先進技術と総合力による水環境ソリューション
日々の上下水道設備の運転・維持管理業務に適用されている,監視制御システム。
システムを通じて収集した情報を分析し,得られた知見を実務に反映することで,日立は上下水道事業の持続に貢献するデジタルイノベーションを推進している。
本稿では,OTデータをIoTプラットフォームで利活用できるソフトウェア「NX IoT Gateway」,光ファイバーセンシング,そして画像解析・音声認識を活用した新たなセンシング技術について紹介する。
高度経済成長期以降,整備が進められてきた日本の上下水道インフラは更新時期を迎えており,安全・安心な水環境の持続のため,的確な維持管理を行いつつ,これらの更新を進めていかねばならない。一方で,人口減少社会に移行していることから,厳しい財政状況の中,限られた人員で効率的に対応していく必要がある。このような背景から,監視制御システムにおいては,日常の設備運転,維持管理業務だけでなく,これらを通じて得られたOT(Operational Technology)データを有効に活用することで,上下水道インフラを取り巻く課題を解決し,持続可能な水環境に貢献するべく取り組んでいる。
また,近年のIoT(Internet of Things)ではセンシング技術の可能性が広がりつつあり,よりきめ細かな情報や,これまでセンシング情報として扱うことのできなかった画像データなどの活用を検討している。
本稿ではこの中から,監視制御システムの持つOTデータをIoTプラットフォームで活用可能にするゲートウェイ,従来センシングが困難であった下水管路のセンシング技術としての光ファイバーセンシングシステム,および新たなセンシング媒体として画像・音声情報を活用した事例を紹介する。
監視制御の分野では,もともと設備を直接制御するために,設備の近くにPLC(Programmable Logic Controller)やPCS(Process Control Station)といったコンピュータを組み込んだ制御機器が分散配置されている。また,これらの制御機器を制御LAN(Local Area Network)に接続することで,中央監視操作機器に情報を集約し,集中監視操作を実現している。さらに,浄水場,下水処理場,ポンプ施設といった個々の機場の監視制御システムとしてだけでなく,テレメータやIP(Internet Protocol)専用線によって,事業体内に分散しているこれら機場を相互接続し,広域管理を可能としている。このように監視制御システムは,それ自体がモノのネットワークであるということができる。
しかし,これらの監視制御システムは,ネットワークシステム化されているとはいえ,リアルタイム性と信頼性が優先されるために,ベンダーごとに異なるクローズドなシステムとして進化してきた経緯がある。そのうえ,社会インフラである上下水道分野では,セキュリティ確保が必須であるためクローズドなネットワークが採用されてきたという事情もある。このためNetwork of ThingsではあってもInternet of Thingsとはなっていない。
第1章で述べた課題解決のためには,収集(Sense)→分析(Think)→実行(Act)サイクルを回し,上下水道インフラの計画,業務改善につなげていくことが大切であり,監視制御(OT)系データを利活用できるオープンな環境が望まれる。また,広域化,流域管理といった施策7),8)においても,監視制御システム間の連携を容易にする仕組みが求められている。
ライフサイクルコストや投資平準化を考慮した更新計画立案のため,アセットマネジメントの推進が推奨されているが,ここではOT系だけでなく,設備台帳や顧客サービスといった情報システム(IT:Information Technology)系データも必要となるため,OTとIT間のシステム連携も欠かせない。
以上から,日立は,セキュリティに配慮しながらも監視制御システム間および情報系システム間での連携が可能なオープンな場を提供するIoTプラットフォームの整備を進めている(図1参照)。
一方で,あらゆるモノがネットワークにつながるIoT時代の監視制御システムでは,よりきめ細かに機器・設備をセンシングすることが可能となりつつあり,これをIoTプラットフォームを通じて利活用することで,運転・維持管理業務の効率化だけでなく,機器・設備の劣化・異常診断への展開も考えられる。
図1|IoT時代の監視制御システム 監視制御システムにはIoTプラットフォームを通じて相互に連携するだけでなく,情報系システムとも連携することで,それらが持つデータを業務改善や計画業務に利活用していくことが求められる。
