[ⅲ]エネルギー分野の情報制御システム再生可能エネルギー大量導入時の課題を解決するグリッドエッジソリューションスロベニア共和国でのシステム実証
ハイライト
昨今,パリ協定に代表される地球温暖化防止をめざした脱炭素化への国際的な取り組みの中で,電源の再生可能エネルギー化は重要な位置を占める。しかし,電力系統に再生可能エネルギーが大量に接続されると,さまざまな課題が生じる。
日立は,スロベニア共和国において,これらの課題を解決するためのシステム提供を行い,同国内の規模の小さな提供先を含めて共通的に利用できるようにするためにクラウドサービスを構築した。一部の実証はまだ継続中であるが,これまでの実証からソリューションの有効性を確認している。ここでは,世界各国で展開されるスマートグリッドに関する優れた取り組みを表彰する「ISGAN Award 2020」において,最高位である「Winner(最優秀賞)」を受賞した本実証の取り組みを紹介する。
1. はじめに
1.1 欧州の電力事情
欧州では気候変動対策の観点から脱炭素化政策が進められており,2019年,欧州連合(EU:European Union)は2030年までの再生可能エネルギー比率,エネルギー効率化,温室効果ガス削減の数値目標を盛り込んだ一連のエネルギー法令(クリーン・エネルギー・パッケージ)を制定した。再生可能エネルギーについては,最終エネルギー消費量に占める割合を32%とすることをめざし加盟国に積極的な導入を促している1)。そのために,変動する再生可能エネルギーを電力供給の安定性や信頼性を担保しつつ,効率的かつ経済的に活用できるよう,システムや市場の整備,新たな技術の活用促進,規制局や事業者の責任を拡大するための施策を打ち出している。
1.2 スロベニアの電力事情と課題
スロベニア共和国は,1991年に旧ユーゴスラビアから独立し,2004年にEUに加盟した人口約200万人の中欧に位置する国である。同国では,EUの政策に沿って2020年までに最終エネルギー消費量の25%を再生可能エネルギーとする目標を掲げて推進してきており,さらに2020年には2030年までに同目標値を27%まで引き上げることを発表した2)。
配電網に連系する分散電源である再生可能エネルギーの増加に伴い,配電会社であるDNO(Distribution Network Operator)は電圧変動,停電,過負荷,調整力・予備力確保に対応する,より高度な系統管理技術が必要となる一方で,設備の老朽化に伴う課題への対策も迫られており,投資を抑えながら高度な運用ができるソリューションが求められている。
また市場の自由化を背景に,電力小売事業者や需要家においても,より高度なエネルギー管理技術を活用し,安定的かつ経済的な電力の確保,レジリエンス強化,電力市場への積極的な参画や関与といった動きが出てきている。蓄電池などを保有する需要家も出てきており,今後もその流れは加速し,需要家が系統安定化に貢献することを送配電事業者も期待している。
スロベニアは小国ならではの機動性を生かし,新技術の開発・実証に積極的であり,電力分野においても前述のような課題に対応すべく,国内外のステークホルダーと連携しながら多数のプロジェクトが進められている。また配電網を所有するDNOが5社と,配電網の運用を担う公企業の配電系統運用者DSO(Distribution System Operator)が1社存在し,DSOは各DNOから配電網をリースして運用しているが,実際には運用業務を各DNOに委託している。
2. 実証の背景と内容
本実証では前章で述べたスロベニアの課題に対応すべく,複数の配電会社にサービスを提供し,顧客のシステム開発コストを削減可能なクラウド型の配電系統監視制御システムDMS(Distribution Management System)3)およびエネルギー管理システムAEMS(Advanced Energy Management System)の実証4)を行った。
2.1 クラウド型DMS
表1|EUおよび隣国の配電会社数 Eurelectricの「Power Distribution in Europe Facts & Figures」における2010年度時の会社数を基に,日立の情報にてアップデートしたものを示す。
表1は,EUおよびEU未加盟の隣国セルビア共和国のDNOの数を示したものである。国土面積,人口を考慮しても,大手10社が配電系統を管理運用している日本と比較して桁違いにDNOが多い。この傾向は本実証の対象であるスロベニアでも同様であり,四国と同程度の面積の国土に五つのDNOが存在し,開発ベンダーや機能レベルの異なるDMSが複数導入されている。一部のDNOではDMSが未導入の場合もある。個々のDNOの財務状況,設備管理レベルも異なり,データ連携や機能連携もできていない。今後,中小規模DNOでもシステム開発コストや運用コストを抑えながら,電力品質向上のための高度な電圧調整機能や事故復旧機能,DR(Demand Response)機能を有するDMSを整備するために,複数のDNOで共有可能なクラウド型のDMSを構築し,実証を行った。
