[ⅳ]鉄道分野の情報制御システム高機能型LCD表示器を活用した鉄道車内案内におけるDXの推進
ハイライト
運行管理で実績のある自律分散方式を適用した高機能型LCD表示器を開発し,鉄道車内案内表示における,鉄道事業者のDX実現に寄与した。
日立は2006年から車内案内表示器の本格的な開発を開始した。高い稼働率,旅客が目的地へ向かうための不安を解消しやすいようにユーザーエクスペリエンス(UX)を考慮した案内表示,広告クライアントのニーズに対応した表現力の高い広告表示,保守員のヒューマンエラー防止や作業時間の短縮を考慮した保守機能を実現した。
本稿では,これらの開発を通して鉄道事業におけるDX実現に寄与する車内案内表示器の取り組みについて紹介する。
1. はじめに
図1|東日本旅客鉄道 E235系横須賀線 ドア上に設置された車内案内表示器21.5インチのFHD(Full High Definition:フルハイビジョン)のLCD(Liquid Crystal Display)表示器を設置し,案内(右画面)と広告(左画面)を表示している。
近年,鉄道事業者はこれまでの業務のあり方をDX(デジタルトランスフォーメーション)により変革し,より安全・安心・快適・便利な旅客サービスの提供を推進している。従来,車内の路線案内や広告は紙媒体で提示し,運行情報などのリアルタイムに変化する情報については乗務員が車内放送で旅客に伝達していた。その後,旅客向け案内向上を目的として「高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)」が2006年に施行された。さらに,バリアフリー法に基づいて「バリアフリー整備ガイドライン(旅客施設編・車両等編)」1)(以下,「ガイドライン」と記す。)が整備され,鉄道車両に車内案内表示器が搭載されるようになった(図1参照)。紙媒体に代わり車両に配備されたLCD(Liquid Crystal Display)表示器は,状況に応じた路線案内や広告を表示している。車内案内表示器はDXを実現する装置であり,日立は2006年から車内案内表示器の開発を開始し,提供を続けている2)。
本稿では,車内の路線案内のデザインや広告の表示方法,また,表示するコンテンツや機器の保守に対して,鉄道事業者のDX実現に寄与してきた日立の車内案内表示器に関する取り組みについて述べる。
2. 車内案内表示器のシステム概要と特長
2.1 システム概要
車内案内表示器は中央装置,端末装置,高機能型LCD表示器,WiMAX※)車上装置で構成される(図2参照)。日立の車内案内表示器は,各機器にCPU(Central Processing Unit)が搭載された自律分散型が特長である2)。自律分散型は,各機器が自律的に稼働しているシステムであり,ある機器が脱落したり,あるいは,新たに別の機器が追加されたりしても,システム全体は稼働し続けることができる。
- ※)
- WiMAXは,WiMAX Forumの登録商標である。
2.2 ガイドラインに基づく案内表示
1章で述べたガイドラインは,聴覚障がい者などのために車内の見やすい位置へLED(Light-emitting Diode:発光ダイオード)やLCD表示器などを設置し,次停車の駅名や行き先,列車種別などの必要な情報を文字や画像で視覚情報により提供する装置を設ける方針を掲げている。また,ガイドラインは,大きな文字で見やすいように表示すること,車両から避難が必要となった際に必要な情報を文字により提供できること,確認が容易な表示方法であることを推奨している。日立はこれらの要求事項に応えるための取り組みとして,まず液晶パネルのサイズを17インチから21.5インチへと変更,表示画素数もWXGA(Wide Extended Graphics Array)からFHD(Full High Definition:フルハイビジョン)へとスペックアップし,見やすさの向上を図った。車両の異常時の案内表示の取り組みや,容易な確認のための画面デザインについては3章で紹介する。
2.3 鉄道事業者のニーズに柔軟に対応できる広告配信と表示
デジタル社会の流れを受けて,大容量の記録媒体を安価で入手可能となり,LCD表示器にも大容量コンテンツを蓄積することが容易に実現できるようになった。さらに,WiMAX2+(ワイマックス・ツープラス)により地上システム~車上装置間の通信性能が飛躍的に向上し,大容量コンテンツを複数の車両に対して高速で配信できるようになった。