OTデータの利活用を推進するためには,監視制御システムとIoTプラットフォームを接続し,相互にデータの送受信を行うことが必須である。しかし,監視制御システムを構成する制御機器やそのデータ構造,および通信方式は,その用途・目的・システムのベンダーによって多種多様である。さらにIoTプラットフォームにおいても,用途別のアプリケーションやOS(Operating System),ネットワーク環境の違いなどがあるため,それらをつないでデータ送受信を行うことは容易ではない。
また,監視制御システムのデータをIoTプラットフォーム上のサービスで利活用するためには,単に通信を実現するだけでは不十分である。監視制御システム内で使用されるデータはデータ名称やID番号(タグナンバーなど),デバイスアドレス値などで識別されるが,そのデータがどのように使われているかといった情報は付与されていないことが多い。そのため,IoTプラットフォームでOTデータだけを取得してもデータの意味が分からず,大量のデータ分析や見える化は困難である。
日立は,以上の課題を解決し,監視制御システムのOTデータをIoTプラットフォームで利活用できるソフトウェア「NX IoT Gateway」を開発した。
NX IoT Gatewayの主な特長は以下のとおりである(図2参照)。
図2|NX IoT Gatewayの構成 「GWコネクタ」,「NXGWマネージャ」,「GWアダプタ」の3層で構成している。GWコネクタ層は,監視制御システムとの通信処理,上層のGWアダプタ層は,情報システムとの通信処理,中間層のNXGWマネージャは上下層間のデータ中継処理を,抽象化されたインタフェースで提供する。
2015年に水防法の一部が改定され2),都市の内水氾濫対策が求められる中,危機管理面では,浸水対策のため水位計測の必要性が高まっている。また,維持管理面では管路施設の老朽化が課題となっている。このため,水位,腐食性ガスや水質といった「管渠(きょ)内情報の見える化」が重要であるが,遠方からのリアルタイム監視は管渠内での電源確保が難点である。
一方,下水道管路には光ファイバーの敷設が進められており,2015年度末には全国で総延長2,250.1 kmに達し3),下水道事業の監視制御やIT業務のネットワークとして活用されている。また,2011年の東北地方太平洋沖地震の際,他の通信網に比べてほとんど損傷を受けなかったことから,近年は地震に強い通信ネットワークとしても注目されている。
そこで,上述の問題を解決する手段として下水道管路光ファイバーに注目し,光給電方式により,通信路としてだけでなく電源供給手段としても光ファイバーを用い,管路内の水位,腐食性ガス,水質などを計測するマルチセンシングシステムを開発した4)(図3参照)。
下水処理場・ポンプ場に設置され,中央監視システムとの通信を行うマルチセンシングボックス(MSBox:Multi Sensing Box)親局と,管渠内に設置され,センサーを接続する複数台のMSBoxが1芯のシングルモード(SM:Single Mode)光ファイバーを介して接続される。
MSBox親局は光源装置を有しており,光ファイバーを通じてMSBoxへ強いレーザー光を送出する。一方,MSBoxは受信したレーザー光をフォトダイオードで電力に変換し,これを電源としてMSBoxに搭載のセンサーでのセンシングやMSBox親局との光通信を行う。MSBoxでは,光給電にて供給される電力量に限りがあることから,Box内のデバイスを間歇(けつ)動作させるなどきめ細かな電力制御で低消費電力を実現している。
図3の例では,MSBoxに4種類の異なるセンサー(液面スイッチ,圧力式水位計,電気電導度計,硫化水素センサー)が接続された構成となっている。
センサーの接続には,着脱を容易とするために防水コネクタを用いる工夫がなされている。また,MSBoxは下水道管路内に設置するため,防水防食性を有している(図4参照)。
マルチファイバーセンシングシステムで,これまで困難であった地下下水道の「見える化」を実現し,管路の維持管理,腐食・異臭対策,不明水対策,合流改善といった課題解決が期待できる。
これまでの監視制御システムでは扱うことのできなかった情報も,センシングしてデジタルデータとして利活用することが可能となってきている。
本稿ではこれらの取り組みから,目視で対応していたアナログ計器などの表示をデジタル化して伝送し,時系列データとしての活用を可能とする画像解析無線モジュールと,人手による巡回点検において,手書きで収集されてきた情報を音声入力によってその場でデータとして取り込むハンズフリー点検支援システムを紹介する。
上下水道設備においても,監視制御システムに取り込んでいないアナログ計器が相当数存在する。きめ細かな維持管理にはこれらのデータの収集が必要であり,従来,巡回点検によって対応してきた。これらは紙ベースで管理されてきたため,設備管理,アセットマネジメントにデジタルデータとして有効活用されてきたとは言い難い。
