高輪ゲートウェイ駅における案内ロボット・デジタルサイネージの試行導入
ハイライト
近年の鉄道事業を取り巻く環境の変化に対応していくため,東日本旅客鉄道株式会社は2017年に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立し,2018年7月に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」の実現をめざすさまざまな実証実験をテーマ別に行っている。その取り組みの一つとして,案内AIシステムの共同実証実験が2018年・2019年で実施され,2フェーズにわたる実証実験に日立も参加した。
このたび,実証実験での日立の取り組みが評価され,2020年3月開業の高輪ゲートウェイ駅におけるAIを活用した案内ロボット・デジタルサイネージの試行導入に日立のソリューションが採用された。本稿では,試行導入されたソリューションを紹介するとともに,日立として今後取り組む旅客向け案内サービスの将来展望について述べる。
1. はじめに
近年の鉄道事業を取り巻く環境は,社会的背景および技術的背景の両面で大きな変化の局面を迎えている。人口減少や少子高齢化,働き方の変化などに起因し,鉄道による移動ニーズの減少が顕著になりつつある。また,ネット社会の進展,AI(Artificial Intelligence)やIoT(Internet of Things)などの技術革新により生活様式も多様化している。
東日本旅客鉄道株式会社(以下,「JR東日本」と記す。)は,オープンイノベーションによりモビリティ変革を実現する場として「モビリティ変革コンソーシアム」を設立し,その中のロボット活用WG(Working Group)にてスマートな案内AIシステムの構築をめざすことを目的とした実証実験を行っている1)。
一方で日立は,デジタル技術を活用した鉄道サービスの未来像を実現するHitachi Rail Innovationの取り組みを推進中である2)。そのカテゴリの中の一つであるスマートナビゲーションでは,個人に対する案内やサポート,異常時の混乱の低減を図り,旅客一人ひとりのニーズを満たすサービスの実現をめざしている。近年は,日立が従来から取り組んでいる異常時案内サイネージや列車在線情報案内,駅混雑状況案内などの一般旅客向け案内サービスに加えて,インバウンド旅客の情報ニーズに応えるための交通情報提供システムの開発を手がけてきた。その成果の一つとして,成田国際空港株式会社向け双方向デジタルサイネージ「infotouch」※1)がある。日立はこれらをはじめとする旅客向け案内サービス強化のためのソリューションの開発・展開を推進している。
- ※1)
- infotouchは,成田国際空港株式会社の登録商標である。
2. 鉄道系旅客案内サービスの動向
2.1 公共交通における旅客案内サービスの課題
内閣府が2016年に実施した「公共交通に関する世論調査」3)によると,鉄道やバスを利用する人のうち,駅やバス停などで情報が不足していると感じる割合は全体の51.2%であった。
また観光庁が2019年に実施した「訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート」4)によると,訪日旅行中に困ることとして,施設などのスタッフとのコミュニケーションがとれない(17.0%),公共交通機関の利用(12.2%),多言語表示の少なさ・分かりにくさ(11.1%)などが一定の割合を占める。
このように,公共交通の旅客案内業務においてよりきめ細かなサービスを提供していくため,インバウンド対応を含めた情報提供の強化が急務である。
2.2 鉄道事業者の取り組み
年々増加する訪日外国人への対応や駅係員の負荷軽減をめざし,さまざまな鉄道事業者がAIを活用した旅客向け案内サービスに関する実証実験を行っている。
その中でもJR東日本は,2016年10月に日立のコミュニケーションロボット「EMIEW」を活用した訪日外国人の旅客との質問応答の実証実験を,東京駅「JR EAST Travel Service Center(東京訪日旅行センター)」で実施した5)。
また,2019年5月にはJR東日本とドイツの鉄道最大手であるDeutsche Bahn AGとの共同で案内ロボットの実証実験を行っている6)。
さらに,JREロボティクスステーション有限責任事業組合主導の下,「案内AIみんなで育てようプロジェクト」共同実証実験を2018年・2019年で実施している7),8)。特に,同プロジェクトのフェーズ2では,フェーズ1で明らかとなった課題への対応策である「多言語対応」および「乗換案内・駅周辺案内・飲食店情報などの個別・具体的な質問への対応」の検証に重点が置かれた。