鉄道事業者の広告表示に対するニーズは時代とともに変化が起きている。従来は,ドア上にLCD表示器が艤装されており,窓上には紙媒体広告が掲出されている車両が多かったが,近年は窓上にも3面のLCD表示器を設置し,広告表示画面として使用するニーズが高まっている。特に窓上の広告表示枠に対する旅客の意識は,紙媒体よりLCD表示器の方が高く,多様な広告媒体の中でも上位であるという調査結果が報告されている3)。日立は,端末装置を1台追加することで既存のアーキテクチャに影響なく窓上の広告3面表示を実現しており,さまざまな広告表示機能の開発にも取り組んでいる(図3参照)。取り組みの詳細については4章で紹介する。
図3|東日本旅客鉄道 E235系山手線 窓上に設置された3面表示器 窓上に3面の21.5インチのFHDのLCD表示器を設置し,多様な広告表示を実現している。
2.4 システム化による保守
車内の路線案内や広告が紙媒体からLCD表示器にシステム化されたことで,機器の設定やソフトの更新,故障の監視などシステムの保守が必要となった。
LCD表示器を鉄道車両に搭載する際は,あらかじめ艤装位置設定が完了したLCD表示器を指定された場所に艤装する方法と,初期化されたLCD表示器を艤装したあと,艤装位置に合わせた設定内容へ変更する方法がある。どちらの方法もすべてのLCD表示器の艤装完了後に設定内容と艤装位置のチェックを行うので,設定や艤装の間違いなどヒューマンエラーが発生した際は,間違いの特定や再設定に時間が掛かっていた。
ソフトウェアの更新は,ROM(Read Only Memory)交換などの物理的に機器更新する方法や,各機器個別に保守用端末を接続してソフトウェアを更新する方法がある。いずれも機器数の多いシステムでは多くの人手が必要となり,保守員の確保や教育についての課題があった。また車両が営業運転している間はソフトウェアの更新ができないため,車両の運用計画を調整する必要があり,作業時間が限られているという点も課題となった。
走行中の機器の故障は,運転台への故障通知により運転士や車掌が確認する。しかし,走行に影響のない機器の故障は共有する優先度が低いため,保守員の初動への対応が遅くなるという課題があった。
日立は,これらの保守員が持つ課題を考慮した機能開発にも取り組んでいる。取り組みの詳細については5章で紹介する。
3. 案内表示デザインにおけるDXの取り組み
バリアフリー法に基づくガイドラインで掲げられた各種方針の対応や,インバウンド旅客の増加を見据え,あらゆる人が安全・安心に移動するための柔軟で細やかな案内対応が求められている。特に,異常発生時は路線全体の運行情報だけでなく,自列車の状況も案内することが必要となった(図4参照)。
本章では,旅客が目的地へ向かう際に不安を感じさせないよう配慮したユーザーエクスペリエンス(UX:User Experience)設計に基づく案内表示について紹介する。
従来,旅客は車内で天井部に貼られた紙の路線図を見て目的駅までのルートを確認していた。紙の路線図は全体が表示されており俯瞰して見られるという利点がある反面,自路線を認識するのに時間を要するという欠点があった。また,紙の路線図は小さい文字を視認するのが困難な高齢者や,日本語が分からない外国人旅客にとっては障壁であった。近年は,高機能型LCD表示器を用いた案内表示が加わったことで,旅客へ自路線のリアルタイムな情報を容易に提供できるようになった。また,情報の重要度に応じて文字のサイズや色の変更,多言語での表示を行うことで,バリアフリーに配慮した案内情報の提供も実現した。さらに,東日本旅客鉄道株式会社における山手線のような環状線運用(図5参照)や設備が多い駅での駅設備案内(図6参照),横須賀線のようなグリーン車の運用(図7参照)や分岐路線表示(図8参照)など,路線の特徴を考慮した適切な案内表示を提供することで,さまざまな旅客のニーズに対応した案内情報の実現に貢献している。
4. 広告表示におけるDXの取り組み
車内広告で主流であった媒体が紙からLCD表示器に代わったことで,動画による多彩な表現が可能となった。また,動画フォーマットが多種多様となる中で,広告クライアントからは既製CMの素材を流用するニーズがあった。そこで,主流であるMPEG-2,H.264などの複数フォーマットに対応した。さらに,異なるフォーマットをシームレスに表示することも可能にし,広告価値を向上させた。また,近年は広告クライアントのニーズは高度化・多様化してきており,本章では,広告クライアントのニーズに対応した表現力の高い広告表示方式を紹介する。
4.1 自律分散を活用した3面LCD表示器同期
図9|3面表示器の掲出箇所と広告再生順序の工夫六つの掲出位置ごと(A~F)にコンテンツ再生順序を一つずつずらして再生することで,常に6種類のコンテンツを表示させて乗客への掲出機会を多くする工夫を行っている。
