[ⅰ]カーボンニュートラルの実現に向けた環境対応技術環境保護や安全・快適のニーズに応える二輪車の電動・電制化
ハイライト
近年,二輪車においても環境保護対策,安全・快適へのニーズから四輪車同様に電動・電制化が加速している。カーボンニュートラルなどの環境保護への対応としてパワートレインの電動化,安全・快適への対応としてブレーキやサスペンションの電制化などがある。そのような状況の中,日立Astemo株式会社では,二輪車の電動・電制化への取り組みを加速している。
本稿では,環境保護に向けた電動化,安全・快適に向けた電制化という観点から,日立Astemoが提供する二輪車向け製品を紹介するとともに,今後の展望について述べる。
1. はじめに
近年,二輪車においてもカーボンニュートラルの達成をめざして電動化[EV(Electric Vehicle)化]が加速している。環境対策,エネルギー政策など国策として電動二輪車産業を育成する方針を打ち出している国や地域もあり,全世界での広がりを見せている。
また安全,快適へのニーズから電制化も年々広がっている。特に安全に関するニーズは世界的な高まりを見せており,ABS(Anti-lock Braking System)においては世界各国で義務化が進んでいる。さらに2021年には二輪車用のADAS(Advanced Driver Assistance Systems)が製品化されるなど,安全・快適装備は今後ますます発展が期待される。サスペンションにおいては快適機能として電制化が広まりつつあり,快適で気持ちのよい車両を求める流れはしばらく続くと思われる。
本稿では,日立Astemo株式会社の二輪車における環境/電動化への取り組み,安全・快適/電制化への取り組みを紹介する。
2. 環境/電動化への取り組み
2030年頃までのCO2排出量削減,および2050年のカーボンニュートラル実現へ向けた二輪車の電動化への取り組みについて,電動パワートレイン[電動PT(Power Train):インバータ・モータ・減速機構]の観点から紹介する。
2.1 電動PTの市場動向
図1|アジア諸国における電動二輪車の性能と価格帯の分布 アジア諸国におけるコミュータ用途の電動車両ラインアップは,性能重視型と価格重視型に二極化している。ICE車両のように性能と価格を両立した電動車両は少ない。
近年,欧米ではFUN領域,中国・ASEAN(Association of South East Asian Nations)・インドなどコミュータ領域を中心に地場メーカーやベンチャー企業が電動二輪車の市場形成に着手している。CO2排出量削減に向けては,市場規模が大きいアジア諸国のコミュータ車両における電動化がカギとなるが,現状のラインアップは性能重視型と価格重視型に二極化している(図1参照)。
電動化が先行する中国では,電動二輪車において年間数千万台,価格重視型のコミュータ車両においては年間十万台前後の生産規模があるものの,現行の内燃機関車両のように「生活の足」として動力性能と車両価格を両立する電動PTはいまだ少なく,アジア諸国の電動化拡大,およびCO2排出量削減には時間を要することが考えられるため,内燃機関PTでもOBDⅡ(On Board Diagnosis Second Generation)対応やCAFE 2nd(Corporate Average Fuel Efficiency 2nd)に向けた燃費向上技術への取り組みを続けている。
2.2 電動PTのニーズ
航続距離と車両価格への影響が大きい部品は,四輪車同様リチウムイオンバッテリーである。グラファイトやレアアース材料の入手不足に加え,製造段階の物流費抑制など課題が多く低価格化は鈍化していく方向と考える。そのためインバータ・モータ・減速機構などの電動PTにおいても低価格化のニーズが高まることが予測され,バッテリーの進化だけではなく電動PTのシステムとしての最適化が求められる。
2.3 電動PTの事例
次にコミュータ用電動二輪車における電動PTの他社事例について,最適化へ向けた寄与が大きいと考えられる電源電圧・冷却方式・パッケージングの三つの観点から紹介する。
性能重視型の電動PTは60 V以上の電源電圧と強制空冷や水冷方式で構成され,パッケージングは減速機構と組み合わされたオンボードモータ式が多く見られる。最高車速を確保するためモータ逆起電圧に対し十分な電源電圧を保持しており,さらに出力に応じた発熱量に耐える冷却方式と乗り心地を重視したバネ下荷重低減のパッケージングを実現している。