3. 高輪ゲートウェイ駅に試行導入された日立のソリューションの概要
3.1 試行導入の背景
JR山手線の高輪ゲートウェイ駅は,「グローバルゲートウェイ 品川」をコンセプトに,2024年頃のまちびらきを予定している新しい街の核として,東京と世界をつなぐ玄関口となることをめざし,2020年3月14日に開業した。JR東日本は,同駅を最新の駅サービス設備の導入や実証実験を進める場所と位置づけ,AIを活用した案内ロボット,デジタルサイネージや,さまざまな自律移動型ロボットを試行導入している9)。
日立は,前述した 「案内AIみんなで育てようプロジェクト」のフェーズ1にはEMIEW10)を,フェーズ2にはデジタルサイネージ(以下,「サイネージ」と記す。)を使用して実証実験に参加しており,この両者を連携したソリューションが高輪ゲートウェイ駅で試行導入されることが決まった。これは,EMIEWとサイネージのそれぞれが,前述の各フェーズでの課題に対する成果を出し,かつ両者を組み合わせることで相互に機能が補完できる点が評価されたと考えている。
3.2 日立のソリューションの全体概要
日立が提供したソリューションは,EMIEWとサイネージが連携した案内サービスである(図1,図2参照)。本ソリューションの特長は,EMIEWのコミュニケーションロボットとしての各種機能と,サイネージの分かりやすい画面表示・画面操作性など,両者の強みを生かした旅客案内を可能とする点である。EMIEWは利用者の接近を検知して発話を促し,雑談や駅構内のよくある問い合わせに回答する。駅周辺の情報や乗り換えに関してはサイネージの使用を促し,サイネージはボタン操作で音声を認識してから画面上に地図や画像などを表示して案内する。サイネージ操作中は,EMIEWはサイネージの操作状態を識別し,EMIEW自身への問い合わせのみに回答する(図3参照)。
図3|サービスの概要 EMIEWは利用者の接近を検知すると発話を促し,雑談や駅構内のよくある問い合わせに音声で回答し,乗り換えや駅周辺施設に関する問い合わせにはサイネージの使用を促す。サイネージ使用中も音声を認識し,自身への質問と判断した場合には回答する。
EMIEWの詳細については参考文献10),11)を参照されたい。以下ではサイネージの特長について説明する。
サイネージでは,タッチパネルディスプレイによる画面操作,音声デバイスによる音声認識が可能である。筐(きょう)体は,車椅子の利用者も操作できる形状としている。多言語の案内にも対応しており,日本語・英語・中国語・韓国語の4言語の音声認識および画面表示が可能である。
サイネージを利用する際の流れとしては,ボタン操作で音声認識を開始し,利用者の発話内容,および意図を解釈してFAQ(Frequently Asked Questions),あるいは外部サービスより情報を取得し,乗り換え案内情報や地図などにより,検索結果を画面に表示する。結果表示後は,地図操作,複数候補からの選択など,画面操作で詳細な情報の閲覧が可能である。経路検索の結果はQRコード※2)でスマートフォンとの連携が可能なため,利用者は移動中でも検索結果を閲覧することができる。
利用者の発話内容に対しては,駅名や施設名だけでなく「これから東京駅に行きたいですがどうすればいいですか」や「近くの観光地を教えてください」のように,駅員やオペレータなど,人との会話と同レベルのフレーズ入力でも案内可能としている。3.3節および3.4節では,これを実現している意図理解検索機能,および外部サービス連携について述べる。
- ※2)
- QRコードは,株式会社デンソーウェーブの登録商標である。
3.3 サイネージにおける意図理解検索機能の仕組み
サイネージが利用者の質問に基づいて回答する仕組みは,システム内部の検索機能によって成り立っている。検索機能の処理としては,利用者の質問文と事前登録された想定質問文を比較して,最も近い想定質問文にひも付けられた回答文を出力する。
今回適用した意図理解検索機能は,事前に準備した意図用辞書にて利用者の「質問の意図」を識別する。この識別した質問の意図および質問文で,事前登録された想定質問文を検索する(図4参照)。この手法により,「入場券の値段を教えて」,「入場券はいくらですか」など言い回しの異なる想定質問文の登録が不要となり,チューニングやメンテナンスにかかる工数が低減された。
図4|意図理解検索機能の仕組み 事前に準備した意図用辞書にて利用者の質問の意図を識別し,質問の意図と質問文の文字列で,事前登録された想定質問文(FAQ)を検索し,回答文を取得する。
3.4 サイネージにおける外部サービス連携
サイネージでは今回,以下の三つの外部サービス連携を実現した(図5参照)。
