工場のスマート化を実現するサービス・システム・プロダクト
製造業において,ソフトウェアやネットワークなどのデジタル技術を用いて製造現場データを利活用し,付加価値を創出するという新たなコンセプトへの期待が高まっている。これは,デジタル技術によって製造現場の機械・設備の制御の高度化と,情報システムとのシームレス接続によるデータの相互利用を可能とし,生産最適化,生産品質管理,設備稼働管理といった産業デジタルソリューションの実現を加速するというものである。
日立では,この新たなコンセプトの実現に必要となる,製造現場に設置可能なIoT対応産業用コントローラを製品化している。本稿では,高度化した制御と情報システムの一体化を実現した,基本技術と事例を紹介する。
工場の製造現場において使用される機械や設備の電動化が進む中,より高度な制御方式を実現する産業用コントローラによってこれらの機械や設備の性能が格段に向上している。
一方,製造現場のデジタル化に伴うデジタルソリューションの活用においては情報システムと現場の機器のシームレスな接続が不可欠となっており,機械や設備を制御する産業用コントローラにこれを実現する機能が求められている。
機械や設備に対する高度な制御は,高速処理が可能なハードウェアと制御ネットワーク,リアルタイム性を有するモータドライブが可能なコントローラによって実現可能である。しかし,情報システムとの接続におけるデータ処理を産業用PCなどで行う場合,PCとコントローラ間でのデータの受け渡しにおいてリアルタイム性が損なわれ,シームレスな接続が難しいという課題があった。
本稿では,リアルタイム性を損なうことなく現場機器と情報システムのシームレスな接続を実現するIoT(Internet of Things)対応産業用コントローラHXシリーズと,HF-W/IoTシリーズについて,ユースケースを交えながら紹介する。
従来,製造現場の設備を構成する装置や機械はPLC(Programmable Logic Controller)を使用し,ハード配線あるいはネットワークで接続されたセンサーやアクチュエータを介して,リアルタイム制御により自動化されてきた。製造現場では生産性を改善する活動が継続的に進められており,設備運用や動作性能の向上のため,PLCプログラムの変更が日常的に行われている。さらに,このPLCがリアルタイム制御に使用している実データを情報として集め,他の情報システムの情報と組み合わせて分析・解析を行うことで,製造現場のさらなる最適化を行うデジタル化が加速している(図1参照)。
しかし,従来の継続的な改善を行いながら新たにデジタル化を進める場合,既設PLCのプログラム変更リスク,情報システムとの接続性,扱うデータの視認性などの課題が発生している。また,設備を新設する場合においても,従来手法と同様の課題が発生する。
既設PLCのプログラム変更リスクとは,既設PLCと情報システムに新たにデータ交換をするためのプログラムを追加することによって制御のリアルタイム処理が遅くなり,設備の動作が損なわれるリスクである。HXシリーズでは,従来PLCの機能である制御処理を高速化しているため,情報システムとのデータ交換に関わるプログラムを追加することでこのリスクを回避することができる。その他の課題である情報システムとの接続性や扱うデータの視認性についても,PLC機能のソフトウェア化,情報通信技術の適用と,プログラム変更の柔軟性によって解決しており,情報システムとの連携が可能な新しいIoT対応産業用コントローラの特長となっている。さらに,情報システム側のソフトウェア Hitachi Data Hubとの接続を行う現場コントローラ用のOT Hub AdaptorをIoT対応産業用コントローラHXシリーズに実装し,製造現場に設置したHXシリーズと情報システムの双方向通信を可能とした。これにより,製造現場のデータ活用と情報システムからのフィードバックによる最適化が可能となる。この接続を活用して,Lumadaの各種デジタルソリューション実現にも貢献している。
生産現場のさらなる最適化に対するもう一つのアプローチとして製品化したのが,HF-W/IoTシリーズである。HF-W/IoTシリーズは,日立の産業用コンピュータとして20年の実績があるHF-WシリーズにソフトPLCを搭載したIoT対応産業用コントローラである。HF-W/IoTシリーズは,PLC機能とWindows※1)アプリケーションを並行して実行することが可能であり,現場データの収集や情報システムとの接続によるデータ活用,現場データを処理してフィードバックすることによる製造現場の最適化など,製造現場のデジタル化の実現に活用できる。