一方,価格重視型の電動PTは60 V未満の電源電圧と自然空冷方式で構成され,パッケージングはダイレクトドライブのインホイルモータ式,または減速機構と組み合わせたサイドホイルモータ式が主流となっている。最高車速や出力特性を割り切り,より廉価な絶縁耐圧システムと,シンプルな冷却・駆動方式を採用している。
電動PTの組み合わせは多種多様であるが,ユーザーニーズである動力性能と車両価格の両立という面でデファクトスタンダードはいまだ確立されておらず,OEM(Original Equipment Manufacturer)・サプライヤ各社は今後さらなる最適化に取り組んでいくことが予測される。
2.4 最適パッケージとしてのe-Axle
内燃機関車両の代替を可能とする電動PTの最適パッケージとして,四輪車ではe-Axleによるインバータ・モータ・減速機構の機能集約がトレンドとなっている。しかし二輪車においては設置スペースが限られ,熱収支およびコスト成立性のハードルは四輪車以上に高い。
日立Astemoではコンポーネントとしての一体化によるメリットを最大限引き出すために,必要な機能を小型・軽量・低コストに収める構造設計や総合的に最も効率がよいシステム制御を追求しながら,市場の使い勝手を満たす最適なe-Axleを検討していく。
3. 安全・快適/電制化への取り組み
3.1 ブレーキの電制化
二輪車ブレーキの電制化製品は,ABSが代表的なシステムとなる。ホイールサイドに設置されたセンサーから車輪速度を取得し,車輪がロックする傾向にあると判断した際,マスタシリンダ操作によりキャリパに入力されている油圧をソレノイドバルブ,モータ,ポンプ,ECU(Electronic Control Unit)で構成されるユニットで増圧,減圧,保持の制御を行い,車輪ロックを防止する。
これまでに二輪車用ABSとして量産化されているシステムは間接式,モータ直動式,そして還流式があるが,現在は還流式が主流となっている。
日立AstemoオリジナルABSの二輪車への最初の量産適用は2000年の本田技研工業株式会社のフォルツァで,四輪車用に開発された還流式ABSをベースに改良した。
以降,第2,第3世代のABSは四輪車用ABSをベースとし,二輪車への適用拡大を図るために,第4世代では搭載に重要な条件である軽量化・小型化を満たす二輪車専用設計のシステムとした。現在は前後輪を制御する2チャンネルシステムと,さらに小型二輪車への搭載性を高めるために,前輪のみを制御する1チャンネルシステムを開発し,2バリエーションを持った第5世代ABSを量産している(図2参照)。
図2|二輪車用ABSの変遷 二輪車向け専用ユニットで重量,容積を大幅低減し搭載性を向上した。また,二輪車特有の運動特性に対して制御を付加し,機能が進化した(図中のリフト抑制,旋回制動は加速度センサーを加えた制御である)。
3.2 ABSの法規化と市場拡大状況
これらの世代進化やシリーズ化の背景にはABS搭載車の増加があり,2016年のEU(European Union)をはじめとしてブラジル,日本,インド,中国と先進ブレーキ装備の法規化が大きく影響している。2024年にはタイでの法規化も予定されており,適用される車両は今後も増加していくと予測されている。
3.3 電制ブレーキの進化
ABSの機能の進化として,車輪速度の他に加速度も加えた車両状態の詳細な把握および車両ごとのチューニングにより,二輪車特有の制動時に後輪が浮き上がるリアリフトの防止を図った。また,車両がバンクしているコーナーリング中の制動性能の向上を図り,他のデバイスの電制化からHMI(Human Machine Interface)により,ユーザーが走行するシチュエーションによって制動性能を切り替えられる機能による安全性・快適性の向上も図った。
また,四輪車のESC(Electronic Stability Control)で適用されるブレーキの自己加圧機能も二輪車での適用がすでに始まっている。この機能は現時点ではハイエンド機種への適用が主であるが,車両の安定性向上,交通事故の低減をめざし,スモールクラスまで拡大適用できるブレーキシステムの開発を今後進めていく。
3.4 サスペンションの電制化
サスペンションとしては「ライダーに『究極の気持ちよさと楽しさ』を提供したい」をコンセプトに電制化を進めており,EERA(Electronically Equipped Ride Adjustment)と称しシリーズ展開している。「EERA Damping Force」を2018年に初めて製品化し,以降「EERA Ride Height(2019~)」,「EERA Steering(2020~)」,「EERA HEIGHTFLEX(2021~)」と拡大してきた(図3参照)。