2.2 クラウド型AEMS
スロベニアでは,2014年に大寒波を起因とする大規模停電が発生したため,緊急時に備えて病院などの重要設備を保護するニーズがあり,降雪や落雷により瞬間的に電圧が低下する瞬時電圧低下は,工場など高品質な電力を必要とする大口需要家に影響を与えるため,対策が必要とされている。また,送電事業者は火力発電の減少や発電機の老朽化により周波数調整に必要な予備力の減少に直面し,新たな供給源として蓄電池を含む分散電源の活用を視野に入れている。よって実証では,アイランディング(系統事故時の自立運転),アンシラリーサービス(送電事業者への調整力の提供)などの複数機能を有したクラウド型エネルギー管理システム(AEMS)を構築し,実証を行った。
2.3 実証システム構成
3. クラウド型DMS
本実証では,サーバ集約,仮想化のアーキテクチャを採用したクラウド型DMSの開発を行い,DNOに対してサービスを提供した。以下,概要について述べる。
本実証の具体的なクラウド型DMSは,DMSをクラウドサービスとしてデータセンター内に設置し,各DNOには操作用コンソールのみを設置した。このような提供形態を取ることで初期投資額の削減,各DNOでの運用ルールや電力品質管理などの運用の差異の最小化,システムのメンテナンスなどのランニングコストの削減などが可能になる。ソフトウェア技術的には,DMSアプリケーションソフトウェアは,クラウドサーバシステムに実体が一つだけ存在するが,個々のDNO向けのデータベースや画面は論理的に別々に生成される。これらによって,他DNOのデータや画面を参照できないようにすることで情報セキュリティを担保するとともに,個々のDNOの操作内容が他DNOに影響を与えないようにした(図2参照)。このクラウド型DMSは,前章で記述した小規模・多数のDNOを有する地域に対して容易にDMS導入を促す有効なソリューションになると考えている。
4. 配電系統の電圧制御技術
本実証の第1フェーズでは,高度な電圧調整機能,事故復旧機能およびDR機能など複数のテーマを進めてきた。ここでは再生可能エネルギー大量導入による電圧変動などの問題に対応するための制御技術に特化して紹介する。
4.1 電圧調整手法
配電系統における主な電圧調整手法としては,主に以下の三つの手法が挙げられる。
- Standalone Control
OLTC(On-load Tap Changer)付き変圧器などの電圧調整器が自端の計測情報に応じてタップを変更することで電圧を調整する。 - Rule-based SCADA Control
特定の計測点の電圧などが規定値を逸脱した場合に,タップを変更する機器を事前にルール化しておき,ルールに従ってSCADA(Supervisory Control and Data Acquisition)がタップを制御する。 - Distribution Model Based Voltage Control(VC)
系統全体の計測情報と潮流計算結果に基づいてDMSが複数の変圧器の最適なタップ位置の組み合わせを算出するようにする。
本実証では(3)の手法を採用し,目標電圧範囲逸脱の解消およびタップ切り替え回数に対する本手法の効果について実系統で評価した5)。
4.2 アルゴリズム
最適なタップ位置を算出する問題は,いわゆる混合整数非線形計画問題(組合せ最適化)であり,例えばタップ段数が10段の変圧器が5個存在するだけでも,10の5乗(=100,000)通りの膨大なパターン数となる。このすべての組み合わせを全探索しては実用的な時間内で最適なタップ組み合わせを算出することは不可能である。そこで本実証では最適化アルゴリズムであるタブサーチ法を用いて高速に最適解を算出する(図3参照)。
4.3 実証条件
実証にあたり,高圧・中圧変圧器用OLTCおよび中圧・低圧変圧器用OLTCを制御対象とした。センサー計測値または潮流計算結果の電圧が,DMSで設定された目標電圧範囲を逸脱したときにDMSは電圧逸脱を検出し,タップ位置の算出および制御を行う。目標電圧範囲はDNOと協議し,定格電圧に対するパーセンテージとして,上限を108%,下限を95%とした。なお,EUの規格であるEN50160の適正電圧が±10%であることから,本目標電圧範囲はEUの規格より厳しい条件である。
4.4 実証結果
