中国における既設建屋後付けエレベーターの業務展開
ハイライト
中国では,1980年から90年代にかけてエレベーターがない建物が多く建設されているが,高齢化社会や利便性の向上志向に伴い,移動手段改善のニーズが高まっている。そこで,日立は既存の建物に後から追加設置する後付けエレベーターを市場投入した。日立の後付けエレベーターは,既存の建物環境や利用状況に応じた多様な据付パターンにより,さまざまな顧客のニーズに対応している。また,積極的な宣伝活動を行うことにより市場を開拓してきた。さらに,2018年に後付け専用のエレベーターとして開発した「LGE-E」は,施工期間の短縮,施工時の生活環境への影響の低減を実現した。
1. はじめに
中国では,経済発展に伴い国民のQoL(Quality of Life)向上への要求が高まりつつあり,住宅内部の環境の改善に加え,移動手段の改善が求められている。こうした中,住居内における移動手段として,エレベーターは高層建築のみならず,低層建築にも欠かせない設備となっている。中国の団地には60年の歴史があり,1980年から90年代にかけては,エレベーターのない団地が多く建設されている。
高齢化がますます顕著になりつつある現在,高齢者の建物内の移動は中国政府・社会の課題となっており,古い建物にいかに安全にエレベーターを後付けするかが注目されている(図1参照)。
2. 後付けエレベーターのニーズ
高齢化社会・利便性の向上志向に伴い,エレベーターのない古い建物への後付けエレベーターのニーズが高まっている。
2.1 社会的な後付けエレベーターのニーズ増加
既存の建物への後付けエレベーター設置に対する支援が中国政府から発表されて以来,後付けエレベーターへのニーズは年々高まっている。2017年には,高層老朽住宅に対する後付けエレベーター設置への支援および高齢者が多数居住している住宅への後付けエレベーター設置の優先支援が発表された。続く2018年には,既存住宅への後付けエレベーターの設置基準が緩和され,さらに政府支援地区における既存住宅への後付けエレベーター設置を推奨することが発表された。そして2019年には,既設の建物に対する後付けエレベーター設置への支援が政府活動報告書にて示され,国家全体としての取り組みの意味合いが大きくなっている。
2.2 顧客の特徴
後付けエレベーター設置の計画に参加する団地のオーナーは主に高齢・中年齢層が多く,彼らが製品を選ぶ基準は商業施設の場合とは異なる。
オーナーが高齢層の場合は,後付けエレベーターを設置する意向が非常に強いが,製品の実用性・耐用性・安全性を求めると同時に,より安価であることを求めている。一方,オーナーが中年齢層である場合は,製品に対して分析・比較を行い,製品の実用性,耐用性,安全性,価格,品質,性能など多岐に渡る項目について検討を行うため,それぞれの意向に沿った製品の提案が必要となる。
また,団地住宅で後付けエレベーターを設置する場合は,オーナーおよび住民の一定者数の賛同を得る必要があるが,高層階に住んでいる住民が後付けエレベーターの設置を強く求めているのに対し,低層階に住んでいる住民は現状に不便さを感じていないことや設置後に陽当たりが悪くなるなどの懸念により,後付けエレベーターの設置に反対する意見も少なくない。
2.3 据付手段・期間の検討
1980年から90年代に建てられた住宅には,火災時の避難経路の確保など,建物の環境や基準を考慮すると後付けエレベーターを設置するためのスペース確保が困難な場合もあり,建物の状況に応じた据付手段を検討する必要がある。また,従来機種を後から設置する場合には,3~6か月程度の施工期間を要し,施工時に発生する粉塵(じん)・騒音なども住民の生活に大きく影響を与えることになるため,施工期間の短縮も課題となっている。
3. 後付けエレベーターの業務展開
3.1 市場の開拓
後付けエレベーターの市場開拓においては,顧客にとってより身近な支社と代理店の営業員が重要な役割を担っている。市場開拓には,従来のエレベーターに関する知識のほかに,後付けエレベーター全体の知識も必要となるため,後付けエレベーター専門担当者の育成,販売業務フローの確立,支社と代理店間の情報共有化促進といった施策により,積極的に市場を開拓した。