図2|従来PLCとHXハイブリッドの動作比較の概念図指定周期を変えずに従来PLCの制御処理を一桁以上高速に実行し,情報処理も実行可能なHXハイブリッドでは,コンテナ技術によりリアルタイム性を確保しながらも,情報処理がリアルタイム制御に影響を及ぼすことなく,制御処理と情報処理の共存が可能である。
産業用コントローラHXシリーズには,制御動作と情報処理の両方を行うことができるHXシリーズハイブリッドモデル(以下,「HXハイブリッド」と記す。)があり,制御のリアルタイム性を確保しながら情報システムとの連携が可能な点で好評を得ている。
HXハイブリッドでは,PLC機能として国際的に標準化が進んでいるプログラミング方式(IEC61131-3,PLCopen※2)など)を採用することで,リアルタイム性を確保しながらより多彩な制御を実現できる。従来のPLCとの比較で10倍以上高速な処理が可能であり,ラダー言語では記述が困難な高度な処理内容も,他の言語を使って容易に記述することができる。そのため,従来はPCなどで行っていた処理をHXハイブリッドに取り込むことが可能となる(図2参照)。
制御動作と情報処理はコンテナ技術により分離しており,制御動作は情報処理による影響を受けることなく,リアルタイムに実行できる。情報処理は情報システムとの接続に適したプログラム言語(C/C++など)で記述することが可能であり,リアルタイムな制御動作を妨げることなく,制御側と情報処理側のデータ連携を可能としている。これにより,従来のシステムでは別々に設置していたPCなどが不要なシステムを構築できるようになる。
HF-W/IoTシリーズでは,Windowsをリアルタイム拡張し,その上にソフトPLCを搭載することで,HMI(Human Machine Interface)やデータログなどのWindowsの情報処理と設備機器のリアルタイム制御処理の並列実行を可能としている。マルチコアCPU(Central Processing Unit)を採用し,WindowsとソフトPLCそれぞれに専用のCPUコアを割り当てることで制御処理に対する情報処理の影響をなくし,制御処理のリアルタイム性を確保した。制御処理と情報処理間のデータのやり取りについては,共有メモリを提供しており,データを共有メモリ内に一時的にバッファリングすることで,制御系の高速周期データを漏れなく情報系に伝えられるようにした。また,複数個のデータを一つのブロックとして管理できるようにし,データの同時性も確保した。データの定義は定義ファイルによって容易に変更が可能である。
図3|HXハイブリッドの要素技術情報処理プログラムの実行,製造現場を接続する各種制御ネットワークおよび各社PLCとの接続に対応している。
図4|HF-W/IoTシリーズの要素技術情報系処理と制御系処理を各CPUコアが実行し,共有メモリを介したデータ連携,各種制御ネットワークに対応している。
デジタルソリューションを実現するには情報システムと製造現場の双方向のデータ交換をスムーズかつ柔軟に行う必要があり,従来はその機能をPCやゲートウェイが担っていた。
これらの機器を用いることなく製造現場の産業用コントローラと情報システムのシームレス接続を実現するためには,情報システム側の接続要件に合わせたコントローラ側の対応が求められる。しかし,従来のPLCに代表される製造現場で使用されるコントローラのプログラムは自動制御に適したラダー言語で記述されるのが一般的であり,情報システム側の要件に合致しないという課題があった。具体的には,情報システム側が求める文字列やJSON形式などのデータをラダー言語を用いて再現しようとすると,自動制御に必要なリアルタイム性が損なわれるという課題である。
