GLOBAL INNOVATION REPORT3電力システムのレジリエンスを確保するためのデジタル化の動向
ハイライト
社会活動を支えるエネルギー事業では,サービスを継続的に提供していくためのレジリエンスの強化が重要な課題である。電力会社は,長期間にわたり多数の設備を使用するため,設備の老朽化リスクを抱えている。また設備の多くは屋外に設置されているため,自然環境のリスクに晒されており,さらに制御システムのネットワーク適用や分散システムが普及する今日ではサイバー攻撃など外部からのリスクにも直面している。電力会社はこれらのさまざまなリスクを理解して対策を講じる必要があり,リスクから実際にインシデントが発生した場合には,それを速やかに察知し,影響を軽減するレジリエンスが重要である。
はじめに
近年,カーボンニュートラルへの機運が高まる中,ますます電化が進んでおり,社会インフラシステムとしての電力システムの責任が増している。しかしながら,電力を含むインフラシステムに対する脅威や不確実性は高まっており,レジリエンスの強化が求められている。パンデミックや自然災害,地政学的リスクやサイバー攻撃の脅威と不確実性が既に現実のものとなる一方で,電力,ガス,通信などのインフラシステムは互いに影響し合い,各事業者が個別に努力しても不確実性を排除することは困難である。不確実性を排除することができない中では,突然,想定外の不確実な出来事が起きたとしても,何らかの対処を行える備えを持つことが重要である。
実際に,インフラシステムに対するサイバー攻撃によるインシデントは増加している。また,自然災害も増加している(図1参照)1)。このため北米では,電力会社と政府が送電網の安全性とレジリエンスのために周辺環境を含めた評価と対策を行っている2),3)。英国の政府と電力会社は,レジリエンスのストレステストや,レジリエンス対策全体を評価するホリスティック(包括的)な指標の導入を模索している4)。
こうした中,電力会社に対し,電力システムのレジリエンス強化の具体策を示すことが求められている。本稿では,電力システムのレジリエンスの強化の動向と,日立の取り組みについて紹介する。
レジリエンスの強化の動向
現在,レジリエンスの強化に向けた取り組みが進んでいる。レジリエンスの強化は,サイバー攻撃や異常気象などの脅威への対応としても,ネットゼロやカーボンニュートラルをめざす電力システムのコンセプトとしても注目されている。
レジリエンスを強化するためには,脅威への抵抗力と回復力の向上が必要である。抵抗力は,これまでにも設備の頑健化や冗長化を行うことにより向上してきた。他方,回復力の向上においては,組織,ネットワーク,設備の全体を通して対策していくホリスティックな取り組みが必要と考えられている(図2参照)。
ここで新たな論点となるのが,実証可能な方法でレジリエンスを評価し,証明する方法を確立することである。ここでは,通常のリスク管理を超えた概念が必要と捉えている。通常のリスク管理は,その発生確率と影響の大きさを評価し,リスクを受け入れていくとの概念に基づいているが,甚大な影響を及ぼすが発生確率が低いHILP (High-impact, Low-probability)イベントは突然に,想定外の,不確実かつ深刻な出来事として発生する。このようなインシデントの影響に対しては設備の頑健化や冗長化での抵抗力には限界があり,元の状態に復旧する回復力が問われる。抵抗力と回復力を総合した一連のKPI(Key Performance Indicator)に対して,ストレステストを課していこうという動きもある5)。さらに,回復力を提供できる技術とソリューションを定義し,より洗練されたものにするための議論が必要と考える。
特に回復力を強化するには,(1)予測と準備の能力,(2)迅速な情報収集によるインシデント検出の能力,(3)迅速な対応の能力と,これらの能力を向上させるための(4)事後の振り返りで知識を更新する能力が必要と考えられている6)(図3参照)。
以上のように,抵抗力と回復力の観点からレジリエンスへの取り組みを評価設計し,組織,ネットワーク,設備の全般にわたって取り組んでいくことが求められている。
レジリエンスの課題解決に向けた取り組み
日立は,電力システムのレジリエンスの向上に取り組んでいる。前述の通り,レジリエンスの強化には抵抗力の向上だけでなく,回復力の向上も重要である。日立は,抵抗力の向上のための設備やシステムの頑健化や冗長化だけではなく,突然の,想定外かつ不確実な出来事に対処して復旧に取り組む回復力を向上させる組織的能力の強化についても取り組んでいる。この回復力に関する組織的能力は業務プロセスのデジタルトランスフォーメーション(DX)により強化されると考える。
突然の,想定外かつ不確実な出来事に対処する,予測と事前準備,迅速な情報収集,迅速な対応の組織能力,さらにはこれらの能力を向上させるための知識の更新の能力の向上は段階的に進めることができる。日立は,このレジリエンスの能力向上モデルを,図4に示すレジリエンス習熟度モデルで捉えている。
このレジリエンス習熟度モデルでは,意識付け,業務の標準化,デジタル化・自動化,継続改善での知見の更新と蓄積が重要な概念である。
レベル1は,レジリエンスが問題として意識され,突然の,想定外かつ不確実な出来事に対して対処の行動が取られる段階と考える。この段階では,レジリエンスに向けた活動が組織で標準化されておらず,属人的な発想に依存している。個人的な取り組みと個々のツールの使用は,このレベルに該当する。
レベル2は,組織がレジリエンスの作業内容とルールを定義し標準化を進める段階と考える。組織的知識はルールとして定義され,継承される。作業が標準化されることで,標準的な作業が組み合わされ,より多くのマンパワーがネットワークと設備のレジリエンスに向けて組織化される。デジタルシステムを用いた作業プロセスの管理は,このレベルに該当する。