図3|EERAシリーズ 相反する要素を克服し,「究極の気持ちよさと楽しさ」を実現するアイテムとして電制シリーズを展開する。
電制サスペンションは四輪車への普及が先行しているが,二輪車へ適用する場合は重量や運動特性などの違いを考慮する必要がある。EERAでは二輪車にとって理想のフィーリングを追求し電子制御式油圧バルブを専用設計することで,既存のコンベンショナルダンパーの基本性能を保ちつつ電子制御化に成功した。合わせてサスペンションの性能を最大限引き出すべく自社オリジナル制御を構築し,商品魅力を向上させてきた(図4参照)。
図4|EERAの主な制御内容 すべて自社オリジナルで制御を構築している。
これらの商品を開発するにあたりシミュレーションと実車評価の両輪が必要であるが,OEMと同等以上の評価ができるライダーが日立Astemo社内に存在することが強みである。
3.5 新製品「EERA HEIGHTFLEX」の市場投入
前節で紹介したEERAシリーズの最新作として「EERA HEIGHTFLEX」を2021年に製品化した。このシステムは走行中に車高を上げて高い走行安定性を発揮し,停車する際には車高を下げることで足着きのよい車両にすることができる。
このシステムが提供する価値は,走行性能と足着き性能の高次元での両立である。大きく重いハイエンド車両の購入を検討する際に地面に足が届かない車両を選ぶライダーはおらず,どんなに魅力的な車両でも足着きが悪ければ購入に二の足を踏んでしまう。
足着きをよくするアイテムとしては,サスペンションの全長を短くして(ストローク量も減る)車高を下げるローダウンサスペンションやシートのクッションを薄くするなどのオプションが存在しているが,どちらの対策も本来の性能と引き換えにするものである。
それに対し新製品のEERA HEIGHTFLEXではサスペンション自体が油圧ジャッキの役割を果たし,走行によってサスペンションが動くことでジャッキが伸び,バネのプリロード量が増えると車高が上がる。一方,下げるときはソレノイドバルブを開放することでジャッキ室に溜まったオイルを解放し車高を下げる(図5参照)。
図5|EERA HEIGHTFLEX EERA HEIGHTFLEXは多くのライダーに足が着く安心感を提供する。
このデバイスはHarley-Davidson, Inc.のPan America 1250で初採用され,顧客および各専門誌に非常に高く評価され,ゲームチェンジャーと形容されるほどのインパクトを与えることができた。
3.6 新たな領域への電制サスペンション拡大戦略
現状,二輪車の電制サスペンションに関してはハイエンド機種を中心とした適用になっており,普及のためには適用範囲を広げることが必要となる。
ミドルクラス,スモールクラス,別カテゴリーに目を向けると,近年アジアを中心に拡大している250 cc前後のミドルクラスにおいては安全性,快適性へのニーズが高く,スモールクラスにおいてもプレミアムモデルでは差別化,快適性のニーズが存在し,価格と機能のバランスにより適用が期待できる。
また,北米を中心にサイド・バイ・サイド(SxS:Side by Side)と呼ばれるスポーツモデル市場が拡大しており,サスペンションにおいても電制化が始まっている。
今後はこれらのカテゴリーに対して特色を出した最適パッケージの提案が重要である。
4. 今後の取り組み
新会社である日立Astemoでは二輪車向けパワートレイン,ブレーキ,サスペンションにおける世界トップシェアが集結することとなった。さらに四輪車用ではAD(Autonomous Driving)/ADASなどの先進技術も有しており,メガサプライヤを凌駕する製品ラインアップが揃う。
各アイテムの足し算だけでなく,組み合わせることで製品の可能性が一気に広がるため,主要製品の技術を融合し他社の追随を許さないオリジナル製品を創出することで,二輪車におけるグローバルリーダーとしての位置を堅持する。
5. おわりに
本稿では,二輪車における環境対策としての電動化,および安全・快適装備としての電制化について,電動パワートレイン,ブレーキ,サスペンションを例に挙げ開発状況と展望を述べた。
これら個々の技術を磨くとともに,相互協調での付加価値を創出し,環境性能,安全性,快適性のレベルを引き上げ,操る楽しみと社会共存を両立する二輪車の実現に貢献していく。