デジタル×デザインにより顧客と協創するニューノーマル時代の新たな価値
ハイライト
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け,新しい生活様式を基本としたニューノーマル時代が到来しつつある。
新たな価値創出への期待がますます高まる中,日立はデザイン思考やサービス工学に基づく顧客協創方法論「NEXPERIENCE」によって顧客のニューノーマル時代の将来ビジョンを描き,新たな解決策を顧客と共に創生する活動を推進している。
本稿では,NEXPERIENCEの実践活動を担うフロント部門の取り組みを紹介する。
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症の拡大によって世界の環境は大きく変化し,不安定かつ不確実な先が見通しにくい状況が続いている。各企業ではコロナ禍以前から改善を重ねてきており,単独部門での取り組みや既存技術での解決が困難な課題,イノベーション創出といった難易度の高い課題が残存している状況であった。こうした中,日立では課題発見・解決案の創生・価値検証を行う,デザイン思考1)を取り入れた顧客協創方法論「NEXPERIENCE2),※)」を実践し,対象業務のニーズを捉え,新たな解決策を顧客と共に創生する活動を推進してきた3)。
本稿では,これまでに取り組んできた事例や,活動を通じて蓄積したノウハウや実績を踏まえ,ニューノーマル時代における将来ビジョンの検討について述べる。
- ※)
- 東京社会イノベーション協創センタが研究開発し,2015年に発表した,デザイン思考やサービス工学に基づく方法論である。
2. 日立の顧客協創活動
日立製作所のデザイン部門は,1957年に「意匠研究所」として発足した。それから60年以上が経った今も,日立はデザインのビジネス活用に向けた取り組みを続けている。近年ではNEXPERIENCEを活用し,「フォアキャスト」と「バックキャスト」の二つのアプローチによって顧客業務の将来ビジョンを策定する機会が増加している。前者では,現状課題起点で将来ビジョン・改善施策を顧客と協創する。後者では,PESTLE[Political(政治的),Economic(経済的),Social(社会的),Technological(技術的),Legal(法律的・規制的),Environmental(環境的)]の観点で顧客を取り巻く将来環境を洞察し,その中で自分たちのありたい姿を将来ビジョンとして描き,新たな事業機会を探索する。ニューノーマル時代の業務検討に際しては,後者を応用し,アフターコロナの事業環境を改めて考察し,業務を再定義する。
以降では,コロナ禍により変化した事業環境を洞察した日立社内における実践事例と,顧客との協創事例を紹介する。後者では,ニューノーマル時代の事業環境を考察したうえで「ありたい業務像」を描く事例,デジタル活用による将来像とその実現に向けたロードマップを策定した事例に加え,描いた将来像をデジタルにより具現化した事例について詳述する。
2.1 日立社内での実践事例
図1|コロナ禍の兆候導出によるニューノーマル時代の事業検討ワークショップ コロナ禍における日本企業の事業環境をPESTの観点で洞察し,五つの兆候として整理した。洞察に向けて,約100件のPEST考察を兆候カードとしてまとめ,顧客との協創ワークショップに活用している。
新型コロナウイルス感染症によって自らも大きな影響を受け,日立はその状況を打開するための行動を起こした。新型コロナウイルス感染症が顧客のビジネスに与える影響を,PESTの観点で約100件導出し,バックキャストで洞察した。そのうえで顧客課題を考察し,日立が課題解決に寄与できる施策アイデアを策定した(図1参照)。
2020年4月,日立がどのように活動していくべきかを策定する第一歩として本活動はスタートした。部門代表の検討メンバーを含む50名超の体制で,当初3か月で立案した計画を,実質1か月に短縮して実践した。これは,状況や変化を予測することが難しいコロナ禍において,計画を緻密に立案し実践するウォーターフォール的な方法ではなく,デザイン思考のアジャイル的な方法が有効と判断したためである。プロジェクトの立ち上げ,2回のワークショップ,結果まとめ,次フェーズへの引き継ぎという活動の企画・設計・実践を迅速に実現できたのは,NEXPERIENCEという体系化された方法論と,関連部門との連携,さまざまな制約条件がある顧客との実践で培ったノウハウや経験によるところが大きい。
緊急事態宣言下の5月に実施した第1回ワークショップは,協創活動の強みである対面方式で実施できない初の試みであり,研究所など連携している関係部門のノウハウを参考に設計し,実践した。6月開催の第2回ワークショップは,オンサイトとリモートを併用し,双方のメリットを生かして三密を回避しながら実施した。併用時の課題の一つはオンライン参加者の参加意欲を高めることであり,これを解決するためファシリテーションやワークショップ設計を工夫した。また,参加者50名超の「オンラインで密」な討議は,Web会議ツールと運営上の工夫により実現した。
2.2 顧客との協創事例
2.2.1 バックキャストで描く将来の業務像
図2|ニューノーマル時代の影響からのバックキャストによる検討アプローチ フォアキャストアプローチは現状業務課題のようなファクトから今後のありたい姿を考えるが,バックキャストでは,将来生じる事象を考察し,考察した事象からありたい姿を検討する。
顧客協創により将来像を描く際は,将来の事業環境の変化などを洞察し,それを与件にバックキャストで将来のありたい姿を検討するNEXPERIENCEのビジョンデザイン手法を活用する。A社とは,このビジョンデザインを応用し,ニューノーマル時代の新たな要件を含む将来像を策定した。
新型コロナウイルスの影響を受け,A社には需要の急激な変動などの大きな事業環境変化が生じつつあった。この大きな変化には従来業務では十分な対応ができないと想定され,ニューノーマル時代に応じた新たな業務のあり方が求められていた。