また,市場を開拓するうえでは,政府からの支援状況,建物敷地内の後付けエレベーターの設置スペース,集合住宅の規模などの情報を事前に把握しておくことも重要である。
こうした有効的かつ効率的な営業活動により,広州では,日立の後付けエレベーターを市内の大学教師寮に180台納入することとなり,同市内および全国展開に向けたモデルケースとなった。
さらに,市内中心部に位置する宣伝効果の高い大規模な団地において宣伝会を開催し,各団地のオーナーへの資料配付,後付けエレベーターの必要性や設置までの段取り説明を実施するなど,効率的な宣伝活動を展開している。また,後付けエレベーターに対する団地オーナーの関心が高く,かつエレベーター関連の政府の支援政策が発表された地区では常設型の展示ホールを設立し,団地のオーナーに対していつでも後付けエレベーターの商品説明を行える環境を整えた(図2参照)。
これらの取り組みにより,日立の後付けエレベーターの契約台数は年々増加している。近年の日立の後付けエレベーターの契約状況を図3に示す。
図2|中国国内における後付けエレベーターの宣伝活動 市内中心部に位置する大規模団地における宣伝活動の様子(左)と,顧客に対して製品説明を行う常設型の展示ホールの内観(右)を示す。
3.2 据付の多様性
3.2.1 昇降路構造の多様性
日立では,建物の設置環境・状況に応じて,さまざまな昇降路を提供することで顧客のニーズに対応している。日立が提供する主な昇降路パターンとその特徴は,以下のとおりである。
- コンクリート構造
安全性に優れ,メンテナンスが不要である。 - 鉄骨構造+ガラス
施工周期が短く,景観・採光性に優れている。 - 鉄骨構造+アルミ板
施工周期が短く,軽量である。
3.2.2 昇降路据付パターンの多様性
既存の建物における昇降機の設置環境は建物ごとに異なる。図4に示す例では,2棟の建物の間に昇降路を設置することにより,2棟の住人がエレベーターを共用することを可能としている。二方向出入口のエレベーターを活用することで,どちらの建物からもアクセスが可能である。また,図5に示す例では,階段の正面に昇降路を設置して,階段から直接エレベーターの出入口正面にアクセスできる構造としている。利用者のニーズに応えるべく,日立では既存の建物の環境や利用状況に合わせ,多岐にわたる昇降路据付パターンを提供している。
3.3 後付け専用エレベーターの開発
2018年には,低積載量・低速・低階床(6~9階床)といった比較的小規模のエレベーターを望むニーズに応えるべく,既存の建物への後付け専用のエレベーター製品「LGE-E」を開発した。
3.3.1 積木式昇降路
「LGE-E」は,工場内で主要機器・部品と昇降路をユニット化して現地に発送し,施工時にユニットを積み上げるだけで,容易に据付作業を完成させることができる(図6参照)。後付け専用エレベーター「LGE-E」の開発により,施工周期は大幅に短縮され,住民の要望に素早く対応できるようになったほか,施工作業時の粉塵・騒音の低減など,生活環境への影響を低減した。これにより,さらなる競争力の向上を図ることができた。「LGE-E」と従来機種の施工周期の比較を表1に示す。
3.3.2 昇降路内の温度上昇防止構造
「LGE-E」は,外付けの昇降路が長時間陽射しを浴びることによる昇降路内の温度上昇を防ぐため,多方向・上下対流・自然通風を可能とした構造とし,昇降路内の温度上昇による製品の性能低下・低寿命化の防止を図っている。
4. おわりに
既存の建物への後付けエレベーター設置については,地域行政によるガイドライン策定と導入を推奨する政策の発表に伴い,今後,大いに発展することが見込まれる。
日立の後付けエレベーターは中国広州において60%以上のシェアを占めているが,施工性などを考慮した後付けエレベーター専用機種「LGE-E」の製品開発および投入により,さらなる市場の拡大を図っている。また,2019年末までに中国国内の27の省・市,計69の地域においてエレベーター後付けガイドラインが発表されたことを受け,今後はさらなる需要増に応えるべく,製品の開発と拡販を進めていく。