図4に示すとおり,ある1日に発生した目標電圧範囲逸脱692件のうち,87.4%にあたる605件を採用したVCによって解消することができた。一方,解消できなかった目標電圧範囲逸脱は,配電設備形成そのものに問題があり,タップをどのように変更しても逸脱を解消できないケースであった。なお,EU規格のEN50160で評価すると電圧違反は発生しなかった。また,1日のタップ切り替え回数について,スロベニア側のベンダーが本実証で採用したRule-based SCADA Controlと,VCの二つの手法を比較したところ,図5に示すとおり,前者が16回であるのに対して後者が7回となり,VCの方が少ないタップ切り替え回数で電圧逸脱に対応できた結果となった。
5. 需要家設備を用いたエネルギー市場への予備力供給
本実証の第2フェーズでは,複数のエリアおよび需要家設備を用いたエネルギー市場への予備力供給を行うアンシラリーサービスや,後述する地域社会のレジリエンス強化の一環としたアイランディングサービスの提供を実施予定である。以下,概要について紹介する。
5.1 アンシラリーサービス
欧州における電力品質(周波数,電圧)維持のための調整制御に対し,欧州電力系統運用者ネットワークENTSO-E(European Network of Transmission System Operators for Electricity)では各々の国に調整余力(Reserve)の確保を義務付けており,応答を開始してから発電機が所定の出力レベルになるまでにかかる時間,所定の出力で運転継続可能な時間の2点を基準に,(1)FCR(Frequency Containment Reserves:周波数制御予備力),(2)FRR(Frequency Restoration Reserves:周波数回復予備力),(3)RR(Replacement Reserve:代替予備力)に分類されている6)。
スロベニアでは,(1)はPrimary Control,(2)はSecondary Control,(3)はTertiary Controlと名称定義されており,EU施策の風力・太陽光などの出力変動型の再生可能エネルギー電源の比率の増加および火力などの老朽化による発電機の減少による調整余力不足により,蓄電池活用やプロシューマの調整余力活用を視野に入れ,調整余力の確保を進めている。本実証では,実需給タイミングで電力需給バランスのために調整されるSecondaryおよびTertiaryの調整余力を供給するためのアンシラリーサービスをAEMSにて提供を行う。
5.2 蓄電池を用いたSecondary Control
スロベニア唯一の送電系統運用者TSO(Transmission System Operator)では,Secondaryを各リソースの水力発電や火力発電,熱源供給システムCHP(Combined Heat and Power)などに対し,SCADA/EMSにて周波数変動など系統監視のうえ,P(有効電力)指令要請を行うことで予備力を確保している。既存設備では予備力が不足しているため,追加として分散電源の蓄電池を導入し,TSOのSCADA/EMSとAEMSが連携し,本実証の提供サイトである首都リュブリャナの市街地に位置する複合商業施設BTC(Blagovno Trgovinski Center)およびスロベニア西部の山間部に位置するイドリヤ市の蓄電池に対してP指令要請を行うことで,異なるエリアの調整予備力を統合管理する。このSecondary予備力供給のサービスを2021年7月より開始予定である。
またイドリヤ市の蓄電池は,大容量の鉛蓄電池と小容量のリチウムイオン電池(LiB:Lithium-ion Battery)のハイブリッド型とし,TSOからのP指令要請に応じ,瞬発力(高出力)と持久力(大容量)を両立できるように各電池へ出力を最適に分配し,蓄電池の長寿命化やSOC(State of Charge:充電容量に対する充電残量の比率)の安定確保運用に対応できる構成とする。
例えば,この蓄電池構成では運用中に単純に蓄電池容量に比例して配分すると小容量のLiBのSOCが上下限値に達し,LiBの充放電が停止してしまう可能性が極めて高い。そこで,小容量LiBの連続運転のため,瞬発力(高出力)を備えたLiBと持久力(大容量)を備えた鉛蓄電池それぞれの特性を生かしたハイブリッド蓄電池制御技術を適用している。
5.3 プロシューマの設備を用いたTertiary Control
TSOでは,予備力確保としてTertiaryも既存実施しているが,予備力が不足しているため,追加として複合商業施設BTCとイドリヤ市の負荷設備に対し,負荷抑制方向のDRを行うことで,Tertiaryの予備力を確保する。
