザード対策ルーム,半導体生産向け工業用クリーンルームなど,空気の質を高精度に管理する空調制御技術を応用した「特殊空調」と呼ばれる分野に注力してきた。その中で,2014年11月に施行された再生医療新法により,民間での細胞加工施設の建設が可能となり,民間企業の参入が加速した。そのような背景の中,日立GLSは「特殊空調」分野の空調制御技術を生かし,再生医療分野での空調ソリューションによる持続可能な社会の実現をめざしている。
日立GLSは,細胞加工施設に関する空調ソリューション事業を強化するため,製造施設における新たな重要管理点を以下の4点と考えた。
これらに対するソリューションの提供が可能となれば,国内の再生医療市場が一層活性化されると考え,その実証拠点として,東京都中央区日本橋に細胞加工施設の建設を計画した。日立GLSは,細胞加工施設を建設するためのすべての建材,機器の製造・販売は行っていないので,これら4点を満たすため,他社との協創によって課題を解決することとした。
細胞加工施設の建設にあたり,日立製作所ビルシステムビジネスユニットの協力で,三井不動産株式会社の東京・日本橋地区ライフサイエンス拠点化構想との協創が実現した。
日本橋という地域は,再生医療学会事務局や製薬会社,ライフサイエンスに関係する団体が集積しており,その一角に日立GLSの細胞加工施設のショールームを設置する計画とした。通常,細胞加工施設には細胞加工の運用をする限られた人しか入室できず,施設計画を望む顧客に細胞加工施設を紹介することが困難であった。そこで日本橋の地の利を生かし,最新の技術を集約した「再生医療イノベーションセンタ」を開設した。
この施設の設備は通常とは異なるスキームで構成されている。それは,各協創パートナー企業が,最新の機材に他社と連携させる機能を持たせて持ち込んでいる点である。
再生医療の市場を活性化させたいという理念を協創パートナーと共有し,将来,設備と機器の自動化も視野に入れたエンジニアリングを,One HITACHIの取り組みとともに実現をめざす。
日立GLSの再生医療イノベーションセンタの細胞加工施設の特長について,以下の(1)〜(5)が挙げられる。
また,培地の自動交換ユニットを搭載したインキュベータの導入など,今後の自動化ニーズに向けた機器のコーディネートの取り組みも行っている。
細胞を加工する施設は,建設後のメンテナンスと定期バリデーションという設備の機能保全が重要となる。日立GLSでは,空調機メーカーサービス体制があり,顧客が安心して空調機を使用することができる体制を整えている。
これから少子高齢化に伴う人口減など,顧客の保全員の確保や技術の継承がより困難になることが想定され,設備点検においては,空調機の異常に事前に対処できるIoTを利用した技術が必要となる。
さらに,製造現場では人による手作業での製造から,品質の安定化のための自動化による製造へとシフトしていくと考えている。
今後は,再生医療イノベーションセンタを軸として顧客や協創パートナーと共に再生医療の「細胞加工施設」で求められている自動化,単位面積当たりの生産性向上のための動線計画を充実させ,モジュール化や効率化を実現する次世代の細胞加工施設のコンセプト構築を進めていくことをめざしている。また,クリニック向け設備の計画においては,テナントビルに細胞加工施設が設置されるケースが多く,日本橋のテナントビルに設置した再生医療イノベーションセンタでも自動化を含めた提案を実施していく。
本稿では,日立GLSにおける特殊空調分野ソリューションの一つである「再生医療市場に向けた空調ソリューション」の取り組みとして,「再生医療イノベーションセンタ」を中心に紹介した。再生医療は日進月歩で技術革新が進み,日立GLSとしてもそれに歩みを合わせて,今後も事業成長とともに社会に貢献できるソリューションが連続的に提供できるよう情報発信を継続していきたい。
本稿で述べた「再生医療イノベーションセンタ」の建設においては,三井不動産株式会社,日軽パネルシステム株式会社,ローツェライフサイエンス株式会社,サンタサーロ&ステリ-プロソリューション株式会社,株式会社ニコン,株式会社サイフューズなど関係各位より多くのご支援とご指導を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。