日立の高機能型LCD表示器は,自律分散方式を採用し,独立して動作・表示できる仕組みとなっている。この仕組みを利用し,3面LCD表示器間で表示の同期を取りながら協調して広告表示をする技術を実現した。3面LCD表示器を一つの画面として表示することが可能となり,1画面で表現できなかった大きな文字や,画面をまたいだ動きのある多彩なコンテンツを旅客に提供できるようになった。
車内には3面LCD表示器の掲出位置が複数箇所あり(図9参照),掲出位置ごとに広告表示順序を設定できるようになっている。この機能を利用し,鉄道事業者は広告表示順序をずらす工夫をすることで,同時に6種類の広告を表示させている。旅客は車内の乗車位置から移動することなく,複数広告の中から興味のあるものを見ることができる。
4.2 走行情報を活用した表示方式
本高機能型LCD表示器で実現した,走行情報(区間,時間)を判断して最適なタイミングで広告を表示する技術により,鉄道事業者は多様化する広告クライアントのニーズに応え,幅広い広告クライアントを集客できるようになった。また,走行情報には異常時などの緊急性がある情報も含まれている。緊急性のある情報は通常,案内表示画面のみに表示していたが,今回,広告表示画面にも表示できるような仕組みとした。これにより,旅客に対して安全に関わる重要な情報を確実に案内し,旅客の行動を促すことができるようになった。
5. 保守機能におけるDXの取り組み
2.4節で述べたヒューマンエラーや作業時間など保守に関する課題を解決するため,自動艤装位置設定,リモートローディング,故障記録通知の三つの保守機能を開発した。本章では,これらの保守機能を紹介する。
自動艤装位置設定は,各機器にCPUが搭載されている自律分散型システムであることを活用し,取り付け後に自動で艤装位置を認識する機能である。この機能により,艤装位置を意識せずに機器の取り付けが可能となり,設定や艤装の間違いなどヒューマンエラーによる後戻りがないシステムとなっている。
リモートローディングは,車内の情報系ネットワークを介して中央装置から遠隔で各機器のソフトウェアを一括更新できる機能である。一度に300台以上の機器更新が必要な編成もあるが,本システムはこの機能により,限られた作業時間の中でも効率よくローディングできる。また,WiMAX回線を活用し,地上システムと連携することで,運用中の車両にソフトウェアをローディングできるため,ソフトウェアの更新による車両運用計画の調整が不要となった。
故障記録通知は,機器の故障が発生した際に,WiMAX回線を介して故障内容をメールで関係者に通知する機能である。この機能により初動の対応を素早く行うことができ,故障による不稼働時間の短縮を実現した。さらに,広告の放映実績,LCD表示器のスクリーンショット,動作ログなどの情報収集を地上システムからリモートで実行可能であり,保守・運用の効率化にも寄与している。
6. おわりに
本稿では,日立の車内案内表示器におけるDX実現への取り組みについて述べた。
今後鉄道事業者においては,運行やサービスなどのさまざまな側面から鉄道を質的に変革し,スマートトレインの実現を挙げている4)。
スマートトレインの実現に向けて,自動運転化を進め,車両だけではなく運転士や車掌など乗務員の運用形態に関しても見直しを試みている。特に,人口減少を見据えた仕事の仕組みの実現に向けて,従来車掌などの「人」が担ってきた業務を「システム」で支援をする取り組みを試行している5)。
また,輸送サービスに関して,「移動を楽しく,快適・便利に」の観点から乗客のニーズに合わせた付加価値の高い移動空間と輸送ネットワークの提供を挙げている4)。
日立は,今回開発した車内案内表示器をさらに進化させ,鉄道事業者の課題解決に向けて今後も提案を行っていく。また,今後ともよりよい製品の開発を続け,安全・安心・快適・便利を追求していく。
謝辞
本稿の執筆にあたり,東日本旅客鉄道株式会社,株式会社ジェイアール東日本企画の関係者の皆様に多大なるご支援を頂いた。ここに深く感謝の意を表する次第である。
参考文献など
- 1)
- 国土交通省総合政策局安心生活政策課:公共交通機関の車両等に関する移動等円滑化整備ガイドライン バリアフリー整備ガイドライン 車両等編(2020.10)
- 2)
- 松本喜章,外:車内案内表示器の開発,日立評論,96,9,585~589(2014.9)
- 3)
- 株式会社ジェイアール東日本企画,MEDIA DATA
- 4)
- JR東日本ニュース,グループ経営ビジョン「変革 2027」について(2018.7)
- 5)
- JR東日本:技術革新中長期ビジョン
- 6)
- 日立製作所,鉄道輸送ソリューション,旅客・情報サービスソリューション