図5|外部サービスとの連携イメージ 最初にFAQを検索し,該当する回答がなければ外部サービスと連携する。これにより現在地からホームまでの駅構内経路,交通乗り換え案内情報,屋外徒歩ルート情報を含む,利用者の最終目的地までの経路を案内可能としている。
- 交通経路検索サービス
- 屋外地図サービス
- 運行情報提供サービス
高輪ゲートウェイ駅周辺の施設情報・飲食店情報や,電車を利用する目的地までの案内については外部の情報サービスと連携して案内する。旅客から問い合わせられる駅名,施設名,カテゴリ名称などをすべてFAQで解決するためには膨大なデータの登録および変更時のメンテナンスが必要となるため,これらの案内はFAQではなく外部サービスと連携して案内する方式が望ましい。
今回実現した三つの外部サービスを連携することで,現在地から利用者の最終目的地までの経路案内ならびに,遅延情報,運転見合わせ情報など,利用者の経路に応じたリアルタイムな運行情報の提供も可能としている。
将来的には,列車在線位置情報や駅・車両混雑案内,列車座席予約などの外部サービス連携を追加することにより,さらなる案内の充実を実現可能である。
4. 鉄道旅客向け案内サービスの展望
今後のJR東日本との協創においては,スマートな案内AIシステムの実用化に向けて,高輪ゲートウェイ駅への日立のソリューションの本格導入ならびに首都圏主要駅への展開などをめざしたい。
日立としては,本ソリューションの展開も含めてスマートナビゲーションの実現に向けた取り組みを引き続き推進していく。特に,日立がめざすスマートナビゲーションの将来形である「混雑や運行状況に応じたDoor to Doorナビ」や「個人の状況や嗜(し)好に応じたパーソナライズナビ」の実現には,さまざまなリアルタイムデータと連携した情報提供や,混雑予測・列車在線位置予測といった将来予測に基づく動的な情報提供が求められている。また,この情報提供に基づくナビゲーション結果に対する精度・満足度の評価や測定,およびユーザーフィードバックによるナビゲーションの精度向上や高度化についても取り組むべき課題である。
これらの課題を鉄道事業者各社との協創を通じて解決していくことで,将来的には旅客と複数事業者をつなぐ全体最適交通案内を実現するべく活動を継続していく。
5. おわりに
本稿では,JR東日本のモビリティ変革コンソーシアムの枠組みの中での顧客協創の事例として,高輪ゲートウェイ駅におけるAIを活用した案内ロボット・デジタルサイネージの試行導入について紹介した。今後も鉄道利用者向けのシームレスでストレスフリーな移動を実現するとともに,鉄道事業者における案内サービス品質向上をめざした取り組みを継続する。
参考文献など
- 1)
- JR東日本ニュース,「モビリティ変革コンソーシアム」の実証実験開始について(2018.9)(PDF, MB)
- 2)
- 森本寛之,外:Hitachi Rail Innovation デジタル技術を活用した鉄道サービスの未来像,日立評論,100,2,182~187(2018.3)
- 3)
- 内閣府政府広報室,「公共交通に関する世論調査」の概要(2017.2)(PDF, 1.11MB)
- 4)
- 観光庁,令和元年度「訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート」調査結果(2020.3)(PDF, 328kB)
- 5)
- 東日本旅客鉄道株式会社,東京駅「JR EAST Travel Service Center」で対話型ヒューマノイドロボットの実証実験を実施(2016.9)(PDF, 122kB)
- 6)
- JR東日本ニュース,ご案内ロボットの実証実験をドイツ鉄道と共同で実施します(2019.5)(PDF, 185kB)
- 7)
- JR東日本ニュース,「案内AI みんなで育てようプロジェクト」共同実証実験開始について(2018.11)(PDF, 677kB)
- 8)
- JR東日本ニュース,「案内AIみんなで育てようプロジェクト(フェーズ2)」共同実証実験について(2019.6)(PDF, 1.03MB)
- 9)
- JR東日本ニュース,高輪ゲートウェイ駅の概要について(2019.12)(PDF, 2.27MB)
- 10)
- 本格実現に向けて動き出したサービスロボティクスシステム 実証から事業化の段階にさしかかった接客・案内サービスロボット「EMIEW3」,日立評論,99,1,12~14(2017.1)
- 11)
- 日立リリースニュース,受付・案内・巡回監視などを行いビル内業務を支援するコミュニケーションロボット「EMIEW」を本格事業化,(2020.3)(PDF, 1.02MB)