そこで,既存のアナログ計器の表示をカメラ撮影と画像解析で数値化し,内蔵電源による自律駆動と無線通信によって数値化したデータを伝送する画像解析無線モジュールを開発した。図5にその外観を,図6に無線モジュールをネットワーク接続した点検自動化システムの例をそれぞれ示す。
本システムの導入に際しては,現場のアナログ計器が配管と直結しているため,取り外しや置き換えが困難なことが多い。また,屋外や高所などでは電源供給やデータ伝送のためにケーブル敷設が別途必要になるという課題がある。画像解析無線モジュールは,これらの課題を解決するべく以下の特長を有する。
無線ネットワークには空間的冗長性,周波数冗長性などにより高い信頼性を確保するとともに,2.4 GHz帯で国際的にも導入しやすい主流の方式を採用した。この方式では,メッシュ型の無線ネットワークを自動的に構成する。無線モジュール間の通信距離は最大30 m程度だが,複数のノードを経由するマルチホップ通信により,広範囲なデータの伝送が可能である。
無線モジュールは低消費電力化技術および伝送データの軽量化により,1日1回の点検(メータ読み)を実施しつつ,3年間にわたって内蔵電池のみで駆動できる。低消費電力化は,きめ細かな給電制御で待機時の消費電力を削減することで実現した。
低消費電力の無線通信において,画像データの伝送は,通信速度や1回の通信で送信できるデータ量に制限があることから不向きであり,伝送データの軽量化が重要となる。軽量化には一般的に画像圧縮技術が挙げられるが,既存の方法では十分なデータの軽量化は困難であった。そこで,画像情報を無線モジュール側で解析し,メータ読み値に変換することで対応した。
機械式丸型メータを読み取る場合では,カメラ画像を解析し,指示針の角度を求めて計器の指示値を数値化する。これにより,伝送するデータ量を約120キロバイトから4バイトと約3万分の1に,伝送回数を約1,200回から1回に軽量化することができた。
あらゆるものがネットワークにつながるIoT時代であっても,維持管理担当者自身が実際に現場に行く「三現主義」の重要性は変わらないものと考えている。巡回点検においては,メータ読みなどの値やチェックリストのチェックだけでなく,現場で知りえた情報をテキストとして記録するケースも想定される。このような情報をデジタル化して活用するためには,点検員が音声で入力し,音声認識によってデータ化すること,すなわち音声入力情報を広義のセンシングデータとして扱うことが解決策として考えられる。
また,巡回点検においては安全の面から,点検表,筆記用具などを携行せずに,手ぶら(ハンズフリー)で点検できることが望ましく,この観点からも音声入力のニーズがある。
しかし,多くの設備が常時稼働しているため,音声認識技術を上下水道分野の点検システムに採用するには, 100 dBAを超える高騒音下での認識が必要である。特に下水道施設では地下の通信ネットワークが利用できない環境下での動作が求められるため,ネットワーク接続されたサーバの処理能力に頼ることなく,モバイル機器のみで音声認識処理を実行しなければならない。
図7は開発したハンズフリー点検支援システムの概要である。上述の課題に応えるべく以下の開発を行った。
以上により,89〜97%の高い認識率を達成しており,ガスタービンや100 dBAを超える遠心脱水機などが稼働する高騒音下でも利用可能となった。
図7|ハンズフリー点検支援システムの構成 現場巡回点検業務の効率化,品質確保,安全性を図るべく,タブレットPC(Personal Computer)と音声入力による巡回点検システムを開発した。高騒音で無線LANの適用が困難な環境下での音声入力を可能とするため,声帯マイクと短時間で学習可能な「適応個人音響モデル」を適用している。
本稿では,上下水道分野の監視制御システムが持つOTデータをIoTプラットフォームにつなげて,計画,業務に利活用するための基盤技術となるIoT Gatewayについて述べた。また,IoTのキーとなるセンシング技術の中から,光ファイバーを活用した下水管路状況のモニタリングや,画像・音声も含めた広義のセンシング技術についても紹介した。
これらの技術が,監視制御システムを通じて得られるOTデータの計画,業務改善での利活用を推進し,上下水道事業の持続に貢献するものと考えている。
本稿で述べた下水道光ファイバーセンシングシステムは,東京都下水道サービス株式会社,一般社団法人日本下水道光ファイバー技術協会と共に,また,ハンズフリー点検支援システムは,東京都下水道サービス株式会社と共同で開発したものである。ここに深く感謝の意を表する。