TSOのSCADA/EMSとAEMSが連携し,BTCおよびイドリヤ市の設備に対し,負荷抑制方向のDRを行い,異なるエリアの調整予備力を統合管理してTertiary予備力を供給するサービスを2021年5月より提供予定である。
またAEMSとしては,TSOからの負荷抑制要請に対し,負荷設備の電力実績や負荷予測,負荷抑制可能量をAEMSがTSOに通知し,TSO側のSecondaryおよびTertiaryの要請の配分にて火力発電などを指令抑制する。これにより,AEMSが間接的に排出CO2削減へ貢献する。
6. 地域社会のレジリエンス強化
本実証では,非常時においても電力供給が必要な重要設備があるLCP(Life Continuity Planning)エリアのみに対し,災害などによる長時間の系統事故による停電時に蓄電池から電力供給し,系統から切り離された状態で単独運転を行うアイランディングサービスを2021年7月より提供開始予定である。
6.1 アイランディングサービス
本サービスを提供するシステムは,三つのシステムに分かれて,アイランディング中の電力品質の維持や電力供給持続時間の検証を行い,有効性を確認していく予定である。
2014年の大規模な氷雪被害で数日間の停電があり,かつ,欧州アルプス地区の環境保護プログラムのようなコンセプトを持つAlpine Townに所属するイドリヤ市の変電所管内の三つの中圧・高圧変圧器を経て配電される地域をLCPエリアとした。図6のとおり,当該エリアには,病院,警察署などの重要設備が含まれている。
- AEMS
オペレータによるアイランディング開始および停止の操作,給電エリアの監視,負荷予測を行う。 - DMS
永続停電事故の検出を行い,AEMSからのアイランディング操作に従い,開閉器の操作,配電系統の状態監視を行う。 - BESS(Battery Energy Storage System)
AEMSからのアイランディング操作に従い,給電エリアに対して電力品質(周波数,電圧)を維持し,電力供給を行う。周波数,電圧異常が生じた場合には,PCS(Power Conditioning Subsystem)が保護リレーとして給電停止を行う。
7. おわりに
本実証は,国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)傘下で,スマートグリッド関連技術の発展と普及を世界規模で促進することを目的に活動する公的ネットワークであるInternational Smart Grid Action Network(ISGAN)が2020年7月に世界各国で展開されるスマートグリッドに関する優れた取り組みを表彰する「ISGAN Award 2020」において,最高位である「Winner(最優秀賞)」を受賞した。
今後は,変化の激しい電力・エネルギー業界において,本受賞に満足することなく,世界的な動向変化に迅速かつ柔軟に対応し,エネルギーソリューション事業のさらなる拡大をめざす所存である。
謝辞
本稿で述べたスロベニア共和国での実証事業においては,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:New Energy and Industrial Technology Development Organization),スロベニア共和国の国営送電事業者であるELES, d.o.o.,イドリヤ市,複合商業施設BTCや関係配電会社各社に協力を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。
参考文献など
- 1)
- 一般社団法人海外電力調査会:欧州電気事業の最近の動向~カーボン・ニュートラル社会実現に向けた取り組み~(2020.5)
- 2)
- VLADA REPUBLIKE SLOVENIJE: INTEGRATED NATIONAL ENERGY AND CLIMATE PLAN OF THE REPUBLIC OF SLOVENIA (2020.2)
- 3)
- 日立ニュースリリース,日立とELESがスロベニアでのスマートグリッド・コミュニティ事業の推進で合意(2016.11)
- 4)
- 日立ニュースリリース,スロベニアでクラウド型エネルギー管理システムの実証事業を開始へ(2018.9)
- 5)
- 内田健志,外:スロベニア共和国におけるスマートコミュニティ実証事業での電圧調整手法の評価,令和3年電気学会全国大会,No.6-157(2021.3)
- 6)
- 電力広域的運営推進機関:「欧米における需給バランス調整及び周波数制御のための調整力確保の考え方等に関する調査」最終報告書(2016.3)