レベル3は,レジリエンスの標準作業がIoT(Internet of Things)システムと高度に連携され,一部の活動は自動化される段階と考える。AI(Artificial Intelligence)技術によるインシデント対処の自動化や,センシングデバイス,設備,および作業プロセスを統合した現場の見える化はこのレベルに該当する。
レベル4は,レジリエンス活動が継続的に更新される段階と考える。気候変動やサイバースペースの変化など,事業環境の変化に応じた適応が行われる。蓄積したデータを用いたプロセスマイニングや,客観的なKPI評価からルールを改定し,継承されてきた知識を変化に適応させ,洗練されたものに更新するルール管理はこのレベルに該当する。
日立は,レジリエンス活動のルール管理と,自動化を柱として回復力の向上をめざしたデジタル化のフレームワークを提唱している(図5参照)。このフレームワークのポイントを以下に示す。
- 情報収集のデジタル化
情報収集をデジタル化することで,巡視点検を迅速化・効率化できる。また米国では,デジタル技術を活用した航空機での設備の検査により,山火事が起こる原因となる現象(アーク放電,温度上昇)による電波放射や赤外線放射を捉えることで,いち早くインシデントを検出する試みもあり,今後,人手による目視巡視を超えた高品質な業務への改善が期待できる。 - インシデントへの対応をデジタル形式で記述したプレイブックによるルールの明文化
インシデントへの対応をデジタルで記録し,組織活動としての標準化を進め,レジリエンス活動のルールを明文化していくことは,レジリエンス習熟度モデルのレベル1からレベル2へとレジリエンスの能力を向上させるための重要なポイントとなる。さらに情報収集,対応計画の作成,指示実行の一連の処理プロセスをデジタルで記述する定義ファイルであるプレイブックを提唱している。プレイブックは,活動が自動化され始めるレベル3へとレジリエンス能力を向上させるポイントとなる。既存のシステムに依存しないプレイブックは,突然の,想定外かつ不確実なインシデントへの対応を考慮したとき,個々のインシデントに関する情報を持つ外部システム,データの格納場所,シミュレータなどは,すべて異なることを許容する。このプレイブックは組織にとっての知識として蓄積される。 - AIによる対応の最適化,スケジュールの自動作成
回復力の実行性を高めるには,組織,ネットワーク,設備による効率的かつ柔軟な復旧スケジュールの作成と実行が不可欠と考える。スケジュールは一度作成すれば完了となるものではなく,進行するインシデントや対応状況の変化に合わせて,絶えず再スケジューリングを行うことが求められ,デジタル技術の活用のポイントとなる。
レジリエンスのための回復力の向上をめざして提唱した,デジタル化フレームワークを適用したフィールド作業管理(FSM:Field Service Management)のデジタル化の概念を図6に示す。突然の,不確実かつ想定外の出来事への対応と,日々の業務の効率化と迅速化の両立をめざしている。日立は実際に,人工衛星によるリモートセンシングの情報を収集し,送電線に接触する可能性のある樹木の繁茂を検出するサービスの提供を開始している7)。
このフレームワークを基に,今後,実際に蓄えたフィールドデータと評価からルール更新を行う仕組みにAIも活用し,さらにネットワーク,設備を含めた電力システムのレジリエンス対策全体へのソリューション展開を進めていく。
図6|レジリエンスに向けたFSM(フィールド作業管理)のデジタル化概念突然の,不確実かつ想定外の出来事への対応と,日々の業務の効率化と迅速化の両立ため,機能を柔軟に統合するFSMをめざしている。人工衛星によるリモートセンシングや,AIスケジューラなどの機能を,脅威の内容に応じて組み合わせて提供する。
おわりに
本稿では,カーボンニュートラルに向けた変革期にある電力システムでのデジタル技術の活用によるレジリエンスの強化の動向について,日立が提唱するレジリエンスへの習熟度モデルとフレームワークを紹介した。このフレームワークのポイントは,情報収集のデジタル化,インシデント対応ルールのデジタル化,AIによる対応の最適化およびスケジュールの自動生成である。
このフレームワークを基に,今後,デジタル技術を活用した組織,ネットワーク,設備を包括した柔軟なレジリエンス対策のLumadaソリューションを展開し,さまざまな顧客が抱える課題の解決と,レジリエンスの強化に貢献するための事業を創生していく。
参考文献など
- 1)
- Our World in Data, Number of recorded natural disaster events, 1900 to 2022(2023)
- 2)
- Southen California Edison, SCE proposed grid safety and resiliency program to address the growing risk of wildfire(2018)
- 3)
- Southen California Edison, 2023‐2025 Wildfire Mitigation Plan(2023)(PDF形式、45.45Mバイト)
- 4)
- 英国Cabinet Office, National Flood Resilience Review(2016)
- 5)
- Pacific Northwest National Laboratory, Framework for Modeling High-Impact, Low-Frequency Power Grid Events to Support Risk-Informed Decisions(2015)
- 6)
- 米国Federal Energy Regulatory Commission,Cyber Planning for Response and Recovery Study(CYPRES) (2020)
- 7)
- 日立ニュースリリース,日立が,電力事業者をはじめとした企業向けに,設備の点検・監視・最適化を支援する「Lumada Inspection Insights」を発売(2022.5)(PDF形式、867kバイト)