これに対し,日立は,ニューノーマル時代の新たな業務像をバックキャストで描く協創ワークショップを提案した。バックキャストで検討するメリットは,従来業務の固定観念にとらわれない新たな発想で議論できることであり,A社の置かれた状況に対し,抜本的な業務変革の方向性が検討できると考えたためである。
ワークショップでは,新型コロナウイルスの出現によってもたらされるニューノーマル時代の経済や価値観などの変化がA社にどのような影響を与えるかを具体的に洞察し,その結果からバックキャストで今後のありたい業務像を検討した(図2参照)。また,ワークショップにはAI(Artificial Intelligence)などデジタル技術に精通した日立の技術者も参画し,ありたい姿の実現施策を共に描くことで,アイデア発想にとどまらない実現性のある検討を行った。
現在,A社では日立を協創パートナーとして,ニューノーマル時代の到来に向けたデジタルトランスフォーメーションを加速させている。
2.2.2 デジタル活用による将来像と実現施策の検討
複数部門に関わる業務の将来ビジョン策定や取り組み課題の検討は,業務が多岐にわたり,関係者も多いため,どこからどのような検討を開始するか,どの施策をどの手順で取り組むかといった検討・決定が難航することもある。この課題を解決するべく,日立ではプロジェクト立ち上げフェーズでの協創ワークショップ実施を推奨している。これは,ワークショップでは参加者の発言がその場で目の前のフレームに貼り出され,これを取り込んで作成されるアウトプットは参加者の意見そのもの,つまり,参加者が納得感を持ち主体的に取り組むものとなるためである。
顧客B社は,サプライチェーン全体での品質管理実現に向けたプロジェクトを推進していた。B社とのワークショップでは,「NEXPERIENCE/Service Ideation」のフレームワークを応用し,デジタルにより実現するサプライチェーン全体像と,実現に向けた施策,ロードマップ策定のための討議を行った。B社製品を通じて提供する価値と,価値実現のための課題,課題を解決する施策を,業務全体を俯瞰しながら討議した(図3参照)。この方法には,全体像と個々を同時に確認しながら議論できるため参加者の納得感を得やすいという効果がある。B社との議論では,品質業務に関わる顧客社内の5部門と,デジタルなど関連技術の日立の有識者が一堂に会し,将来ビジョンの共有と,実現のための施策アイデア導出までを約半日で実施した。討議結果は,全体像および取り組む方向性・実施手順が日立成熟度モデル上で明示的に整理されており,事業ロードマップ作成などに活用され,プロジェクト推進のよりどころとなっている(図4参照)。
2.2.3 デジタル×デザインにより具現化する顧客企業の価値観とノウハウ
企業は現行業務の改善に日々取り組んでいるが,今なお残る課題もある。特に歴史のある企業が,昔から創意工夫を重ねてきた結果,「会社の強み」となっている業務ほど,従来からの紙での運用や人の柔軟性を前提とした業務になっており,デジタル化が進めにくいことが課題となっているケースも多い。
顧客C社の事例は,グローバルレベルで評価の高い顧客満足を提供する接客要員を育ててきた,人事業務に関するものである。C社の育成と評価の仕組みは,評価者と従業員の対話を重視したもので,従業員からの評判も良かったが,紙の帳票や,帳票をそのまま再現した表計算シートなど,手間のかかる業務ツールが多く,デジタル化されているとは言いにくいものであった。
そこでC社では,時代に合わせた抜本的な改革を進めるために,日立と共に現場業務のフィールドリサーチや業務担当者とのワークショップを重ね,「タレントマネジメントシステム」の構想を描くことから着手した。また本開発の前にも,スマートデバイスを用いた試作機の現場での試用を通じて,実際に導入した際のイメージを持ってもらうなど,入念に構想を具体化してきている。その後,本開発が始まってからも,主要機能については試作画面を用いたロールプレイングによるワークショップを行うなど(図5参照),現場の価値観やノウハウを機能レベルで設計書に盛り込み,現場と開発が一体となってシステム構築を進めている。
2.3 顧客協創方法論「NEXPERIENCE」とその実践活動
これらの顧客協創において活用するNEXPERIENCEは,将来事業機会の発見,課題分析,サービスアイデア創生,ビジネスモデル設計,事業性評価といった各ステップで必要なフレームワークやITツールを有し,顧客との高品質かつ効率的な協創活動の実践を支えている。
これを活用して協創活動を推進する日立製作所のシステム&サービスビジネスユニット Lumada CoE Exアプローチ推進部は,インダストリーおよびモビリティ,ライフ,エネルギー,ITの5セクターのさまざまな業種・業界の顧客との実践ノウハウ・経験を横断的に蓄積し,NEXPERIENCEのフレームワークやツール,別の顧客との協創活動へとフィードバックを行うことで,それぞれの進化発展を図っている。
3. おわりに
ここでは,顧客協創方法論「NEXPERIENCE」を活用し,実際に社内や顧客との協創で実践した事例を用いて概要を述べた。
日立はこれからも,これまでの業務の延長線上にはないニューノーマル時代ならではの要素を加え,日立グループ横断で培ったノウハウ・経験と,進化発展を続けるNEXPERIENCEをベースに,デジタル×デザインによる新たな顧客価値の提供に向けた活動を実践していく。
参考文献など
- 1)
- 経済産業省,外,「デザイン経営」宣言,産業競争力とデザインを考える研究会(2018.5)(PDF形式、2.8Mバイト)
- 2)
- 日立製作所,One Hitachiで社会イノベーションを生み出す-顧客協創方法論「NEXPERIENCE」(2018.4)
- 3)
- 新家隆秀,外:IoTを活用した新たな保険サービス創出への取り組み,日立評論,98,9,571~574(2016.9)