HXハイブリッドでは,制御処理の高速化と情報処理をC/C++を用いてプログラミングすることが可能であり,情報システム側の要件を満たしながらリアルタイム性を確保した制御ができ,さらに各種制御ネットワークに対応できる点が大きな特長となっている。EtherCAT※3),EtherNet/IP※4),PROFINET※5)およびFL-netなどのEthernet※6)系の制御ネットワークのほか,長らく製造現場で利用されているModbus※7),DeviceNet※8),PROFIBUS※9)などへの対応が可能となっている。さらに,各ベンダーのPLCとの通信を行うプログラム対応も逐次進めている。また,情報処理に必要なプロトコルを組み込むことも可能であり,適用事例として,Hitachi Data Hubとの接続による製造現場のデータの利活用も進めている(図3参照)。
HF-W/IoTシリーズは,各種産業用Ethernet(PROFINET,EtherNet/IP,Modbus/TCP,FL-net)に対応しており,既存の制御機器や設備機器との接続が可能な前述の共有メモリと組み合わせることで,制御処理を行うと同時に設備機器からデータを収集し,共有メモリ経由で情報系に受け渡して,クラウドなどの上位サーバに転送することができる。これによって,設備機器と情報サーバのシームレスな接続を可能としている(図4参照)。
HF-W/IoTシリーズでは今後,新たな機能としてデータベース連携機能を搭載する予定である。本機能は,ユーザーが指定するタイミングやイベントに応じて設備データをHF-W/IoT上のデータベースに蓄積するものであり,異常検知や制御処理へのフィードバックなどの応答スピードが重要となる設備データのみを蓄積し,HF-W/IoT上で処理することで,高速周期で大量に収集されるリアルタイムデータのデータ量や,制御システムと情報サーバの応答スピード差といった課題を解決する。
図5|HXハイブリッドを適用する事例の基本構成図制御処理と情報連携処理を活用し,既設システムに付加価値を提供する。
図6|工作機械や半導体製造装置にHF-W/IoTを組み込んだ事例HF-W/IoTが装置内のセンサーや制御機器から稼働データを収集・解析し,解析結果の制御フィードバックによる生産効率アップ,装置メーカーサポートセンターへの障害データ送信による保守サービス向上を実現する。
IoT対応産業用コントローラHXハイブリッドを製造現場に設置し,設備・機械と接続してリアルタイム制御を行いながら,共有メモリを介して情報処理コンテナと制御データを共有し,コンテナの情報処理システム連携処理にて,情報システムとシームレスに接続した事例を紹介する。情報処理システムでは,各種アプリケーションによりさまざまな付加価値を提供可能である。
製造現場にHXハイブリッドを適用する場合の基本構成を図5に示す。HXハイブリッドでは,各種制御ネットワークなどで接続した既設システムのデータを情報システムで活用し,新たな付加価値を提供することが多い。
HF-W/IoTによる工作機械や半導体製造装置など,一般産業向け装置でのユースケースを図6に示す。HF-W/IoTは,装置のIoT対応における制御と情報を接続するコンポーネントとして装置に組み込まれる。EtherCAT経由でセンサーデータや稼働データなどの収集を行い,既存制御機器とはFL-net経由で接続する。収集したデータは共有メモリを介して情報系に受け渡し,データベース連携機能でデータベースに格納する。収集した稼働データを解析し,制御側にフィードバックすることで,生産効率の向上や異常データのサポートセンターへの送信など,装置メーカーの保守ビジネスに活用できるようにする。
HXハイブリッドでは,情報処理をスケーラブルに追加できるようカプセル化し,マルチCPUを現場で実現できるようにハードウェアを準備する。また,情報処理プログラムの開発柔軟性を向上し,開発言語,外部ライブラリなどの追加を容易にすることで,データの前処理,AI(Artificial Intelligence)分析,プロトコル変換といった必要な情報処理を現場で実行できるエッジコンピューティング機能を強化しており,製造現場とサイバー空間の双方向接続のフレキシブルな連携を実現する(図7参照)。
HF-W/IoTシリーズは,制御系と情報系をつなぐコンポーネントとして,共有メモリの搭載や各種産業用ネットワークへの対応を行い,現場から情報システムへのデータの伝達,接続性の強化を行ってきた。
今後は収集したデータを現場で処理・解析するエッジコンピューティング機能の強化を進め,制御系と情報系をつなぐことで,オートメーションシステムのIoT対応に貢献していく。